第八話 アーカス州西部長官府
天はローザという名のその少女に、二物といわずたくさんのものを与えた。
例えば、ややキツい印象を与えるものの、極めて整った顔立ち。
例えば、薔薇のように美しい赤毛。
例えば、代々皇帝騎士を輩出する、名門且つ裕福な家庭。
例えば、彼女自身も十代で皇帝騎士に叙勲されるほどの、圧倒的な武術の才能。
例えば、正義を愛し、容易く折れることのない、真っ直ぐな心と精神。
などなど、数え上げればきりがない。
しかし天はローザに、「長い物に巻かれる」ような、如才のなさを与えなかった。
ゆえに彼女は帝都で上司の不興を買い、アーカス州くんだりまで左遷させられた。
「そのことをあたしが恨まなかったと言えば、嘘になる。でも、今はもう違う。我がご主君、ナスタリア伯爵こそ真の仁君! 女性の身ではあれど、帝国の開祖カリス帝にも迫ろうお方だわ。今のあたしにとっては、ナスタリア伯にお仕えできることこそ、至上の喜びなのよ」
そう嘯いてやまないローザ十七歳の、今の任務は西部長官スカラッドの監査役であった。
ナスタリア伯爵が置いた四人の長官たちは、全員が押しも押されぬ実力者だ。
ゆえに有用である反面、大それたことを企んだり、私腹を肥やそうとするかもしれない。
そうならぬよう監視・牽制をするのが、ローザに与えられた役目である。
とはいえ、スカラッドが伯爵に忠実である限りは、その職務を手伝うのもまた当然のこと。
その夜、ローザは緊急の招集を受けた。
就寝前だったこともあり、すぐさま帯剣して応じると、西部長官府公館に出頭する。
そして、受付の者に案内されたのは、なんと軍議の間であった。
(まさか戦でも始めようってわけ? この泰平のご時世に?)
つい昼間までは埃をかぶっていただろう軍議机を眺めながら、ローザは訝しむ。
その間にも、一番乗りだったローザに続いて、スカラッド直臣の騎士や魔道士たちが集まり、長方形の軍議机の左右に居並ぶ。
最後に西部長官スカラッドが現れ、皆が起立したままの中、一人上座に着席した。
スカラッドは骨と皮だけでできたような、痩せぎすの老人だ。
禿頭なのも相まって、まるで骸骨の魔物のような風情である。
実際、妖怪みたいなものだ。スカラッドは、帝都でも隠然たる力を持つ魔道院の出身で、あそこの魔道士たちがどれだけ化物じみているか、帝都で生まれ育ったローザは知っている。
スカラッドには齢百を超えるという噂もあるが、とても一笑に付す気にはなれなかった。
「ラーケンが死んだ」
そのスカラッドが開口一番、不穏なことを告げた。
「ラーケン殿というと、ブレアで伯爵閣下の代官を務めておられる、あのラーケン殿ですか?」
「そうだ」
「まだ老衰する歳でもなく、健康を害していたという話も聞きませんでしたが……」
「違う。殺されたのだ」
「なんと!? 真にございますか!?」
「ラーケン殿はかなりの霊力の持ち主であったはずですが、いったい何者に……?」
「詳しい話は本人に聞け」
スカラッドが苦虫を噛み潰したような顔で答えた。
たちまち一同がざわつく。
ローザも困惑を禁じ得ない。
ラーケンは死んだという話なのに、どうやって本人から話を聞くのか?
