セブンス・モノリス

とりマヨつくね

Day1 さすらいの旅人は飯にありつくのも一苦労



 数多の星々が連なる宇宙の中の一つに、F・Fフォーミュラ・フロンティアと呼ばれる惑星がある。

 この惑星は、はっきりいえばクソの一言である。

 ちょっと散歩をすれば引ったくりにあい、息抜きに店で食事をしようとすれば店主が食い逃げをショットガンで追いかけ、金を下ろそうと銀行に向かえば銀行強盗に巻き込まれる。

 異常が日常になってしまうような弱肉強食の世界。

 『ならず者の楽園』、いつしかそう呼ばれていた。


 そんな星の、永遠とも言えるほど広がる砂漠を青年エイトは歩いていた。

 ボロボロの外套を纏い、ボサボサの頭で全身くまなくみすぼらしい。

 足取りは重く上半身は重心を保つのもままならなず、今にも倒れてしまいそうだ。

 外套のおかげで、暑さこそ和らげられているものの、それだって雀の涙程度のものだ。

 

「あちぃ……喉渇いた……腹、減った」


 遂には二本足で立つことすら出来なくなり、パタリと倒れ込む。

 再び立ち上がるどころか、指一本も動かせる気がしない。

 なんとも情けない声を出しながら、ごろんと仰向けに寝転がる。 

 曇りひとつもない透き通った青空に、その中心で太陽が燦々と照りつけ、ハゲワシに似た原生生物数匹が円を描くように飛んでいる。

 このままでは、彼らのランチにされ、数日後には白骨となる運命だろう。 


「おお……神よ、この哀れな子羊にお導き━━━うウェ!?」


 大して信じていない神に祈りを捧げようとして、突然砂嵐が吹き荒れた。。

 

「ぺッ、ペッ! 口に砂が……ついてねぇ……」


 たまらず身を起こすと、ため息を吐いて紙の地図を取り出す。

 その上に記されているものと、自分が今いるであろう場所を照らし合わせてみる。

 

 だが━━━━


 「やっぱり何度見ても方角は間違っていないよな……ん?」


 エイトは運のなさに呆れながら振り返ると、遠くで何かの影が揺らめいているのを視界に捉えた。

 目を細めてよーく見ると、影がドーム状の何かであるということに気づいた。

 

 それは街の証明だった。


「え、嘘、マジで? イヤホぉう! 助かったぁ!」


 先ほどまで全身を支配していた倦怠感は何処へやら、エイトは街に向かって一目散に走る。

 十数分ほど走り続けると、街の影は徐々に輪郭を帯びてゆき、巨大なドーム状の建物が聳え立っていた。

 街の入り口にある電子板には、『Welcome to Abigail』と点滅を繰り返しながら表示されていた。

 蜃気楼かもしれないと一瞬不安になったが、とにかく安堵のため息をついた。

 ドームの中に入ると、西部開拓時代を思わせる建物が並ぶ街並みが広がっていた。

 

