第十三話 古えの魔術師VS当代の魔術師
長官スカラッドの講釈は続いた。
「この世界の天地に満ち満ちる霊力、あるいは異界の神・霊・妖・魔どもの次元違いの霊力、それらに比ぶれば、我ら人が持って生まれる霊力など、所詮は大小同異のちっぽけなものよ。人に十倍する霊力を持つ貴様ら吸血鬼とて変わらん。その尺度で測れば、結局は五十歩百歩にすぎん」
「うむ、然り。然りだ」
その考え方で的を射ていると、俺は鷹揚に首肯する。
するとスカラッドは一瞬、警戒するように黙りこくったが、またすぐに講釈を再開した。
「今の世で『魔法』と称されておるものは、所詮は自前の霊力頼りの、階梯の低い児戯にすぎぬ。だが戦乱の世に、たった一人の天才によって、一大技術として編み出された、『魔術』の真価は全く異なるものなのだ。それは天地に遍く巨大な霊力を、あるいは異界に在る次元違いの霊力を利用することで、人の身を遥かに超えた奇跡を起こさんとする御業である」
「うむ、その通り。それぞ魔術だ」
俺は惜しみのない拍手を贈った。
いやはや、ちゃんといるではないか。
今の世にも、多少は術を心得ている者が。
大陸全土で、それぞれの門派、流派で秘伝される業を暴き立て、その膨大なる全てを一つの技術に集約・編纂・体系化せねばならばかった――俺の三百年前の努力が、無駄にならずにすんだと、正直ホッとしたぞ?
「……聞け、吸血鬼」
「おう、楽しんでいるぞ。いくらでも語るがよい、スカラッド。許す」
「……貴様がどれほど霊力自慢で、どれほど強力な魔法を使おうと、ワシが使う魔術には決して敵わん」
そう、ただの霊力自慢では、魔術の階梯を極めることはできない。
必要なのは、努力だ。
ただひたすらに、純粋無比の、
知識を貪り、技を磨き、汗をかいて、もがいて、精根尽き果てて……。
例えるならば、万の階段を登りきるような努力の果て、もうこれ以上の高みはなかろうと到達した先で、喜びとともに広く景色を見渡して、だが、そこがまだ頂の途上でしかないことを知る……。
在るのならば仕方がない。絶望を振り払い、もっともっと高みを目指して、また努力を繰り返す……。
その境地を、俺は三百年前に「階梯」と表現し、命名したのだ。
断言しよう。
世界で最も
世界で最も
二人が術を競えば、後者が百パーセント勝つ。
それがこの俺、カイ=レキウスが編み出した「魔術」という術理だ。
「今の貴様の解釈には、一つだけ誤りがあるぞ、スカラッドよ」
「……どこがだ?」
「貴様は『たった一人の天才によって、一大技術として編み出された』と言ったな? そこが誤りだ。その者は天才などではなく、ただの努力家だ。魔術は才能に寄らずと、自分で言っていて、矛盾に気づかなかったか?」
「む……っ」
そう、生前の俺は決して、天才などではなかった。
天才というのは、例えばアルの剣のことを言うのだ。
俺はただ、世界で二番目に努力した誰かの、万倍のそのまた万倍、努力しただけにすぎぬ。
俺が目指す階梯の頂に、もし魔術の神が実在するとすれば、そいつは絶対に才能などというものを認めないし、楽を許さぬのだから。
「講釈は終わりか? ならばそろそろ、術比べと洒落込もうではないか、当代の魔術師よ」
「……吸血鬼。貴様も本当に魔術師なのか?」
「俺が詐欺師やただの勘違い男かどうか、貴様の魔術で暴いてみればよかろう」
「それもそうだな」
スカラッドは神妙にうなずくと、両手の指を複雑に組み合わせ、「結印」した。
加えて、呪文の「詠唱」を始める。
「許し賜え、許し賜え、人知善悪を超越する者よ。人の身では理解及ばぬがために、御身を『悪魔』と呼ぶ蒙昧を許し賜え――」
「ほう。よいぞ、よいぞ。戦乱の世の臭いが、にわかに立ち込めてきたではないか!」
そう。
「詠唱」こそが最も高等で、最も秘され、最も強力な魔術式だ。
無詠唱で使えるのは、せいぜい第六階梯止まりの児戯にすぎぬ。
ああ、今の世では児戯ではなく、魔法と呼ぶのだったかな?
