第二十話  南部長官府攻略へ――

 俺――カイ=レキウスは苦笑を禁じ得なかった。


「こっぴどく躾けてきたようだな、レレイシャ?」


 北部長官府・陳情の間の椅子に腰かけた俺は、傍らに侍る美女へ揶揄混じりに問う。


「我が君にお仕え申し上げるには、まだまだ到らぬ粗忽者たちを、調教するのは私の責務でございますゆえ」


 レレイシャは澄まし顔で、当然のことだと胸を張った。


 一方、俺の前にはその「調教」を受けたジョゼフら五人が、ひざまずいている。

 全員、地獄でも見てきたような蒼褪めた顔をしている。


「聞け――」


 その者らに、俺は声をかけた。

 いや、広間には北部長官府所属の騎士たち――ダラッキオ男爵の暴政を見かねて、最初に俺に助けを求めてきた者たち――もいて、彼らにも同時に宣告する。


「俺は治世に特別を求めない。ただ王道のみを追求する。ゆえに俺は信賞必罰を尊ぶ。わかるな? 二心や不埒な企みを抱いた者は、必ず処罰するし――」


 そこで一度言葉を切り、ジョゼフら南部のブューリィ騎士たちをにらみ据える。

 ただそれだけで、連中は震え上がる。


「――手柄を立てた者には、必ず報いる。もう一度、問うぞ。わかるな?」


 俺が重ねて問うと、ジョゼフが恐る恐る発言を求めた。

 俺が鷹揚にうなずくと、


「つまりは、一度は不埒なことを企んだ私どもでも、以後心を改め、誠心誠意御身にお仕えし、手柄を立てれば、立身栄達は夢ではないと仰いますか……?」

「然りだ。俺の下で栄華を極めたくば、陰謀を巡らすのではなく堂々の働きを以ってせよ」

「は、ははーッ」

「必ずや忠勤いたしまするーッ」

「我らの精励ぶりをどうかご覧じませいッ」


 改めて深々と叩頭するブューリィ騎士たちに、俺は再び鷹揚にうなずいてみせた。


「つきましては、我が君。私から具申したき儀がございまする」


 北部のグレーン騎士を代表する初老の男が、発言を求めてくる。

 名をゲオルグという。

 俺が発言を許可すると、恭しく進言。


「次の南部長官府を攻略するに当たっては、我らの力をどうぞお試しください」

「ほう。俺の力は必要ないと?」

「今、我が君の御元には、我ら北部とお膝元である西部の勢力がまつろいました。これに加えてジョセフ卿らの内通と助力を得られれば、南部長官府一つ陥とせぬ理由がございますまい」

「よかろう。任す」


 俺が鷹揚に許可すると、ゲオルグたちはホッと胸を撫で下ろした後、それから満面にやる気を漲らせた。

 ジョゼフたちも同様だ。目の色が変わっている。


 良い。良いぞ。

 同じ野心は野心でも、手柄欲しさの克己心は良い。

 臣下たちの競争は組織を活性化させ、健全にする。

 無論、くだらぬ縄張り意識や妬み嫉みによる、足の引っ張り合いが横行すればその限りではないが、そうはならぬように目を光らせておくのが、主君の役目と器量というものである。

 そして、俺は一度は大陸に覇を唱えた男で、レレイシャという頼もしい補佐役もいる。

 存分に、健全に、手柄を争わせてやろうではないか!


 俺が目障りなヴァスタラスク「帝国」を討ち滅ぼし、再び大陸に覇を唱えるためには、優秀な家臣団は不可欠だ。

 このゲオルグやジョゼフらが俺の家臣に相応しいか否か、あるいは俺の薫陶によって成長できるか否か、よくよく検分せねばな。


「準備に如何ほど必要だ?」


 と俺は諮問する。

 北部長官府を俺が独力で陥としたのも昨日の今日で、ゲオルグはまず領内の掌握が先決となる。

 ジョゼフもまた南部で同志をかき集める下準備が必要だろう。


「一月いただければ、必ずや。我が君」

「わ、我らも同様にございます!」


 ゲオルグが当意即妙に受け答えし、ジョゼフが張り合うように宣言する。


「よかろう。手並みを拝見させてもらう」


 俺は肘掛に頬杖をついて、彼らに一切を任せた。


    ◇◆◇◆◇


 今や永劫不滅の肉体を得た俺にとって、一月などあっという間のことだった。

 子細なこと(西部のことはフォルテ、北部のことはゲオルグ、南部のことはジョゼフ)に任せ、俺はレレイシャやミルと戯れている間に、南部長官府攻略の準備は整った。


 ブューリィの街の前に兵を集結させ、一軍を以って攻城の構えを見せる。

 フォルテが西より引き連れた兵数、千二百。

 ゲオルグが北より引き連れた兵数、千八百。

 ジョゼフが南で挙兵させた兵数、三百。

 合わせて三千三百の軍勢だ。

 また、軍に不可欠な兵站輜重は、元商人のフォルテが見事な手腕を発揮し、完璧に用立てた。


 この動きに対し、南部長官府の正規ジンデルガー軍は籠城を選択するのではなく、城外に打って出て、平野部での合戦を行う気配を見せた。


「全て私の思惑通りでございます、我が君!」


 ジョゼフが得意げに報告する。

 軍の司令部として据えた帷幕の中。

 俺と傍らのレレイシャに、そのジョゼフやゲオルグ、フォルテの他、主だった騎士や軍人たちが居並び、対面している。


「南部長官ジンデルガーを見限り、我が君の旗の下に集うようにと、私が説得して回りました有志の者たち――彼らを敢えて大々的に挙兵させることで、ジンデルガーに『他にも内通者がいて、城内に潜伏しているのでは?』と疑心暗鬼に陥らせたのです。その結果、ジンデルガーは籠城という選択肢を失う羽目となりました」