「なにはともあれ、まずは腹ごなし。出来れば酒場とかあったらベスト!」


 エイトは期待を胸に膨らませ大通りを歩いていると、騒がしい建物が目に入った。

 どうやらそこが探していた酒場のようだ。

 エイトは扉を開けて中に入ると、


「どうもぉ〜、みなさん! ミルクとドーナツひとつく〜ださい!」


 と元気よく声をかけたが、店内は一瞬で静まり返った。

 まるで渾身のギャグが盛大に滑って、空気を凍らせたかのような、そんな微妙な雰囲気が漂った。

 そして四方八方から銃口を突きつけられた。


「あ、あり?」


 まったく予想と反していた歓迎のされ方に、エイトは脂汗を流しながら状況を理解しようとした。

 周囲を見渡すと、銃口を向けている者以外は縄でキツく縛られ、ひとかたまりにされていた。

 事情は大体察しがつくが、一応確認のため手を上げながらリーダーであろう、ショットガンを担いでいる男に問う。


「なんだ、テメェ……何もんだ?」

「お前達に名乗る名などないが、教えてやるのが世の情け……人呼んで、愉快な旅人エイトだ!」


自ら名乗りを上げると、その場の空気がシーンと静まり返る。

最初は平然としていたエイトだったが、すぐに顔を赤くなり手で覆う。


「見ないで! 俺をそんな目で見ないくれ!」

「ふざけた野郎だ……で、この店になんのようだ」


無視されたことに更なるダメージを受けるが、それは今関係ないので置いておこう。


「いや、ミルクとドーナツを頼みに来たんだけど。それで……これは一体全体どういう状況?」

「見ればわかるだろう。お前は能天気にもこの店に来て、そしてミルクもドーナッツも食えずに死ぬ」

「うわぁ……これまた面倒臭い状況なこって……何か大替案はあるか?」

「ふん、俺に対して生意気なことを言うもんだ。だが気に入った、礼として有金を全部置いて出ていきな」


 遂にはリーダーもショットガンを向け、要求という名の脅迫をしてくる。

 男の仲間達もゲヒゲヒと笑い、捕らえられた人達も”一人”を除いてビクビクと震えていた。

 それを見たエイトは繕っていた笑顔が消え、挙げていた腕を下ろす。

 

「ライフル持ちが三人、んでショットガン持ちが一人……話にならないな」

「あ?」


 その言葉が聞き捨てならなかったのか、仲間の一人がズイッとライフルを近づける。

 それでもエイトは臆さない。


「だから話にならないと言ったんだよ。下手に出てればああだこうだ好き勝手言いやがって……!」

「テメェ、俺達に向かって、そんな口聞いてタダで済むと思ってんのか!」

 

 男はそう凄みながら銃底で頬を叩こうとし、エイトは頭をずらして回避する。

 瞬時に拳を固め、

  

「知るか、バァカ!」

 

 全力で男の顔面を殴りつける。

 男の身体は宙を舞い、カウンター奥の酒棚に突っ込み酒瓶が弾ける。

 残った男二人がライフルの銃口をエイトに向けるが、捕らえられた人間の中から一人が抜け出し男達を殴りつける。


「誰かわからないけどサンキュ!」


 名も分からぬ人文に礼を言うと、すかさずリーダーの男に向かって、全速力で駆け出す。

 リーダーの男は慌ててショットガンを構えるが、外套を脱ぎ捨て視界を塞ぐ。

 発泡を躊躇したその隙に、股の間をスライディングですり抜け後ろにまわり込む。

 

「なッ!?」

「捕まえた!」


 リーダーの男が驚愕すると同時に、エイトは男をがっちりホールドし、そのまま相手を後方へと反り投げる。

 

「どっこらせ!」

「ぼへぇ!?」


 男の頭は床と激突し、突き破る。

 エイトが手を離すと、男の身体は垂直に床に突き刺さっていた。

 少し威力が強すぎる気もしなくはないが、こうでもしなければ気絶しなかっただろうから、仕方ない。

 エイトはそう自分に言い訳し、後ろで狼狽えている男達に目を向ける。

 

「ふぅ……で、まだ続けるか? 続けるなら容赦はしないが」


 床に突き刺したリーダーの男を指さすと、仲間達は顔を真っ青にして男と共に店をあとにした。

 残った人間の視線はエイトに、もっと言えば彼の首元に装着されている黒い装置に向けられていた。

 

「こ、コネクター……なんでアウター使いがこんな所に?」


 そんなことつゆ知らず、エイトは後ろを振り返ってその場に残った人々に声をかける。


「ところで、ミルクとドーナツってあるか?」


 それに対し、店主は恐る恐る答えた。


「コーヒーとサンドイッチなら……」

「……ドリンクは水で頼む」


 それから数分もすれば、店内は騒々しくなっていく。

 別に助かったことを祝ったりしている雰囲気ではなく、どちらかと言うと恐怖、そう先ほどの集団より恐ろしい何かに怯えているようだ。

 エイトは気にした様子もなく、注文したサンドイッチを頬張っていた。 

 ただその量が異常だった。

 既に物凄い数の皿がビルのように積み上げられていた。


「んぐっ、んぐっ、ぷはぁ! うめぇ、生き返るぅ……! すいませーん、おかわりください!」

「よく食べるわね」

「んあ?」

 

