路傍の異世界掌編
٩(ˊᗜˋ*)و
会社員:佐上 治臣と使いかけの煙草
第1話 佐上 治臣
結局の所、人生におけるどの場面を切り取っても俺は"選ばれた側"の人間ではないのだ――と
狭いラーメン屋の片隅に置かれた古めかしいテレビには、自分より二回りも離れた少年少女達が輝く笑顔でダンジョンの戦利品を掲げた姿が映っている。
数十年前、それは山も海も街も問わず現れた。同時に、誰に教えられたわけでもなく全人類の頭に突如それの情報が叩き込まれた――それの中には得体の知れない生き物がいて、遺骸の代わりに未知の物品を残してゆく、と。
世界に"ダンジョン"が誕生した瞬間である。
当時の社会は大混乱を極めていたが、幼い治臣は降って湧いたファンタジーにただただ興奮した。剣を手に怪物を倒し英雄になる自分の姿を何度夢想したことか。
しかし、ダンジョンは治臣どころか人類全ての侵入を許さなかった。三歩踏み入っただけでも体調に異常を来し生命維持すら困難になるとわかったのだ。幸いダンジョンから離れれば快復するものの、調査は行き詰まった。
ダンジョンを構成する何かしらか、空気か、モンスターか――原因は不明だが、人類はダンジョンに入れないものと結論づけられ、探索は無人機械の手に委ねられることとなった。
ドローンを投下してはモンスターに破壊され、短い内部の映像が公開されることを繰り返して十年が経ち、世間がダンジョンの存在を半ば虚構の存在に捉え始めた頃、事態は急展開を迎える。
某国のダンジョンに複数の子供が出入りしていた――というニュースが世界中を駆け巡った。内紛続きで半ば放置されていたダンジョンで、子供達は皆親を失った孤児だった。彼らはダンジョン入り口付近にいる比較的弱いモンスターを倒し、戦利品である肉を糧に食いつないでいたのだという。
その後、ダンジョンに対する適性を調べる方法が確立され、日本でも適性を持つ者が数名確認された。皆ダンジョンが現れて以降に生まれた、若い世代だった。更に十年後には確認される適性者の数が三桁になり、中には魔法としか呼べない不思議な力を扱う者さえ現れた。
――そして今、ダンジョンが現れて三十年以上が経過した現在。ダンジョンは社会の一部に溶け込んでいる。
ダンジョン適性や"スキル"を持つ子供を教育する専門の学校や、
世界はかつて幼い治臣が憧れたファンタジーで溢れている。ただしそのファンタジーは全て若き新人類達のものだ。
幼い頃の自分が未来を知ったならさぞや絶望しただろう。英雄など夢のまた夢。ダンジョンどころかドロップ品を直に目にする機会すらない。
四十代も間近となったくたびれた会社員の自分は、狭くて古い店が提供するそこそこの味のラーメンを啜りながら、テレビに映る探索者の活躍を漫然と眺めている。ついでに恋人もいない。それが現実だ。
(……俺も年かねえ。気分が荒んで仕方がねぇや)
再び溜息を零し、治臣は勘定を済ませてラーメン屋を出た。昼休憩が終わるまで少し余裕があるから会社の喫煙所で煙草でも吸っていこう、とぼんやり考えていた矢先だった。
「あのー。もしー」
声がした。ころころと鈴が転がるような高くて涼やかな、そして小さな声だ。
治臣が声の方向に目をやるとそこには誰もおらず、更に周囲を見回しても自分と同じスーツ姿の男女ばかりが行き交っている。首を傾げて進行方向に向き直った――そのすぐ目前にそれはいた。
子供用の着せ替え人形より少し小さな――ふんわりとした翡翠色の髪と瞳を持ち、半透明の輝く蝶のような羽を背中に携えた――不思議な光を纏い不思議な浮遊感で目の前を滞空している――かつて幼い治臣が愛して止まなかったファンタジーの中で"妖精"と呼ばれていたような、そんな生き物が――
真っ直ぐに治臣を見つめ、微笑んだ。
「どもども。慈善団体"異世界平和と摂理支援の会"でーす。そこのおじさん、何か寄付していただけませんかー?」
「……」
条件反射で足早にその場を去っていた。
結局の所、佐上 治臣は凡夫なのである。
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