その答えは、すぐにわかった。
誰も予想だにせぬ、驚愕的な真相だった。
一人の騎士が、まるで生前のようにしゃべるラーケンの生首を、運んできたのだ。
一層大きなどよめきが湧き起こり、軍議の間が揺れんばかりとなった。
「ラーケンよ。いったい何があったのか、一部始終をもう一度話せ」
「は、はい、長官閣下」
生首のまま机の上に置かれたラーケンは、ありのままに報告を始める。
ローザは不気味さを覚えつつも、その話に耳を傾けるしかなかった。
他の者たちも同様だ。神秘現象には慣れっこのはずの魔道士たちでさえ、しゃべる生首という存在を前にし、蒼褪めていた。
そして何よりも、その口から語られた事実は、驚愕の連続であった。
「おのれ……帝国の任じた代官と知りつつ、弓を引く不逞者がいるとはな……っ」
「しかも、たった二人でだと?」
「いや……背後になんらかの組織が隠れているのかもしれんが、どちらにせよ捨て置けん」
「よくぞ宣戦布告だなどと大言壮語してくれたな! 身の程知らずめが!!」
「神聖不可侵のヴァスタラスクの、その栄光に唾した罪、万死に値するわ!」
ラーケンを殺した謎の二人組を、騎士や魔道士たちが口々に罵る。
断固討つべしと、皆が血気に逸る。
「ナスタリア伯の治世を乱したのですから、当然断罪に値するでしょう。でも、一言言わせていただきたいわ」
そんな彼らに、冷や水を浴びせるようにローザは言った。
「そもそもの発端は、ラーケン殿の兵士たちが、罪なき娘たちを嬲ったことにあるのではなくて? 状況から察するに、その二人組は見るに見かねて、その横暴な兵士たちの殺害に及んだのでしょうし」
やり口は過激だと思うが、死んだ兵士たちは自業自得だ。
首になったラーケンもだ。
無論、法と治安の観点からその二人組を見過ごすわけにはいかないが、ローザの心情的には彼らの方にこそ寄り添ってしまう。
「ナスタリア伯は平和を愛し、民を愛する仁君。民草への無体は慎むようにと、常日頃から仰っているはずですよね?」
「お目付け役殿の仰る通りだ。末端の兵士まで監督が行き届かないのは、ひとえに我が不徳の致すところ。伯爵閣下には後日、正式にお詫びいたそう」
スカラッドの方がずっと身分は高いのだが、ローザはナスタリア伯の直臣であるため、丁寧な言葉遣いで答えた。
「だが、お目付け役殿。今はそんなことよりも、確認すべきことがあるのだ。この事件、恐らくこの場の一同が思っているより、遥かに大事であろうぞ」
「と、仰いますと?」
「ラーケンよ。心して答えよ。貴様を殺した不逞の輩は、自らを『魔術師』と称したのだな?」
「は、はい。間違いございませんっ」
「呪符を用いることなく、見たことも聞いたこともない魔法を行使してみせたのだな?」
「はい! その通りでございますっ」
「魔術師」という言葉を、ローザは聞いたことがなかった。
他の皆もやはり同様だった。魔道士たちでさえ、スカラッドが何を念入りに確認しているのか、理解できずに当惑していた。
「ただちにその二人組の討伐に動く」
渋面になったスカラッドが、重苦しい声で一同に告げた。
「今すぐ動かせる兵はどれだけだ?」
そして、直臣の騎士たちに下問した。
「今すぐと仰いますと、準備に一週間ほどでしょうか、閣下?」
「それでは遅い。明日中にはブレアへ攻め込む」
「明日中に!?」
「万が一にも、その二人組に行方をくらまされてはならんのだ」
「わ、わかりましたっ。明日中にブレア侵攻となると、兵一千ほどかとっ」
「一千か……」
果たしてそれで足りるかどうかと、スカラッドは不安げに黙考を始めた。
「相手はたったの二人ですよ?」
「あいや、閣下は背後にいる組織を懸念しておられるので?」
騎士たちが困惑しつつ訊ねるが、スカラッドは思案に暮れたまま返事をしない。
「明日深夜を以って、ブレアの代官屋敷に夜襲をかける――」
やがて、まるで自らに言い聞かせるように宣言した。
「監査役殿も、ご協力いただけますな?」
「もちろんです。伯爵閣下のお膝元を乱す輩、許してはおけません」
「ありがたい。帝都で天才の名をほしいままにしたその剣腕、期待させていただく」
「微力を尽くします」
ローザは誓いを立てるように胸に手を当て、一礼する。
その胸が、ドキドキとやかましかった。
自分が天才かどうかは知らないが、多少なりと自負はある。
しかしローザにとっては、これが初陣なのだ。
緊張するなという方が無理だ。
(ナスタリア伯の御ためにも、下手は打てないわよ、ローザ!)
自分で自分に発破をかける。
その間にも、スカラッドは直臣たちに命じていた。
「では各々、ぬかりなく準備をいたせ」
「まさか、ここにいる全員で出陣すると仰せですか……?」
「当たり前だ。この私も出る」
「スカラッド閣下お自ら!?」
「貴様らにあらかじめ言っておくぞ?」
スカラッドはジロリと一同をにらみ据え、
「もし、その二人組の実力を侮るような者がいれば、絶対に許さん。この愚か者のようにな!」
両手の指を複雑な形に組み合わせた。
そして霊力を高めると、呪符なしに魔法を行使してみせた!
「ギアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!???」
軍議机の上、生首となったラーケンが炎上する。
この世ならざる黒い炎に包まれ、苦悶の絶叫を上げる。
「お、おやめください、長官閣下あああああっ。わ、私は、百年死ぬこともできぬ、亡者にされてしまったのですぅぅぅぅっ」
「そうか。その《
「いやだああああっ。いっそ一思いにやってくれえええええええええええええええええええっ」
泣き叫ぶラーケンを、スカラッドは冷ややかに見つめた。
その迫力、理屈を知らずとも伝わるその恐ろしさに、ローザたちは一様に蒼褪めた。
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