第十八話  騎士たちとの謁見

 俺――カイ=レキウスがダラッキオ男爵の居城を征服してから、一夜が明けた。

 未だ血臭漂うような城内で、俺はおよそ二十人ほどの男たちと面会する。

 代々の北部長官が、民の陳情を聞くための広間を、その場に使った。

 今代だったダラッキオ男爵はその責務を放棄していたため、広間はすっかり埃をかぶってしまっていた。それをレレイシャが俺のため、あっという間に清掃したのだ。


「皆、おもてを上げて起立せよ。けいらと俺は主従ではないのだ。臣下の礼は不要である」


 謁見用の豪奢な椅子に腰かけた俺は、叩頭拝跪する男たちに向けて、鷹揚に声をかけた。

 しかし、誰一人として顔を上げようともしなければ、ひざまずいたまま俺に対した。

 そして、先頭にいた初老の騎士が、年を感じさせぬ力強い声で述べた。


「悪逆なる当代の男爵より、このグレーンを解放してくださり、感謝の言葉もございません。賛嘆の念を禁じ得ません。この上は我ら一同、カイ=レキウス様を主として戴き、忠義を尽くす所存でございます。どうぞこの町と我らの想いをお受けとりくださいませ、カイ=レキウス様!」


 初老の騎士に従って、男たちの半数が一層深くこうべを垂れた。


「よかろう、受けとった。ただしこの町の統治は、卿ら心あるグレーンの騎士に任せる。卿らの思う通りにやってみよ。民に公正な法と豊かな暮らしを与えてみよ」


 俺はもう一度鷹揚に声をかけ、


「だがもし卿らに私心あり、卿らが第二のダラッキオでしかなかった場合――覚悟ができていような?」


 一転して酷薄な声で釘を刺す。


「もちろんでございます、我が君。あなた様の畏ろしさは、昨晩一夜で身に染みてございます。どうして御意に逆らうような愚行ができましょうか」


 初老の騎士たちは、まさしく身が引き締まる想いだとばかりに、居住まいを正した。


 この男たちは、先代の男爵から仕えていたグレーンの騎士だ。

 当代のあの豚と違い、先代のダラッキオ男爵は、凡庸ながらも温厚篤実な人物だったらしい。この男たちも仕える甲斐があったらしい。


 しかし、代替わりしてあの豚がダラッキオ男爵となり、暴政を敷くに至って、この男たちはひどく良心を痛めることとなった。

 だからといって諫言などしようものなら首が飛ぶし、味方もいない。他のほとんどの騎士や兵たちは、あの豚と一緒になって民を虐げ、搾取する側に回ったからだ。

 ゆえにこの心ある騎士たちは、面従腹背であの豚に仕えるしかなかった。わずか十人で志を共有し、独力で助けられる範囲の民は陰で助けつつ、あの豚を失脚させる機会を虎視眈々と狙っていたのだ。


 そして、西部長官スカラッドを討ち、アーカス州西部を奪取した俺の噂を聞きつけ、注目したのだという。

 例えば、俺は支配下に置いた町でも、一旦はその土地土地の有力者且つ、俺の想いを酌める者たちに自治させている。始まりの町であるブレアの統治を、貧民街の顔役だったフォルテに任せたようにだ。

 三百年前の俺ならば、手ずから鍛えた官僚組織を有していたが、今の俺にはそんなものは高望みだからな。間に合わせの手段を採らざるを得ない。

 それに、自治を任せた者たちの中から、次の官僚組織を担うに足る、有能な人材が出てくるともにらんでいる。例えばフォルテなどは、相当に有望だ。


 俺のそんなやり方を見て、彼らグレーンの騎士たちは思ったらしい。

 当代のダラッキオ男爵の暴政より、万倍もマシな統治体制だと。

 だから秘密裏に俺に接触し、スカラッド同様にあの豚を討ち、グレーン及びアーカス州北部を解放して欲しいと願いに来たのだ。

 なかなかに勇気と行動力のある連中である。

 無論、理想を言えば、彼ら自身の手であの豚の悪政を正すべきであったろうが――人には実現可能なことと不可能なこととがある。

 誰もがカイ=レキウスではないのだからな。

 実現不可能な理想を実行しろというのは、安全な場所から他人を批判することしかできない連中特有の考え方というものだろう?