「内通者を抱えた籠城戦など、自殺行為に等しいからな」


 内通者が城門を内側から開く、兵糧に火を点ける――他にもいろいろ悪さができる。

 実際にジョゼフが実行可能だったかは別の話というか、可能だと自信を持てるほど有力な同志を集められなかったから、その方策は採らなかったのだろう。が、ジンデルガーからすれば内通者の規模と全容がわからないため、疑わざるを得ない。

 それならばいっそ、城外に打って出て戦った方がマシというのは、至極当然の判断だ。


「しかし、我らにとっても骨の折れる攻城戦を避けられたという状況です」

「なかなか悪知恵が回る」


 俺が素直に褒めると、ジョゼフがますます得意げになった。

 子どもがいたずらで知恵を絞るのは、見ていて微笑ましいものがあるだろう? あれと同じ気分だ。

 愉快、愉快。


「斥侯の報告によれば、ジンデルガー軍の数はおよそ五千ほどとか。彼我の戦力差は約一・五倍となり、戦術に工夫を凝らす必要がございますな」


 フォルテが卒なく報告する。

 初めて会った時からそうだったが、こいつは本当に使える男だという匂いがする。

 

「――だ、そうだぞ? 卿らの勝算を聞かせてもらおうか?」


 フォルテの発言を受けて、俺は一同に諮る。


 さてさて、今世での戦争いくさは初めてだ。

 前世において、万軍の将としても大陸を馳せた俺だ、兵事に興味を持つなというのが難しい話。

 三百年前に比べ、武芸は感心を覚えるほど発展していた。

 魔術は嘆かわしいほど衰退していた。

 ならば戦の様相は、現代の兵法は、如何なるものに変わっているだろうか?


「献策いたします、我が君」


 一同の中では最も年長のゲオルグが、おずおずと進言した。


「三地方より集まった連合所帯である我が軍は、烏合の衆の域を出ておりません。一方、ジンデルガーが軍務や練兵に、熱心だったという話を聞いたこともございません。彼奴らの練度も知れていると推察します」

「ふむ。ジョゼフの判断は?」

「ゲオルグ卿の賢察、全く異論はございませぬ。ジンデルガーはあれで、名長官を自認しております。司法や治安に関しては血道を上げる一方で、太平の世において軍事調練は金を食うばかりだと、確かに軽んじておりました」

「ですので、我が君。両軍ともに高度な作戦行動を望むのは、難しい状況というわけです」

「理解した。では、その状況の上でなんとする?」

「はい、我が君。まずは無策に、正面から敵軍に当たります。数で劣る我が軍は、遠からず劣勢となり、潰走を始めるでしょう。整然たる退却など望むべくもないので、これは致し方ありません。しかし、それを見た敵軍は、ここぞとばかりの追撃を始めるでしょう。ですが、これもまた整然たる軍事行動など望めはしない、逃げる獲物を嵩にかかって追い立てるような、無様な追撃戦となることは必然です――」


 ゲオルグは自らの戦況予測を、よどみなく語ってみせる。

 老練な騎士らしい一面を披露してみせる。


「――と、そこまで予測が着いた上で、策を弄します。我らはあらかじめ精兵二百を退却路上に伏せておき、遮二無二追撃してくる敵軍の柔らかい横腹に、奇襲をかけるのです」

「なるほど。こちらは偽退ではなく、本当に総崩れとなるわけですから、敵軍も疑うことなく全力で追撃をしかけてくるだろう、と。そこも布石になっているわけですな」


 ゲオルグの意図をすぐに理解したフォルテが、膝を叩いて納得した。


「本隊を囮にするとは、面白い発想です。いや、烏合の衆にも使いようはあるものですね。勉強になりました。ゲオルグ殿は用兵巧者でいらっしゃるようだ」

「犠牲の強いられる策ではありますが、寡兵の我らが勝つには他に手はないかと」

「戦場で兵に情けをかけるなど、自殺行為ですからね。ただ――」

「ただ、なんでしょう? フォルテ殿」

「その精兵二百というのは、用立てできるのでしょうか?」

「私が北より引き連れて参りました。かねてより私自身が鍛えてきた、信用のできる精鋭部隊です」

「なるほど、なるほど! ゲオルグ殿は何手も先を見据えていらっしゃる!」


 戦場は自分の活きる場ではないという割り切りがあるのか、フォルテが惜しみのない絶賛をする。

 一方、ジョゼフは同じ軍人としてゲオルグに完全にお株を奪われ、面白くなさげだった。


「さて、我が君? ゲオルグ殿の献策、如何いたしますか?」


 レレイシャに判断を仰がれ、俺は即答する。


「なかなか面白い話を聞かせてもらった、ゲオルグ。いずれおまえの知恵に報いよう」

「はッ。ありがたき幸せ」



「だが済まんな――その策は却下だ」

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