第二十四話  光の打破

「我が名はジェニ! マシュリの森のエルフにして、代々のアーカス領主に仕える騎士! 現領主ナスタリア伯の命により、そして義憤により、吸血鬼――貴様を討つッ!」


 女エルフが声高に名乗りを上げ、大義を語る。

 その間にも霊力を練り上げ、俺を拘束する魔法陣へと注ぎ続ける。

 これほど豊かな霊力量、エルフにおいても稀有であろう。

 なかなかに見どころのある奴だ!


 そして、この俺から霊力を奪い、拘束するこの魔法陣。

 四大魔術系統の階梯、《破邪烈光陣ブラウグロア》という。

 複雑精緻な魔法陣を用意し、対象をそこにおびき寄せねばならぬ大掛かりな魔術ではあるが、その効能は絶大。

 なるほど、吸血鬼の真祖トゥルーブラッドでさえ滅し得る、正真の大魔術といえよう。


 よくぞ、これほどの術を心得たものだな、ジェニとやら!

 当代の不甲斐なき魔術師やそのモドキどもに、見習うよう言ってやりたい。

 いや、エルフというのは長生きだからな。

 こいつももしや、戦乱の世の臭いを知る者かもしれん!


「我が君!」

「クククク、大したものだ。見事なものだ。これはさしもの俺も、軽々には動けん。褒めて遣わすぞ、ジェニとやら!」

「ほざけ、不遜極まる吸血鬼! その傲慢さを悔いて滅びろ!」


 ジェニがレイピアの切っ先を俺に向けて叫ぶ。

 それが合図であったかのように、ローザと重騎士が突撃してくる。


 この《破邪烈光陣ブラウグロア》の内側は、俺のような吸血鬼ヴァンパイアや、あるいは不死者アンデッドといった闇の住人たちを拘束し、消滅するまで霊力を奪い続けるが、そうでない者たちには全く効果を発揮しない。

 当然、ローザや重戦士は普通に動ける。

 俺の首を獲りに来る。


「我は東部長官ゴライオス! そのそっ首、叩き落として我が武勲としてくれるわ!」


 重戦士が突進しながら、大斧を振りかぶって叫んだ。

 ほう、俺が東に攻め入る前に、長官の方から先に出張ってきたか。

 敵もさすがにバカではない。いつまでも指をくわえて待っていない。

 こいつにローザ、ジェニと、恐らくはアーカス州の最精鋭たちを集め、ここで一息に俺を討たんとする算段か。

 南部長官府やジンデルガーを囮に、罠を張って待っていたわけか。

 クククク、なるほど。なるほど。面白いぞ。

 本来、真祖は首を刎ねられようと、潰されようと再生できるが、この特殊な魔法陣の中では、霊力を奪われた状態では、難しいかもしれんな。


 だが――

 この魔法陣内で動けるのは、おまえたちのみではない。

 魔術人形サーヴァントたるレレイシャも同様だ。

 俺の前に素早く移動すると、ローザたちを阻まんと立ちふさがる。


「私めが御身を守護奉る驕慢、どうぞお許しください、我が君!」


 常に楚々たるレレイシャも、この状況では澄まし顔でいられないようだった。

 逼迫した様子を隠さず、両の繊手かいなを振るう。

 不可視の糸が無数に放たれ、ローザとゴライオスを迎撃せんと網を張る。


「ぬう!? 面妖な!?」


 ゴライオスが不可視の糸に何重も絡まれ、身動きを封じられ、悲鳴を上げた。

 こいつはジンデルガーに負けず劣らず、なかなかの“格”の重甲冑を具していた。

 おかげでレレイシャの糸に全身を拘束はされても、切断にはいたらなかった。

 ただし、時間の問題にすぎない。

 重甲冑とはいえ、本当に全身を完全に覆い尽くしているわけではない。目元ののぞき穴の他、関節部分やつなぎの部分など、いくらでも隙間がある。

 レレイシャの糸はそこから這いより、侵入し、中の生身をズタズタに寸断する。


「ぎゃああああああああああああああああ!」


 ゴライオスは結局、何もさせてもらえぬまま、断末魔の悲鳴を叫び、絶命した。

 なんとも呆気ない。が、レレイシャが「本気」を出せば、こんなものだ。


 その一方で――ローザの迎撃には手こずっていた。


「ちぇあっ!」


 気勢とともに、ローザが剣を一閃させる。

 それも、目を閉じた状態で、だ。

 しかし狙いは正確、彼女に迫った全ての糸を、尽く斬り落として撃退する。

 不可視の糸を、気配だけで察知し、見事、斬り伏せてみせたのである。

 クククク。

 こやつ、本当に武の天才かもしれんな!


