6 甘くて苦い
屋上の鍵が壊れていることは、既に把握済みだった。マルゲリータちゃんがいつどんな指示をしても私が必ず答えてあげられるように。
心地いい風が制服を揺らす。マルゲリータちゃんは無表情のまま私の手を引いていく。彼女が何を言いたいのかは分かっていた。これが最後の指示になると言うことも。
「マルゲリータちゃん、今までありがとう」
私は彼女に語りかける。マルゲリータちゃんは、なぜか何も言わなかった。
そして私たちは屋上の端にたどり着く。見下ろすと、コンクリートだった。校門の前に落ちるようだ。
「飛ぶの」
マルゲリータちゃんがそう言った。確かにそう言った。
「そうすればあなたは全ての苦しみから解放されるわ」
私の顔が興奮から赤くなっていく。そうだよね、ここから飛べば良いんだ。
「やっぱり、マルゲリータちゃんは私の本当の友達・・・」
私はきゅううと胸を締め付けられながら、マルゲリータちゃんを抱きしめた。マルゲリータちゃんは私の肩をぽんぽんと叩いた。まるで、小さな子供をあやすように。
思えば、彼女とともにある人生だった。いつもマルゲリータちゃんに気に入ってもらえるように、力を尽くしてきた。
だけどもう、それもおしまいだ。お母さんにもかおるにもマルゲリータちゃんにも、私は役に立たないのだから。
そして私は、わずかに微笑むマルゲリータちゃんの隣で、晴れやかな気持ちになった。
飛んだ。足場から踏み出した。くらりと体が傾く感覚にも、何一つ恐怖はなかった。まるで大仕事を前に高揚する職人のような心持ちだ。マルゲリータちゃんが隣で一緒に飛んでくれるから大丈夫だと、思った。体を空に向ける。重力が私を押し始めた。
音が消えた。いや、正確にいえば轟音が私を包んだ。視界から物が消えた。何も捉えられなくなる。
マルゲリータちゃん。私は彼女の名を呼んだ。
マルゲリータちゃん?彼女の姿がどこにもない。
「マルゲリータちゃん!?ねえ!!どこ!?どこにいるの!?」
私は力の限り、叫んだ。何かの冗談だと思った。私一人でなんて、そんなの耐えられない。
彼女がいるから私は生きてこれたのに。屋上のあたりに目をやる。私が落ちているからなのかはわからないけれど、そこに金髪の少女の姿なんてなかった。
いやだ、死にたくない。
「ぁぁああああああぁぁぁぁ」
空の中で肺がちぎれるくらいに叫んだ、 のだろうか、私は。わからなくなった。何も。
どれだけもがいても、私の涙が上に向かってものすごい速度で上がっていくだけだった。
あ、そっか。不意にわかった。
マルゲリータちゃんなんて、いないんだった。マルゲリータちゃんは、私。
私の罰。
潰れた音で、全てが終わった。
ブラックチェリータルト お餅。 @omotimotiti
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