第七話 宣戦布告
「助けてくださってありがとうございます!」
「なんとお礼を言ったらよいか!」
兵士に乱暴されたかけた娘たちが、まだ涙に濡れた顔に、笑みを浮かべて礼を言ってきた。
「構わん。それよりも、早く家族のところへ戻って、安心させてやるがいい」
「で、でもっ……」
「まだ何もお礼を……」
何か礼をするまでは帰れない――そんな顔をする朴訥な娘たちに、レレイシャが答えた。
「気にしないで? あなたたち程度がこの御方にできるお礼なんて、一切存在しないのだから」
……棘のある言い方だな、レレイシャよ。
しかし、まあよい。
「とにかく、気にするな。そして、すぐにこの場を離れるがよい。ちとキナ臭くなるからな」
後ろ髪惹かれる様子の娘たちの、背中を強引に押すようにして、俺は彼女らを遠ざけた。
それと入れ替わりに――
「あんたら、なんてことをしてくれたんだ!」
俺に向かって、誰かが叫んだ。
不敵な眼差しを向ければ、貧民街の住民たちが、わらわらと四辻に集まってくる。
「帝国に弓を引いて、どうなるかもわからんのか!?」
「あんたらが勝手に処刑されるのは構わんっ。だが、ワシらまで巻き込むつもりか!?」
「長官サマの逆鱗に触れたら、こんな小さな町、どうなるか……」
「一夜にして焼き滅ぼされるかもしれんぞ……!」
「ああああ、なんてことをしてくれたんだよ、あんたら!!」
俺とレレイシャを遠巻きして囲みつつ、批難してくる住民たち。
しかし、俺は痛痒も覚えず、鼻で笑い飛ばすのみであった。
こいつらは、娘たちが裸に剥かれ、今にも凌辱されようとしたその時でさえ、知らぬ存ぜぬで家内に引き籠もっていた卑怯者どもだ。
そんな奴らの言葉が、どうして俺の胸に響くだろうか? まして堪えるだろうか?
「弓を引いたらどうなるのだ? ぜひ教えて欲しいものだな」
俺は敢えて尊大に胸を張って問いかける。
「そんなものも知らず、お代官サマを殺したのか!?」
「信じられない!!」
「くく……俺は山から下りてきたばかりの田舎者なのでな。少し世間知らずなのだよ」
俺がたわむれを口にすると、住民たちはますます怒り、
「このアーカス州は、ナスタリア伯爵のご領地なんじゃ!」
「伯爵サマは州を東西南北の四つにわけて、それぞれに長官と軍隊を置いておる!」
「このブレアも属するアーカス西部の長官は、スカラッドという恐ろしい魔道士なのよ!」
「ラーケンなんて目じゃねえ、帝都の魔道院出のエリートなんだよ!」
「しかも配下には、中央崩れの凄腕騎士がゴロゴロしてるって噂だっ」
「ラーケンが――自分の管轄区の代官が殺されたってわかったら、そのスカラッドが黙っちゃいないわっ。絶対にこのブレアへ報復に出るわよっ」
「エリート魔道士と凄腕騎士たちが、軍隊を率いてくるんだぞ!?」
「どうやって責任とってくれるんだ!?」
俺がどれだけのことをしでかしたか、思い知らせてやるとばかりに、わめき続ける住民たち。
「ははは、わかったわかった。説明、大儀である」
俺は笑って聞きながら、遠巻きに囲む住民たちの中へ分け入る。
そして、人垣の向こうにいた、一人の男の前に立つ。
鋭い目つきをした青年だ。
いや……壮年というべきか。若作りをし、「才気走ってはいるが、まだまだ青二才の域を出ない」と見えるよう装っているが、本当の年齢は三十五を下るまい。
「貴様がこの貧民街を牛耳るボスか?」
貧民街は往々にして、ならず者どものねぐらにもなる。
この男はそいつらをまとめ上げ、暴力と恐怖で街を支配しているはずだ。