「あらあら、厄介ですこと」


 レレイシャが珍しく、心底忌々しそうに吐き捨てた。

 切断された無数の糸が、炎上しながらハラハラと舞い散っていた。

 ローザの持つ白炎剣ブライネの、霊力によるものだ。


「彼女が持つ剣、もしかしなくとも我が君が鍛えた武具ではございませぬか?」

「その通りだ。あれはブライネだ。そして、この女はアルベルトのすえらしいぞ」

「恨みますわよ、我が君?」


 レレイシャは冗談めかしたが、嘆き自体は本物であろう。


 もしローザに武の天賦がなければ、あっさりと不可視の糸で斬殺されていただろう。

 もしローザに俺が鍛えた剣がなければ、たとえ不可視の糸を察知できても、強靭無比な材質でできた糸そのものを断つことができなかっただろう。

 武才に名剣――

 その二つが合わさることで、レレイシャのいる本物の強者の高みに、肉薄してみせたのだ。

 それに元々、白炎の霊力を持つブライネを相手にするのは、糸使いのレレイシャは苦手にしていたからな。


「不甲斐なしとお叱りくださいませ、我が君。このレレイシャといえど、どうもこの小娘一人を相手取るのが、精一杯のようでございます」

「充分だ」


 俺は忠実にして有能なる近侍を、心からねぎらった。

 おかげで俺は、この魔法陣の対処に集中できるのだからな。


「ジェニと言ったな? この術式は誰から学んだ? 父か? 母か? それともマシュリの森の長老たちか?」

「吸血鬼と口を利くのも不愉快だが、我が師の名誉とあれば答えよう! この術式は、我が森出身の大英雄であらせられた、シェイハ様より教わりしものだ」

「なるほど、やはりか」

「!?」


 俺が口角を吊り上げると、ジェニは覿面に動揺した。


「やはり!? やはりだと!? どういうことだ!?」


 狼狽して訊ねる女エルフに、俺は答える代わりに呪文を「詠唱」する。


「光の精霊よ、落日とともに去る者よ――だったかな?」


 それを聞いたジェニが「なっ……」と顔面蒼白で絶句した。


「なぜ……なぜ、貴様が解呪式を知っている!? シェイハ様より我が森のみに伝えられた、この秘術の要訣を!?」

「知っているのは当然だ。もともと《破邪烈光陣ブラウグロア》は、俺がシェイハの持っていた知識とアイデアを元に、新たに編み出した魔術だからな」

「なんだとぉ!?」


 俺の言葉のいちいちが、仰天すべき真実なのだろう。

 ジェニはもう目を剥いて、素っ頓狂な悲鳴を連発した。


「そもそも《破邪烈光陣ブラウグロア》は、詠唱なしの魔法陣のみで成立する魔術だったのだ。その洗練の極みを、シェイハは嫌がった。『精霊への敬意が足りぬ』などと言い出して、不必要な詠唱を付けたしおった。まったくエルフというのは頑迷な種族だ!」


 俺は憎まれ口を叩きつつ、かつての重臣の――シェイハの生真面目で、融通が利かなくて、でもだからこそ気品に満ちた美しい顔を思い出し、相好を崩さずにいられなかった。


「光の精霊よ、落日とともに去る者よ、汝の休息は我らにもまた安息をもたらすものなり。然らば、次の暁まで。しばしの然らば」


 思い出に浸りながら、解呪式を全て唱え終えた。

 礼拝堂の床一面に描かれていた魔法陣が全て霧散し、俺は吸血鬼の天敵ともいえる魔術拘束から脱した。


 まったく、シェイハめ。

 俺の術に不合理なアレンジを付け足してくれたおかげで、思い出すまで時間がかかってしまったではないか。


「さあ、ジェニよ。真祖を討つための、次の準備はないのか? また俺を楽しませてくれ」


 シェイハの直弟子だという女エルフに、幾分の親近感を覚えながら促す。


 ところが――

 ジェニは何もしてこなかった。

 その場に立ち尽くしたまま、全身を小刻みに奮わせていた。


 まさか、もうタネ切れなのか?

 まさか、すっかり怖気づいてしまったのか?

 興が失せること甚だしい。


 俺は一瞬、鼻白んだが、それは尚早だった。


「貴様は……いや御身は、まさか本物のカイ=レキウスなのか?」


 ジェニは震えた声で、俺に訊ねた――

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