 とまれ、俺はこの初老の騎士たちのことが気に入り、グレーンまで足を運んだというわけである。

 どちらにせよ西の次は、北か南の長官府に攻め入るつもりだったしな。


「で――おまえたちはどうする?」


 俺はグレーン騎士ではない、残る十人の男たちへ目を向けた。

 彼らはそれぞれ東部長官府と南部長官府で、勤務している騎士たちだ。

 このグレーン同様に、それぞれの長官のやり方に内心不満を覚えていたり、心を痛めていたりして、俺に接触してきた男たちだ。

 ただグレーン騎士たちよりは、俺の実力に懐疑的だったようで、初めから強く助力を求めてこなかった。まずはこの北部長官府を陥落させる手際を、拝見したいと言っていた。つまり様子身だ。

 まあ、一度造反に踏み切れば、こいつらも命懸けだからな。慎重になる気持ちもわからんでもない。だから俺は寛容に、その煮え切らない態度を許した。


「カイ=レキウス様。御身の実力、もはや疑いようがございませぬ」

「どうぞ、我らの小胆をお許しくださいませ」

「この上は我らもグレーン騎士同様、あなた様に忠誠を誓います」

「どうか一刻も早い、東部と南部の解放にご着手を……!」

「我ら全力で手引きいたしまする!」


 残る十人の騎士たちも、グレーンの初老の騎士ら同様に、一層深々と頭を垂れた。

 俺は悠然とうなずくと、


「まずは南、そののち東を解放し、アーカス中部を包囲した後、ナスタリア伯の本領を陥とす。それでよいな?」

「「「御意ッ」」」


    ◇◆◇◆◇


 騎士たちが解散した後、俺は男爵家居城の談話室サロンで寛いでいた。

 あの豚が使っていたと思うとチト不愉快だが、常闇宮アビスパレスから連れてきたミルが、せっせと清掃してくれていた。

 まだ十歳そこらの幼い娘だが、俺の侍女として骨惜しみをせずよく働いてくれる。真面目で健気で、レレイシャが気に入るのもよくわかる。


 今は一生懸命、テーブルを拭き清めている。

 俺は長ソファにねそべり、そんなミルの後姿を眺める。

 力を入れてゴシゴシとこするのに合わせ、メイド服を着た少女のお尻がふりふりと揺れる。

 がんばっている姿と合わせて、非常に吸血鬼の本能を刺激される――そそられる光景だった。


 俺はいたずら心をおこし、ミルの背後から忍び寄ると、華奢なうなじに牙を立てた。


「あんっ♥」


 たちまちミルは、幼さに似合わぬ甘い声で泣く。


「だっ、ダメです、ご主人様っ。い、今、掃除中でっ」


 ミルは可愛らしい声で抗議するが、俺は構わず、じゃれつくように彼女の血を啜る。


「ちゃんとしないとっ、レレイシャ様に叱られ――ああああああああっ♥♥♥」


 それで堪らずミルは激しい嬌声を上げる。

 でもすぐに、体の芯から押し寄せる情欲の波から耐えるため、ぎゅっと目をつむる。

 幼い吐息をハァハァと荒げ、涙目となって、快感と義務感の狭間で喘ぎ、小さな体を打ち震わせる彼女。

 そんなミルが思う存分、快楽に身をゆだねられるようにと、俺は教えてやることにした。


「清掃などそんなに急がなくていい。レレイシャも恐くない。あいつは多分、明日まで帰ってはこないからな」


 聞いてミルはきょとんとなった。

 いったいなんの用事でレレイシャが俺の傍を離れ、出かけていったのかと、不思議なのだろう。

 それは――

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