スカラッドは己の霊力を高め、「結印」と「詠唱」を併用し、さらに異界の超越的存在の霊力を借り受けることで、その異界へと通じる門を開いてみせた。
虚空に影の如き漆黒の穴が顕現し、そこから“何か”が這い出てくる。
人の形に似た姿をしているが、四本の腕と四メートルの背丈を持つ巨人。
魔界の辺境部で一族をなしているといわれる、ネダロスと自称する悪魔だ。
スカラッドは、召喚魔術系統の第七階梯を用いたのだ。
「ネダロスの勇者よ! その不遜なる吸血鬼を、御身の贄に捧げます!」
『異界のネズミよ。貴様の願い、聞き届けてやろうぞ!』
さすがは
俺たちの言語をあっさり解し、四本の腕を振りたてながら、俺の方へと迫ってくる。
しかし、その時には俺の呪文も完成していた。
「炎霊界より来たれ、赤の王。我が眼前の敵を
これは術比べゆえに、相手の得意に乗ってやる。
俺も召喚魔術系統の第八を用いて、虚空に
『精霊風情が、このネダロスの勇者に歯向かうか!?』
スカラッドの召喚した悪魔が哄笑し、四本の腕でイーフリートに組み付いた。
そして哄笑しながら、俺の召喚したイーフリートを抱いて、燃え尽きた。
ネダロス風情とイーフリートでは、霊力の格が土台から違った。
なぜ偉そうに笑いながら死んでいったのかは――俺にもわからん。
理解不能。
「なっっっ、イーフリートだと!?」
一方、スカラッドは俺が召喚した炎の大精霊を見て、覿面に愕然としていた。
そうだ。同じ人間、手に取るように理解できる、自然な反応である。
「次の魔術を見せてみろ、スカラッド。言っておくが、ネダロス風情にこいねがっているようでは、俺には勝てんぞ?」
俺は敢えてイーフリートに待てを命じ、スカラッドが魔術を行使する暇を作ってやる。
術比べとは、優雅に行うものだ。
殺伐たる決闘は、戦士たちに任せておけばよい。
「さあ、どうした?」
「え、ええい、待っておれ!」
スカラッドが刀印を切りながら、新たな呪文の詠唱を始めた。
その魔術式の間にも、奴の全身から血管が浮かび上がり、破裂し、血が噴き出る。
より強力な超越的存在を召喚するため、自らの血を贄として捧げているのだ。
そうすることで、技術的未熟を補うしかないのだ。
「魔界よりおいでくださいませ、ネダロスの王よ!」
スカラッドは必死の形相で、新たな
さっきの奴より魁偉な体躯と強力な霊力を持ち、腕も二本多い巨人が出現した。
またネダロスか。
芸がないというか、底が知れるというか。
『グハハハハ、異界のネズミよ! この余を呼んだからには――』
「もういい。失せよ」
俺はネダロスの王が何か偉そうなことを言っている間に、イーフリートをけしかけた。
諸共に自爆させて、跡かたなく吹き飛ばした。
「……………………っ」
それを見たスカラッドが、両目と口をこれでもかと開け広げて、呆然となっていた。
まあ、こいつ程度なら驚くのも無理はないか。
一方、イーフリートに自爆=消滅を強要するには、精神魔術系統の第十階梯が必要だからだ。
「ネダロスは見飽きた。もっと別の術を見せよ、スカラッド。三百年も経ったんだ、もうちょっとこう……なんだ……目新らしいのがあるんじゃないのか?」
俺が急かすと、それでスカラッドも我に返った。
そして、その場でひざまずいて、
お。
よいぞ。俺の知らぬ、新しい魔術式か?
「このスカラッド、参りましてございます、偉大なる魔術師よ。遥かに高みを登る御方よ」
降参かよ。
「身の程知らずにも御身に術比べを挑んだ愚行、許されるとは思っておりませぬ。なれど、せめて冥途の土産を賜りたく存じます」
「……許す。申せ」
俺は嘆息混じりにそう答えた。
「このスカラッドに、魔術の高みを見せていただきたく」
一方、スカラッドは狂喜にも似た探求心、好奇心で両目をギラギラさせつつ、俺に乞うた。
魔術師として最高の死に様を求めた。
まあ、よかろう。
それに応えるのは、魔術の祖たる俺の義務であろうしな。
「第十五階梯でよいか?」
「ありがたき幸せ……っ」
歓喜に打ち奮えるスカラッドに、俺は即興でできる魔術の限界を見せてやる。
「かくも穢らわしき蝿の王よ! ■■■■■■よ! 我が招きに応じ、
俺の呪文の詠唱で、
さっきスカラッドが開いた魔界に通じる門とは、比較にもならぬ巨大な門だ。
「おお……! おおおお……! おおおおおおおお……!」
それを目の当たりにしたスカラッドが、歓喜のあまりに号泣し、まるで神に拝礼するかのように神妙な態度となった。
そして、漆黒の穴から伸びた巨大な腕に、その体を「むんず」と一つかみにされた。
この腕の持ち主は、身長三十メートルを下らぬだろうと想像させる、そんな毛むくじゃらの腕である。
あまりに巨大すぎて、第十五階梯で開くことのできる門では、腕しか通ることができない。
そいつがスカラッドをつかんだまま、穴の向こうに消えた。
そして、虚空に生まれた穴もまた消えた。
スカラッドは魔界の住人となった。
その後の運命は、俺の知ったことではない。
「つまらぬ。本当につまらぬ」
三百年ぶりの術比べに、ちょっとワクワクした俺が道化ではないか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます