第十一話 お人形あそび
代官屋敷の裏手から攻める、計五部隊。
その先鋒を務めるのは、騎士デルムンド率いる百人だった。
デルムンドは三十四歳の強力な騎士。
しかし、素行の悪さから中央でのエリートコースを外れてしまった、凶状持ちとしても知られていた。
もし長官スカラッドにひろわれていなかったら、今ごろ野良犬みたいな暮らしを余儀なくされていただろう。
だからといって、別に恩義に報いようだなどと、殊勝なことを考えないのがデルムンドだ。
この夜、先鋒を務めたのも、単に腕に覚えがあって、一番手柄の報償狙いにすぎない。
彼と彼の部隊はズカズカと、下ろされたままの跳ね橋を渡り、堀を超えた。
そして、開け放たれたままの裏門前にたどり着き――そこで全員、足を止めた。
門の向こうの裏庭に、美女が待ち構えていたからだ。
花嫁衣装をやや簡素にしたような、純白のドレスをまとっていた。
場違いにもほどがある格好だ。こんな夜更け、曰くつきの代官屋敷というのも相まって、幽霊に出くわしたかのような感がある。
「すこぶつるきの女じゃねえか。こりゃ味見するしかないね」
しかし、デルムンドは大胆不敵に言い放つ。
たちまち兵士たちもまた囃し立て、口笛を吹く。
「デルムンドの旦那、飽きたらオレたちにも回してくだせえ」
「へへへ、あんな別嬪、こんな田舎じゃ見たこともねえや」
「さぞや抱き心地もいいんだろうぜ」
「ローザ様もイイ線行ってるけど、まだまだ小娘だしなあ」
「ヒヒヒ、こいつぁツイてる。思わぬ役得って奴だぜ」
「おいおい、ワシら百人で回した日には、ぶっ壊れちまうんじゃねえか?」
「別にいいだろ? 殺すも壊すも大した差はねえさ」
「それもそうだ。違えねえ」
口々に下卑たことを言う兵士たち。
よく訓練された彼らが、私語を慎むべき作戦行動中に、タガを緩めずにいられない。
門の向こうの蒼髪の美女は、見ただけで男を昂らせ、正気ではいられなくさせるような、魔性の魅力を備えているのだ。
デルムンドらは彼女の正体を知らなかったが、無論、カイ=レキウスに仕える忠実なる
「愚かなお猿さんたち? もし人の言葉を解する知能があるなら、お聞きなさいな」
そのレレイシャが、冴え冴えとした月光を浴びながら、口角を吊り上げるようにして凄絶な微笑を浮かべた。
「一つ――私は犬コロではありません。口笛を吹くのを今すぐおやめなさい」
彼女がそう言うが早いか、デルムンドの周囲で異変が起きた。
口笛を吹いていた兵士たちの首が――なんの前触れもなくゴロンと――地面に落ちて転がったのだ。
「なっっっ、なんだこれ!?」
「何が起きた!?」
「うおおおおおおおおテッドォォォォォォ!?」
いきなり死体と化した同僚たちの惨状を見て、残る兵士たちが悲鳴を上げる。
デルムンドも何がなんだかわからない。
なぜ、どうやって彼らが首を刎ねられたのか、見当もつかない。
その騒動などどこ吹く風で、レレイシャは続けた。
「二つ――私の体は髪の毛一本に至るまで、全て我が君のものです。お猿さん如きが触れていいどころか、その汚い目で見ることすら許されません」
さらに多くの兵士たちが、その場で首を刎ねられ、斃れていった。
(糸……糸か? ほとんど見えねえくらい細くて鋭いモンで、斬り飛ばされてるのか!?)