 声が聞こえ、目を向けると一人の女が立っていた。

 歳は十五かそこいらだろうか。

 大人特有の色香を醸し出しつつ、快活さを感じさせる顔立ち。

 肩ぐらいまでに切り揃えた橙がかった茶髪に、エメラルドを思わせる緑眼が特徴的だった。


「お前は?」

「あ、ひっどーい! さっき助けてあげたのに!」


 そう言われ、エイトは記憶を遡ってみる。

 すると先ほどライフルの男達に撃たれそうになった時、果敢に立ち向かった人物であることに行き着いた。


「ああー! あの時の!?」 

「ようやく思い出したみたいね。私はキリエ、よろしくね」

「……おう」


 エイトは素っ気なく返事を返すと、もう何十皿目かもわからぬサンドウィッチを平らげ、更に一枚積み上げる。

 それを見て、キリエは「あははは……」と引き攣った笑みを浮かべる。

 気を取り直すように、キリエは首を振ると話を続ける。


「なんでこんなへんぴな所に来たの?」

「別に、旅の寄り道さ」

「ヘェ〜奇遇ね。なんで旅をしてるの?」

「質問が多い嬢ちゃんだな……」 


面倒くさそうに言うと、少女はムッとした表情を浮かべる。


「嬢ちゃんじゃなくて、キ・リ・エ」

「へいへい、わかりましたよ」


気のない返事を返し、追加で注文したサンドイッチを一口で頬張る。

それを見てキリエは遂にはぁ、と溜息を漏らす。



「そにしても相変わらず世間は物騒ねー。数日前に続いてた砂嵐のせいで一時的に避難したのはいいものの、ランチにしようと近場の酒場に寄ったらこれなんだから────ってなんて顔をしてるのよ」

「いや……なんでもない」


 ────い、いえない。砂嵐ごとき問題ないと油断してたら遭難したなんて……!

 そんなことを考えていると、どこからか地響きが鳴り、照明がチカチカと点滅する。


「最近多いわね……」

「そうなのか?」

「ええ、私もこの街に来て数日しか経ってないけど、もう何回か。おかげで夜起こされたりとかして大変なのよ」

「モノリスの自己改装でもやってるのか?」

  

 エイトは窓の外から見える、天にも届きそうな高さを誇る巨大な直方体へと目を向ける。

 モノリス。世界に7つ存在し、はるか昔から人々の生活の助けをしてきた資源製造プラント。

 地下にアリの巣のように広がる電線を伝って、世界各地に存在するドームに電力や水を供給している。

 原理は不明。

 ただわかっている事は、現代では再現不可能な素材でできていること、仮に傷が付いても生物のように再生することだけ。

 中にはモノリスを世界樹だなんのだのと神聖視する、怪しい宗教団体もあるぐらいだ。

  

「うーん、そんな話聞いたことないけど━━━━」


 キリエがそう呟くと同時に、巨大な音と共に扉近くの一角が吹き飛んだ。

 

「あべしッ!?」

 

 吹っ飛んできた木片が顔面に当たり、エイトは椅子から転げ落ちるが、誰も気にすることはなくどよめき始める。

 何事かと思い、エイトは身体を起こして外の様子を確認しようとした時だった。

 崩れかけの家屋を奥から穴を広げるように、巨大な何かが姿を現す。

 それは鋼の装甲に覆われた棺桶に手足が生えたような、全長四メートルの一つ目の怪物。


「アウター……!」


 この世界での暴力の象徴であり二足歩行重機の総称、アウター。

 

『はははは! 待たせたなぁ、クソ野郎!』


 アウターに備え付けられている拡声器から、先ほどエイトがボコボコにしたリーダーの声がした。

 

「待ってないし、そもそも街中でアウターを無断で使うのは禁止だろうが!」

『うるせぇ、テメェのせいで子分どもは俺の金を奪って消えちまって、何もかもめちゃくちゃダァ!』

「完全に自業自得じゃねえか!」

『そんなこと知ったことかぁ!』

 

 そう言って、右手に握るライフルの銃口をエイト達に向ける。

 すると隣にいたキリエが「目を閉じて!」と叫ぶと、腰につけているポーチから何かを取り出し投げつける。 

 かこん、と軽い音が響いたかと思えば、地面に触れる直前に中から光が溢れ出す。

 視界が白く覆われ、状況がまったくわからなくなる。


「目がぁ! 目がぁ!」

「そんな大昔のアニメのネタをやってないで、とにかく走る!」


 キリエに手を引かれ、右も左もわからないエイトは、即座にアウターの下を通るように逃亡を始める。

 やがて視界が元に戻ってくると、エイトは前を走っているキリエに文句を言う。

 

「お前! 馬鹿じゃないのか!?」

「仕方ないでしょ! ああでもしないと、私まで巻き添え喰らってたじゃない」

「あの状況で自己保身に行けるのが、凄えよ!」

「ああもう! 今は言い争ってる場合じゃないでしょ!」

「おめぇが言うか、おめぇが!」


 確かに今は最も重要なのはそこではない。

 あの小悪党どもも、既に視界は回復して、すぐにでも追いかけてくるだろう。

 いくらアウターが巨体で小回りが聞きにくいとはいえ、いつまでも逃げ切れるとも限らない。

 

