第5話 妖精はかく語る:死体の話

 では、私が彼の遺体を異世界に持っていった時の話だ。


 遺体を欲していたのは知っての通り、美しい女性の死霊術師ネクロマンサー。でも彼女は最初、遺体を見るなり「足りない」と言ってきた。魔法とは無縁の地球で生きてきた人間だから魔力が無いのは勿論、良質な不死者アンデッドになるための強烈な恨み辛みが足りないと。

 だから彼女は遺体を闇の魔力の濃い場所に野晒しにした。遺体を異世界へ送り込んだ側も、それを受け取った側も、どちらも獣に食われ腐敗していくことを望むというのは数奇なものだね。


 やがて遺体が骨だけになり魔力が馴染んで来た頃、死霊術師ネクロマンサーは遺体を回収してスケルトンとして新たな命を吹き込んだ。驚くべきことに、スケルトンは言葉こそ話せないものの"思考"があり"心"があった。それも殺されたあの男性そのままの中身でね。

 彼は勿論腹を立てていたよ。使役され好き勝手に扱われるしかない現状にも憤っていた。それが更に不死者アンデッドとしての成長に繋がっていたから、死霊術師ネクロマンサーは大喜びしていた。


 ある時、私が心を読めることに気づいたスケルトンと会話する機会があった。私の属する組織のこと、彼を殺した女性が彼の遺体を"寄付"したこと、死霊術師ネクロマンサー地球いせかいの遺体を欲したから彼はここにいること等、色々と話した。

 そうしたら彼も"寄付をしたい"と言ってきた。それも"自分自身の話"をだ。


「"話"を寄付、ねえ。形のない物の寄付はどうなのかな。君の意図を聞いても?」

「……」


 彼の答えは"欲しがるヤツがいる"だった。

 多くの人を騙したり裏切ったりしてきた男だけど、親兄弟や親戚、似たもの同士の友達、金目当てではない付き合いをしていた恋人や元恋人だって存在していたんだ。けれどその中の誰より、自分を殺した女こそが最も自分の情報を欲しがると確信していたのさ。

 面白いだろう? ――だから私は寄付を受け入れた。まだ当時は支援物資の基準も曖昧だったからね、好き勝手やれたのさ。


 思惑通り、彼の寄付はなしを最も欲しがったのは彼を殺した女だった。私は業務に従って粛々と寄付はなしを届けた。

 流石、今まで多くの人を弄んできただけあって、スケルトンはあっという間に死霊術師ネクロマンサーのお気に入りになっていった。その努力も、多分彼ののためだったんだろうね。


 彼の寄付はなしを届けて何度目だったかな、彼はそろそろ寄付を止めると伝えるよう言って――後は知っての通り、彼女は死んだ。なるほどと思ったよ。彼は自分を殺した女の性格をよく理解していた。

 殺したはずの男が自分の手の届かない場所で何不自由なく暮らしている、これから先も約束された成功と幸福が待っている。たったそれだけの情報で、命を捨ててでも追いかけて殺しにくる。つまり彼は最初から彼女をつもりで自分の話を寄付し続けたんだろう。


 彼女の最期を教えた時、彼はどうしたと思う? 彼と彼女、似たもの同士だね。

 笑っていたよ。聞き取りにくいひび割れた声で、これでもかと。






 話はこれで終わり。これでわかっただろうけど、この一件で私が物理的に処分されずに済んだのは、ただ仕事をしただけだからであって、決して"歪み"に纏わる神の意志があったからではないよ。

 それに私も無罪放免だったわけじゃない。消されなかっただけで罰は受けたさ。理由は"遺体を寄付として受け取ったこと"、"話という形のない物を寄付として取り扱ったこと"、"人間の感情を不必要に荒立たせると予測出来たのに続けたこと"……まあ他にも色々だ。


 ――え? 窓のこと? ああ、その必要がないのにわざわざ窓を開けて外へ出ようとした、って話か。

 その日は仕事で魔力をだいぶ消耗していてねえ。空間を移動するのも大変だから、しばらく空をぶらぶら散歩しようと思って、普通に窓を開けて外へ出ようとしたんだ。ただそれだけだよ。87番の考えすぎだ。

 第一、まさか開けた窓に女性が突っ込んでくるなんて誰が予測出来る? 人間でもない、しかも生まれたての妖精には荷が重い話さ。だから窓の件はごく僅かに咎められた程度だよ。




 ところで話は変わるけれど。

 私はね、神を熱心に信仰しろとも、盲目的に従えとも思っていないよ。空気のように扱うのも結構だ。信仰の形は自由だからね。日本の"どんな物にも神が宿っている"という八百万信仰はとても好ましい。神が自然に溶け込んで人々に寄り添っているのは良い光景だ。

 ただね、邪神相手ならまだしも、私の主を"私のために罪を許して守ってくれた"とかいう的外れな薄汚い目で見られるのは不愉快極まりない。くだらない罪を隠すためのゴミ箱扱いした時点でそもそも不愉快だったけどね。


 87番は良い子だろう? 接しやすいし扱いやすい。でも気をつけたまえよ。一応あれで神の使者だからね。仲良くする分には何も問題はないけれど、軽んじたり利用したりはしないように。可愛い後輩だからね。彼女は人間も文化も好んでいるけれど、出来る限り傷つくようなことは起こって欲しくない。


 もしそうなりそうなら、


 ――それじゃあそろそろお暇しようかな。話せて楽しかった。

 次に会う時は、平和な話が出来る時であればいいと願っているよ。



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