第二十三話  光の罠

 主将たるジンデルガーは、墜落死した。

 その兵たちは、俺の“火神”と“雷神”によって蹂躙された。

 南部長官府軍が白旗を上げない理由はどこにもなかった。


 一方、ブューリィの街には、まだいくらかの守備兵が残っていた。

 しかし、その者らも無血開城を申し出た。

 出なければ、こちらは“火神”で城門を吹き飛ばし、無理やり開場させるだけのことだからだ。


 こうして俺たちは、労せずして入城を果たした。

 フォルテ、ゲオルグ、ジョゼフとその兵らには、捕虜となった敵兵の管理や、占領下に置いた街の掌握を命じた。

 俺はレレイシャのみを随伴し、亡き長官の居城へ向かう。

 まだ抵抗する意思を失っていない者、あるいは少数の手練れが残っているとすれば、ここだからだ。


「ふむ……城内にほとんど気配がないな」

「御意。ジンデルガーは人望なき長官でしたとか。警護の者や役人、使用人どもが、主と街を早々に見捨てて家財を奪い、そのまま逐電したとも考えられます」

「三百年前、親の顔より見た喜劇だな」


 俺は嘆息し、まるでもぬけの殻となったような城内を、レレイシャを連れて闊歩する。


「南も手に入れた。後は東部長官府を陥とせば、ナスタリアとやらの本領を包囲できるな」

「御意。して我が君、征東はいつごろ始めるおつもりでしょうか?」

「南の掌握と統治の目途がついてから……と思っていたが、考え物だな。ゲオルグら、戦に関してはとんと役に立たぬことがわかった」

「では、我が君と私とですぐにでも征東を開始し、領地の平定は彼らに任せるという、役割分担を行ってはいかがでしょうか?」

「それが無難であろうな。南部ブューリィはジョゼフに任せる。後で伝えておけ」

「御意」


 俺に随伴するレレイシャは、足を止めるわけにはいかずに、軽く頭を下げるだけの一礼する。略式だからこそ最敬礼を込めて。


 なお、フォルテやゲオルグに比べて、ジョゼフは任せるに値するのか、人選ミスではないか、という類の諫言を、レレイシャはしない。

 俺の統治法やりかたを知悉しているゆえに、口を挟むまでもないことだとわかっているからだ。

 決して盲目的だからではなく、必要とあればどんな直言も恐れない女だ。こやつは。


 さて、そのジョゼフだが――まあ、俺も正直、大して期待はしていない。

 それでも最初は任せるのが、俺の身上というだけだ。

 意外な才覚を見せればよし。

 失態を犯せば、その時こそ首を挿げ替えればよし。

 それだけの話だ。


 西の統治はフォルテ、北はゲオルグ、南はジョセフ、そして東はまだ見ぬ誰かに一任し、それぞれの手腕を競い合わせる。

 例の、健全な競争による組織の活性化というやつだ。


 俺は民には何も求めない。

 彼らは無能でも怠惰でもよい。

 俺が与えられる限りの安寧と幸福を享受すればよい。


 だが、公権力を預かる者は、それではならぬ。

 無能は許されぬ。常に試されなければならぬ。

 もちろんのこと、この俺も例外ではない。


 競争によって淘汰されない権力者や公人など、盗賊となんら変わらぬ。

 世で最も唾棄すべき奴らだ。

 今、この帝国とやらに巣食う貴族どもがそうだ!

 逆に言えば、優秀な者には褒美がなくてはならぬ。

 フォルテやゲオルグら――最も政治手腕を発揮した者には、ゆくゆくは俺が征服したアーカス一州を与え、統治を委ねるつもりだった。

 仮に「アーカス総督」とでも名づけようか? 



 ――と。

 俺はつらつら考えながら、城内を一通り練り歩いていた。

 その俺の足が、城の一角に設えられた礼拝堂に一歩、踏み入ったまさにその時だ。

 俺はピクリと体を震わせた。

 ほんの一瞬遅れて、レレイシャも気づいた。

 だが俺たちは何食わぬ顔で、礼拝堂にズカズカと踏み入る。

 

 恥知らず且つ大々的な歴史捏造と、権力の正当化が施された現在のヴァスタラスクでは、神といえば現人神あらひとがみであるカリス以降の歴代皇帝たちを指し、また彼らに帝権を神授したとされる光の神アル=シオンのことのみを指すらしい。

 そして、現人神たる皇帝たちへの崇拝を強要される――それがこの国での、宗教の在り方なのだという。

 だからか、貴族や権力者の居城には必ず礼拝堂があり、偽りの初代皇帝カリスの像が飾ってある。

 天井が高く、ガラスを張って採光性を高める、型にはまった建築様式まで一緒だ。


 そんな礼拝堂の真ん中に立ち、俺は高らかに訊ねた。


「隠れてないで、出てきたらどうだ?」


 返答は、なんとも騒々しいものだった。

 天井の三か所にあるガラスが割れ、三つの影が舞い降りてきたのだ。

 うちの一つは、誰あろう赤毛の剣士ローザであった。

 俺が鍛え、今は彼女の手に渡った白炎剣ブライネを引っ提げ、意趣返しせんと瞳を燃やしていた。

 あとの二人は見覚えのない相手だった。

 古式ゆかしい重甲冑に、両刃の大斧を携えた戦士が一人。

 そして、蜂蜜色の金髪ハニーブロンドを持つエルフの女が一人。

 そのエルフが自由落下しながら、


「光の精霊よ! 闇を打ち払う者よ! その者の邪悪なる力を、根こそぎに削ぐべし!」


 その詠唱に呼応して、礼拝堂内がいっぱいに輝く。

 床にあらかじめ、魔法陣が描かれていたのだ。

 それもご丁寧に、特殊な果実から採れる透明な塗料でだ。森の民に伝わる秘密の知恵だ。

 その魔法陣がエルフの霊力と詠唱に反応し、今は眩いばかりに輝きを放っていた。

 恐ろしく複雑で、精緻で、どれだけ時間をかけ、どれだけ入念に描いたものか、その努力と熱意が窺えよう、凄まじいまでに強力な魔法陣が正体を現していた。


「その陣に入った以上、たとえ貴様が真祖であろうと身動きはできんぞ――吸血鬼!」

 

 ローザ、重戦士とともに、華麗に着地を決めたエルフが啖呵を切る。


 クク……。

 ククククク……。

 ようやく面白くなってきたではないか!

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