「────どこにあるの!?」

「あぁ!?」

「だから! どこにあるの、あなたのアウター!」

「……」


 キリエの問いに、エイトは脂汗を流しながら沈黙を貫く。

 まさか、と思いキリエは恐る恐る聞く。


「もしかしてわからないの?」

「仰る通りです……」

「馬鹿ぁ!」


 キリエが絶叫すると、後ろから『待ちやがれえええぇええ!』と怨嗟のこもった声が聞こえてくる。

 後ろを振り向くと、アウターが足裏に設置されているローラーを高速で回転させ、地面を滑るように迫ってきていた。


「うぉお、マジかよ!?」


 咄嗟にエイトは、キリエを脇に抱えると、全速力で逃げる。


「きゃ、ちょっと下ろしなさいよ! 私には関係ないでしょう!」

「うるせえ! こうなったら、死なば諸共だろうが! エイトと地獄に付き合ってもらう!」

「最っ低! クズ! ノロマ! クサイ!」

「はっははは! なんとでも言いやがれ!」


 そう言って、逃走を続ける二人。

 とはいえ、人間とアウターでは明らかにスピードに差があり、徐々に距離が縮まっていく。

 

「チッ……! その次の路地裏に入れば、アウターは入ってこれない!その後に曲がり角を右に、次の分かれ道を左に曲がって!」

「オーケー、わかった!」 


 エイトは路地裏に入り、即座にに出る。

 後ろでは爆発が轟くが、奥からアウターが出てくる様子はない。

 それからキリエの指示に従って道を辿っていくと、やがて小さなガレージの前に着いた。

 

「おいおい、行き止まりじゃねぇか! どういうことだよ!」

「わかってるわよ! だからガレージに隠れて凌ぐの! だから下ろして!」

「お、なるほど」


 エイトは納得すると、抱えていたキリエを下ろす。

 地面に足をつけたキリエは、すぐにシャッターを上げようとスイッチを押すが、反応がない。


 

「どうして!? こんな時に!?」

 

 焦りを示し、カチカチと何度押しても作動する様子がない。

 その時、後ろにいたエイトが口を開く。


「いや、嬢ちゃん。充分だ」

「どこがよ!」


 いきなり何を言い出したかと思えば、本当に正気を疑うような発言にキリエは驚愕のあまり怒鳴り声を上げる。

 だが彼女は気づいていない。

 エイトの首元のコネクターに掘られたラインに沿って、淡い緑色の光を帯びることに。


『ようやく追いついたゼェ!』


 遂にはアウターに追いつかれてしまい、もう逃げられる場所はどこにもない。

 完全な袋の鼠だ。

 足を止め、左腕のハンガーが百八十度回転、マウントされていたアックスが展開される。

 そしてゆっくりと腕を振り上げる要領で、アックスの刃が天高く掲げられる。

 もうダメだ、そう思った。

 瞬間、今の今まで一切動きのなかったガレージのシャッターが吹き飛ばされ、巨大な影がアウターを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされたアウターは、近くの建物に衝突する。

 撒き散らした土煙を振り払い、その正体にキリエは目を見開いた。

 所々剥げた白のボディに、側面部に丸みを帯びたセンサーが伸びていた。

 そのシルエットはまるで。


「う、兎?」


 と思わせた

 そんなキリエの反応に対して、エイトは苦しそうに頭を押さえながら言う。


「あいたた……久々にやったせいでクソイテェ……これがあるから嫌いなんだよなぁ……遠隔操作」

「遠隔操作?」

「ああ……知らなかったか? 一度、『繋がれば』アウターは乗らなくても操れるんだよ。とはいえまぁ……激しい動きをすればその反動で、二日酔いみたいな激痛が来るからやりたくないんだけどな。あははは!」

