第二十二話 一騎討ちこそ戦の華
ペガサスというのは、それ自身が強力な幻獣であり、非常に気位が高い。
ゆえに滅多に人を乗せることはないし――逆に言えば――ペガサスを馭し得る者とは、もうそれ自体、誰劣らぬ勇者の証なのである。
かつての大戦時には俺の直臣にも、幾人もの
そして、今――俺のいる本陣目がけて、
「見事! 実に見事よな! その武威、その勇敢を褒じて、この俺手ずから相手をしてやろう。邪魔をするなよ、レレイシャ?」
「御意」
さすがは薫陶行き届いた、俺の近侍。
レレイシャは引き止めるような野暮は言わず、恭しく一礼した。
一方、俺は素早く両手を複雑な形に組み合わせ、「結印」する。
そして全身に霊力を漲らせると――翼も道具もなく、ただ《
これにはフォルテやゲオルグたちも騒然だった。
ペガサスライダーを相手に、こちらは飛行手段なしでどうやって一騎討ちと洒落込むのかと、興味津々の様子だった連中だが、まさか俺が魔術によって独力飛行できるとは思っていなかったらしい。
「と、飛んだ!? 我が君が空をお飛びになった!?」
「これも
「いや、待たれよ。確かに
「然様……。人の姿のまま飛行できるなどと、そんな伝承は知らぬぞ……!」
と、魔術で飛行するのがそんなに珍しいのか、蜂の巣をつついたような騒ぎである。
まあ、《
当世の魔道士とやらには、想像もつかぬ次元にあろう。
ましてその魔道士ほどにも術を心得ていないゲオルグたちが、パニックになるのも致し方ない。
説明はレレイシャに任せて、俺は大空の決戦場へと、悠揚と向かう。
こちらの本陣目がけて翔ける天馬騎士と、その迎撃に出た俺とが、戦場上空で相対する。
「天馬の駆り手よ――許す! 名を名乗れ」
俺は魔術と霊力を緻密に制御し、宙の一点で滞空状態になると、そう告げた。
「ほ、ほざけ! 貴様のような怪しい輩に名乗る名などないわ!」
ペガサスライダーは、単身飛行を行う俺の存在に強い動揺を覚えていたが、それでも憎まれ口を叩く気力は持っていた。
ククク、なかなかに威勢の良いことだ。
ただ、口の利き方は褒められたものではない。
「なんだ? 当世の騎士は戦場の習いも知らぬのか? 暴力を扱うしか能のない蛮人か?」
皮肉というより、ただただ遺憾と侮蔑で吐き捨てる俺。
それで相手は激昂し、声を張り上げた。
「ならば我が雷名を聞かせてやる! 畏れよ! 怯めよ! 我はナスタリア伯に身命を捧げる忠義の騎士にして、武勇を誉れに南部長官府を預かりし者! 名をジンデルガーなり!」
「おう、貴様が長官ジンデルガーか」
相手が名乗ったことで、俺も一騎討ちの習いに従い、名乗りを上げる。
「カイ=レキウスだ。見知りおけ」
すぐ殺すなら、名乗っても無駄になる?
いやいや、そうではない。
一騎討ちというのは、そのような無粋なものではない。
本来、どんな手段を使ってでも相手を殺戮するのが本義の戦場で――そして、そのやり口を突き詰めたのが“火神”や“雷神”で――敢えて、伊達や酔狂に浸るのが一騎討ちだ。
術比べほど優雅なものではなくとも、血道を上げてまでやるべきことではない。
ゆえに、このジンデルガーが、武勇で俺も満足させることができれば、生かしたまま捕虜にしてやってよい。
ローザの武術の冴えに免じて、生きたまま帰してやったようにな。
「カイ=レキウス……? “流血王”――邪神の名を騙るか、狂人!」
「なんとでも思え。俺は俺よ」
俺は一頻りほくそ笑むと、
「さあ、来るがいい。当代の
両腕をだらりと下げて、ジンデルガーに先手を譲ってやる。
奴はペガサスという稀少な騎馬だけでなく、甲冑もランスもなかなかのものを備えていた。
俺くらい練造魔術の造詣があれば、その武具が放つ霊力を煌めきを見ただけで、どれくらいの“格”かはすぐにわかる。
三百年前、俺は自分やアル用に、あるいは臣下に下賜するため、様々な武具を作製した。
だが、どれもこれもが業物や傑作――例えば、現代ではローザに伝わっていた、白炎剣ブライネなどがそう――だったわけではない。
失敗も重ねたし、極まった一つを作り出すための過程に必要な、いわゆる習作もたくさん作った。
俺は決して天才ではなく、ただ世界一努力しただけの魔術師なのでな。
ジンデルガーが具した甲冑とランスは、その俺の習作くらいには匹敵すると見受けた。
三百年前の大戦時においても、所有していて決して恥ずかしくないレベルのものだ。
「その余裕、後悔させてやるぞ狂った吸血鬼!」
ジンデルガーがランスを構えて、
うむ、なかなかに堂々たるものだ。
巧く天馬を手懐け、また馭す技量を培っている証拠だ。
面白い!
俺も《
ただし、右腕一本くれてやる。
かつてローザとの戦いでそうしたように、この歪んだ泰平の世でなお、ペガサスを馭する勇者への敬意だ。褒美だ。
一方、ジンデルガーはランスの一撃で俺の右腕を噴き飛ばし、気をよくしたらしい。
「次は心臓に杭をくれてやるぞ!」
と、馬首を巡らせながら勝ち誇った。
俺はその吹き飛ばされた肘から先を、ちらりと一瞥。
今の俺は、不死不滅の
肉片が無数のコウモリと化けて寄り集まり、元の腕の形へと再生を始めるが、その再生速度がいつもよりわずかに遅い。
ジンデルガーのランスが持つ“格”、すなわち霊力の強さによるものだ。
「クク、なかなかによい槍だ。本当に俺の習作の一つかもしれんな」
「世迷言を!」
「ククク、では次は俺の番だな?」
ジンデルガーの一撃を受けてやったことだし、反撃と洒落込もう。
とはいえ、まずは小手調べだ。
いきなり決着ではつまらんからな。
伊達や酔狂にならないからな。
俺は右人差し指と中指を立てて、虚空に複雑な「刀印」を切る。
最後に「ぬん」と気合を入れ、立てた二本の指でペガサスの顔を指し、霊力を放出。
精神魔術系統の《
こんな御伽噺があるのを、知っているだろうか?
かつて最強の戦士と謳われた、天馬の乗り手がいた。
しかし彼は、最弱の妖魔に敗北した。
なぜか?
妖魔は戦士を狙うのではなく、記憶を混乱させる
憐れ戦士は、主を忘れたペガサスによって鞍から放り出され、墜落死した。
三百年前、ペガサスライダーの間でよく語られた笑い種であり――同時に何より、教訓と示唆に満ちた民話である。
「ゆえに俺の知る騎手たちは皆、決してペガサスの守りを疎かには――ん?」
ジンデルガーは、主の顔を忘れた気位の高いペガサスに、鞍から放り出されていた。
「……こんなもの、小手調べだぞ? 何も対策をしていないのか? ……いや、待て。きっとそうだ。放り出されてもかまわんと、そういう形の対策をしているに違いない。魔術具を仕込んでいるに違いない。なるほど、合理的だな。俺の時代より新しいな」
と、俺が一人勝手に納得している間にも――
ジンデルガーは戦場に墜落していき、汚い血の花を咲かせると、潰れた肉塊に変わり果てた。
…………。
……………………つまらん。
……………………………………………………本当につまらん。
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