第二十一話 戦の形
彼ら「官軍」と、謎の吸血鬼を主君に戴く「賊軍」との、合戦が始まろうとしていた。
こなた、南部長官府直轄・正規軍五千。
長官ジンデルガー自ら陣頭指揮を執り、彼の訓令に兵ら全員が耳を澄ませる。
「このアーカス州は全て、我らが主君・ナスタリア伯爵閣下の所有物である! にもかかわらず、その道理を忘れた謀反人どもが西に南に跳梁し、嘆かわしきことに我が膝元からもウジの如く湧き出おった! 断固、許すまじ! 諸君――これは決して内戦に非ず! 不届き千万の反逆者どもを断罪する、裁きである! 奴らは寡兵にして無力な愚衆! 恐るるに値せず! 皆、我に続けッ!! 大罪人どもに鉄槌を下し、満天下に正義と伯爵閣下への恩義を示すのだッ!!」
その威勢の良い言葉に兵らは煽られ、士気を高めていく。
兵とはいえ、また軍とはいえ、泰平の世だ。彼らの普段の仕事は、犯罪者を取り締まる治安維持であり、合戦など一人として経験したことがない。武器も手入れの行き届いていない槍だし、鎧は粗末な革鎧だ。
だからこそ、ジンデルガーの言葉に勇気づけられ、初陣の不安が消える。
「いざ出陣!!」
「「「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」
ジンデルガーの号令で突撃ラッパが吹き鳴らされ、兵たちは鬨を上げて突撃を開始する。
足並みはバラバラ。陣形もへったくれもあったものではない。
それでも、勢いだけは本物だった。
数で勝る以上は、その士気と勢いこそが肝要であり、ジンデルガーは将としてわきまえていた。
彼の兵らも勝利を確信していた。
遠く西部や北部くんだりからやってきて、わずか三千で戦わねばならぬ敵軍の兵らに、嘲笑と紙一重の憐憫さえ覚えていた。
その二体のゴーレムが、戦場に現れるまでは。
ジンデルガー兵らの、最初に誰がそいつらの存在に気づいたか?
ずばり、全員だ。
敵陣中にずっと伏せていたらしいその二体が、すわ合戦とやおら立ち上がるや、全高十五メートルは下るまい物々しい巨躯を、戦場に聳え立たせたのだ。
そんな巨大なモノ、戦場のどこにいようと視界に入らないわけがない。
一体は、真紅のゴーレムだった。
ドラゴンを模した凶悪なフォルムで、見る者を恐懼させた。
一体は、藍青のゴーレムだった。
顔のない巨人ともいうべき不気味な姿で、見る者を恐懼させた。
そして、二体のゴーレムはまだ敵陣中央にいるうちから、戦闘行動を開始した。
紅蓮と蒼電。
ドラゴンゴーレムは敵陣中にいながらにして、その
ジャイアントゴーレムも同様に、両手を組んで作った分厚い拳から、莫大な電流を一直線に撃ち放ち、ジンデルガー兵らを掃射した。
どちらも恐るべき長射程、尋常ならざる火力であった。
ジンデルガー兵らはなす術なく、熱線に焼かれ、電流に薙ぎ払われ、半ば蒸発するように焼死していった。
確かに彼らは、戦争を知らぬ世代の兵士たちであったが――
こんな戦争の形を、いったい誰が予想していたであろうか?
◇◆◇◆◇
俺――カイ=レキウスは丘に敷いた本陣から、戦場を一望していた。
周囲にはレレイシャ他、主だった者たちが幕僚の如く居並んでいたが、
「こ、こんなものは……もはや戦と呼ぶのが憚られます、我が君……」
「もはや、一方的な虐殺です……」
俺が
「そうか? しかし、俺の知る戦争とは『こう』だぞ?」
俺は彼らの心情を理解した上で、敢えて諧謔めかす。
レレイシャが「さすがのユーモアでございますわ、我が君」とおかげしげにする。
まあ、魔術がここまで衰退したのだから、戦争の様相もさぞや変わり果てたことだろうと、半ば予想は着いていたがな。
ゲオルグたちの語る兵法や、戦況予測を聞いて、正直呆れさせられたわ。
まさか軍用ゴーレムも並べず、戦術級大魔法の応酬もなく、魔法の武具どころか粗末な槍を兵に持たせて、魔術儀式による肉体強化や霊的防護も与えぬままの裸に等しい状態で、原始的な白兵戦を強いるとは、な!
「そんな粗末な戦場に放り込まれる、兵が憐れと思わんか、レレイシャ?」
「まったくお優しいことでございますね、我が君。ゲオルグ卿の献策を却下なされたのも、犠牲を前提に勝ちを拾うという点が、お気に召さなかったのでございましょう?」
「さあて、どうだかな。ただ俺のゴーレムを自慢したかっただけかもしれんぞ?」
「ふふ。畏まりました、そういうことにしておきますわ」
俺のゴーレムたちが敵軍を蹂躙する様を見物しながら、レレイシャと軽口を交わす。
その間にも、フォルテが物言いたげな顔で、俺たちの方を見ていた。
解説が欲しいのだろう。
俺が顎をしゃくると、レレイシャが皆に語り聞かせてやる。
「あの竜を
「あ、あんなものをまだ他に十体、我が君はお持ちだと仰せですか……?」
「遺憾ながら、
「そ、それでもあと何体かは有しておられるわけですな……」
スケールが違いすぎて理解が難しいとばかりに、フォルテは絶句した。
「だが、俺の臣下になった以上は、みな見知りおけ。俺にとっての戦争とは、こういうものだとな」
「「「……御意」」」
「以後、俺の前で兵法を語るならば、『これ』を前提とせよ」
「「「御意」」」
「その上で、あれらを上手く使いこなせる者には、あれらをくれてやってもよいぞ?」
「な、なんと!?」
「あのようなとんでもないゴーレムを、我らにでございますかっ」
「我が君は本当に太っ腹でいらっしゃる」
皆、現金なものだ。顔面蒼白だったのが嘘のように、喜色を露わにする。
仮にも戦の最中に、浮かべるべき表情ではないな。
まあ、“火神”と“雷神”の戦闘力を見れば、既に勝った気になってしまうのも、わからんではないが……。
「これで終わりか? つまらん」
俺は丘上から戦場を一望し、鼻を鳴らす。
するとどうだ?
まるで、俺の独白に異を唱えるように――敵陣中から何かが飛び上がり、上空へと高速で翔け上がった。
背には霊力で輝く甲冑をまとった、騎士が騎乗している。
「おお、おお、良いぞ……! 戦とは本来、そうでなくてはな!」
にわかに戦乱の世の臭いが――懐かしい臭いが立ち込めてきたではないか!
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