そんな中でデルムンドだけはさすが、レレイシャの攻撃法を看破していた。
無数の鋼糸が虚空を踊り、返り血も付着しないほどの速さ、鋭さで兵士たちの首を両断する様を、月光をわずかに照り返す光沢から、目で捉えることに成功した。
それに気づけば、レレイシャの手元がほんのほんのわずかに動き、無数の糸を巧みに操っていることもわかった。
「三つ――我が君の御目が届かない場所でなら、私はどこまでも残酷になれるのです」
わかったところで、デルムンドにはどうしようもなかった。
高速で動く、無数の、視認さえ難しい鋼糸など、かわしきれるものではない。
麾下の兵士ら百人同様、首を刎ねられ、裏門の前に死体を横たえた。
◇◆◇◆◇
「あらあら、他愛のないこと」
敵兵の百人ほどを鋼糸で屠殺し、レレイシャはなお妖艶にほくそ笑んだ。
だが、まだ跳ね橋を渡っていない敵兵が、四百ほど残っている。
「次はどなたがお相手してくださるのかしら? さあ、かかっていらっしゃいな?」
その連中に向かい、レレイシャは挑発した。
降参しろだとか命が惜しくば逃げろだとか、その手の勧告はしない。
(だって私、あなたたちを一人とて、生かして帰すつもりはないのですもの)
この者たちは、畏れ多くもカイ=レキウスの殺害を企む、不届き者たちだ。
絶対に許さない。
万死に値する。
レレイシャにとって
「来ないの? 屈強な男がそれだけ雁首を並べて、か弱い女一人が恐いのかしら?」
「黙れ、魔女」
レレイシャの挑発に、騎士らしき一人が悪態を返そうとするが、口調にまるでキレがない。
すっかり怖気づいている証拠だ。
まあ、目の前で同僚が百人、瞬く間に殺し尽くされてしまっては、致し方ないか。
(じゃあ、一つサービスをしてあげましょうか)
レレイシャは玲瓏たる
「私は我が君より、『生かしたまま一歩も敷地を踏ませてはならぬ』と仰せつかっております」
「そ、それがどうしたっ」
「わかりませんか? 私にとって、我が君の勅命は絶対。それを違えることは、自刃に値すべき失態だということですわ」
「つ、つまり、我々の誰か一人でも、その門の向こう側に到達すれば、貴様は自害してみせるということだな!?」
「ええ、その通りです。我が君の御名に誓って!」
レレイシャは形の良い胸に手を当て、高らかに宣誓した。
それを聞いて、敵兵や騎士たちの顔つきが変わる。
肚の据わった表情になる。
「行くぞ――」
「この中の誰か一人でいい、あの門の向こうまでたどり着くことができれば、我らの勝ちだ」
「脇目も振らず、一心不乱に駆け抜けよ!」
騎士たちの号令で、兵士たちが列をなして駆け出す。
跳ね橋を渡り、堀を超え、レレイシャの守る裏門を目指す。
その間にも一人、また一人と、彼らの首がとんでいく。
レレイシャの鋼糸によって、胴と頭が生き別れになる。
「怯むな!」
「
「決して振り返るな!」
「無駄死ににしてやるな!」
「走れ走れ走れ走れ!」
肚の据わった男どもが、本当に脇目も振らず、走り続ける。
次々と味方を失いながらも、部隊の先頭がついに橋を渡り終える。
そのまま怒涛と化して、裏門へと肉薄する。
とうとう一人が、裏門を通過する――
――否、通過する過程で、細切れの肉片と化して、息絶えた。
その彼は死ぬまで気づかなかっただろう。
開け放たれたように見えた裏門が、その実、レレイシャの鋼糸がびっしりと張り巡らされた、デストラップであったことを。
そこを通り抜ければ、鋼糸で全身バラバラに切り刻まれることを。
開いていたのは、まさしく死神の
「待てえ!」
「止まれえ!」
気づいた先頭部の兵士たちが、後続に制止と警告を叫ぶが、もう遅い。
一心不乱に走っていた集団の勢いが、そう簡単にストップできるわけがないのだ。
後から後からやってくる味方に背中を突き飛ばされ、前から前から順番に死神の
バラバラ死体が量産される。
「あはは! あははははははははは! 我が君の勅命だと言ったでしょう!? 絶対に――どんな手段を用いてでも通すものですか、あはははははははははは!」
連中の愚かさ、浅ましさが、レレイシャにはおかしくて堪らなかった。
連中も異変に気づき、ようやく全体が止まったころには、割りほどがコマ肉になっていた。
橋を渡る途中で――実は手加減していた――レレイシャに首を刎ねられた者たちも差っ引いて、残りは二百人強ほど。
「ゴール不可能、でも命懸けの全力疾走、ご苦労様。せめてご褒美に、もう少し人間らしい死に様を与えて差し上げます」
レレイシャは十本の指と、そこから伸びる無数の糸を操った。
より複雑に。玄妙に。
すると、生き残った兵士や騎士どもが、自らの体に起きた異変に気づく。
「な、なんだ……?」
「俺の手が勝手に……動く?」
兵士や騎士どもが、手にしていたその剣で、刺し貫いた。
隣にいた味方の腹や、喉首を。
「うわああああああああ!?」
「テ、テメエ、裏切ったか!?」
「オマエこそオレの足を刺しやがって!」
「や、やめろ! 斬るな! 斬るな!」
「オレは味方だぞ!?」
兵士や騎士どもが裏門の前で、盛大な同士討ちを始めた。
自らの意思ではなく、レレイシャの思うまま、糸で操られるままに。
「人間のはずのあなたたちが、
代官屋敷、その裏庭に木霊する。
魔女の嘲笑と、男たちの悲鳴が。
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