「ええ……」


 あんまりな例えに、キリエはエイトに半眼を向ける。


『クソッ、舐めやがって……!』


 ようやく空気が緩んだと思いかけた時、吹き飛ばされたアウターが瓦礫を退かし再起動し始めた。


「なっ……アイツまだ動いて……!?」

「しぶとい奴だな……仕方ない。嬢ちゃんはどこかに隠れてろ!」

「え、ええ……」


 キリエがガレージ近くのコンテナに隠れたのを見ると、エイトはすかさず機体に乗り込んだ。

 上部ハッチが閉まり、上部のバーが降りて体を固定する。

 人一人分しかない狭いコックピットから、COMの合成音声が聞こえてくる。


《マスターの搭乗を確認。生体認証開始……マスター・エイトを確認。機体との接続を開始します》


 機体とエイトの脳神経がコネクターを通じて接続され、機体のセンサーが収集した情報をVR空間として網膜に直接投影される。

 投影された視界には、街の風景と目の前のアウターが映る。


「接続完了。各部アクチュエータ異常なし、エネルギー循環率70%を維持、システムコマンドを2に再設定……よし、やれるな。〈ラビットフット〉……!」


 相棒の名を呼ぶと、頭部のアイセンサーがモスグリーンに光る。


「嬢ちゃん……アウター使いがなんで『乗り』ではなく、『使い』って呼ばれてるか知ってるか?」

「え?」


 キリエの答えを待つ事なく、エイトは操縦桿を握ってフットペダルを強く踏む。

 脚部に備え付けられたローラーが高速で回転し、<ラビットフット>は風を切り裂く。

 右へ左へとジグザグに機動し、狙いを定めることができない。


『な、なんだ!? このスピードは!?』


 もう既にアウターがライフルを構え、引き金を引こうとしていた。

 もう間に合わない、普通ならそう思うだろう。

 だがエイトはそんな逆境の中で、笑みを浮かべた。

 意識を集中させると、視界が拡張されCOMからいくつものシュミレーションパターンが脳内に表示される。

 即座に操縦桿のコマンドを選択する。

 ローラーの回転速度は更に上昇し、一気に距離を縮める。

 左手を握り拳を作ると、前腕部の装甲が前面に移動する。

 銃口から弾丸が放たれ、<ラビットフット>目掛けて直進する。


「洒落せぇ!」


 〈ラビットフット〉は左腕を突き出し、弾丸と接触する直前。

 エイトは操縦桿のトリガーを引く。

 接触面に不可視の斥力が生じ、押し潰す。

 それまでに止まらず、<ラビットフット>の拳はアウターを殴りつける。

 数秒の静寂の後、アウターの装甲が急速に亀裂が入り、うつ伏せの状態で倒れる。

 

 その一瞬でキリエは、先ほどのエイトの問題の意味を理解した。

 アウター使いはアウターに乗って操るのではなく、己の手足を操るようにアウターと一体となっているのだ。

 まさに人機一体。

 それを今、明確に認識した。

 その機械の背中は、正しいロマンの形なのだろう。



 波瀾万丈の一日から時間が経ち、迎えた翌日。

 エイトは相棒の<ラビットフット>と共に砂漠に突っ立っていた。

 どうしてこんな事になっているのかって?

 答えは簡単だ。追い出されたためだ。

 いくら街を守ったからといって、無断でアウターを使って戦闘行為を行ったのだ。

 当然の処置といえば当然だ。

 幸い、次の街まで行けるぐらいの食料と、アウターの稼働に必要なエネルギーパックは充分ある。

 エナジーバーを咥えながら、地図を広げる。


「さて、いつまでもくよくよしてちゃダメだな。さぁて、次の街はどこかいなっと」

「ここからなら、南東にあるエリサが一番近いわよ。治安もそこそこいいし」

「へぇ、それは助かるぅ!?」


 聞き慣れた聞こえてはいけない声が聞こえ、広げていた地図を閉じて上を見上げる。

 <ラビットフット>の肩にキリエがぷらぷらと足を投げ出しながら、エイトが食している物と同じエナジーバーを齧っていた。


「い、いつの間に……ってそれ俺の飯だろうが!?」

「うるさいわね! あんたのせいで、私まで街を追い出されちゃったんだから責任を取りなさいよ!」

「知らねぇよ! そもそもそれだってテメェの自己責任だろうが!」

「ケチ、スカポンタン、ハゲ!」

「俺はハゲってねぇ! それにパンツを見せてくる女に言われたくねぇ!」


 エイトの指摘に、キリエは自分でも気づいてもいなかったのか慌ててスカートを抑える。

 そしてみるみるうちに顔を赤くすると。


「馬鹿あああああああああぁ!」


 と、灼熱の砂漠に木霊する。

 かくして彼と彼女の、あてのない奇妙な旅が始まった。

 その先に何を待っているかは分からないが、一つだけ確実に言えることだけはある。

 この星がろくでもなくて、アウター使いがいるところに平穏はない。


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