「……どうしてそう思うのですか?」
「見ればわかる。眼光が違う」
俺は仮にも大陸を統一した覇者だったからな。
どれだけ多くの
人物鑑定にはちょっとした自信がある。
いや、それなしに覇者として君臨できるわけがないのだ。
「住民に命じて、おまえの言葉を代言させたな?」
「……おみそれいたしました」
男は観念したように白状した。
貧民街の住民の割に事情通なのも、妙に説明臭い台詞だったのも、それが理由だ。
そして、わざわざ代言させた理由は、魔道士ラーケンや騎士十人をあっさりと屠ってみせた俺の前に、こいつは立ちたくなかったのだ。
慎重な奴である。くく、さぞ長生きできるだろう。
「名はなんという?」
「フォルテと申します」
「では、フォルテ。貴様に命じる。このブレアの有力者を全員集めて、俺の前に連れてこい」
俺は有無を言わさぬ口調で命じた。
貧民街といえど、一つの区を牛耳るほどの有力者ならば、他の区のまとめ役やヤクザ者、豪商、知識階級などにも顔が利くだろう。
「……断れないようですね。どちらに集めればよろしいですか?」
「あそこだ」
俺は迷いなく町の中央――丘の上に建つ、大きな屋敷を指差した。
あんな偉そうな場所に建ち、町全てを見下ろしているのだ。ラーケンのものに違いない。
「あれは俺がいただく。小一時間後に参るがよい」
中にはまだ、ラーケンの部下や兵士が残っているだろうがな。
逆らう者は皆殺しにするだけだ。
◇◆◇◆◇
小一時間後――
生乾きの血が床に広がる謁見の間で、俺はフォルテらと相対した。
ラーケンが使っていたのだろう。代官風情には分不相応の、玉座めいた椅子に俺は腰かけ、レレイシャがすぐ脇に侍る。
フォルテら町の有力者たちは、未だ転がる兵士たちの死体を見て、首を竦めていた。
彼らは臣下というわけではないので、ひざまずくことなく、突っ立ったままでいることを許す(レレイシャは不服げだったが)。
「よく集まってくれた、諸君。まずは自己紹介といこう。余はカイ=レキウス。見知りおけ」
俺の名乗りに、有力者たちはざわついた。
「カイ=レキウス……どこかで聞き覚えが……」
「あっ。あれだ、“流血王”の名が確かカイ=レキウスだ」
「建国神話の話じゃないか。しかも不吉な」
「偽名か?」
などと、ひそめた声で話し合っている。
俺はそれを遮るように、
「今回、このようなことになってしまったことに、俺も一応の責任を感じている。ゆえに長官とやらが攻め込んできた場合、俺とこのレレイシャが対処するので、諸君らは安心して欲しい」
「な、何をいけしゃあしゃあと……っ」
「たった二人で、どうやって軍隊と戦うのか!」
「嗚呼っ、この町はもう終わりだ……!」
フォルテを除いた有力者たちは、不平不満を漏らし続ける。
俺は再びそれを遮るように、彼らに向かって指を三本立てると、
「諸君らには選択肢が三つある。一つ――家財をまとめて町を出て、長官スカラッドに保護を求める。二つ――日和見を決め込み、息をひそめて結果を待つ。今回の事態は、諸君らにとっては青天の霹靂だ。それを卑怯と呼ばぬことを約束しよう」
俺は指折り数え挙げ、最後に言った。
「三つ――この俺に臣従し、私財を投じよ。十倍にして返してやるこ」
「「「なっ……」」」
よほど意外な話だったか、有力者たちが絶句した。
「スカラッドとやらが攻めてきたら、俺はそれを殺す。するともっと強く、もっと多くの軍勢が攻めてくることだろう。俺はそれも殺す。すると行きつく先は、ナスタリア伯爵とやらとの決戦だ。しかし、俺はそれも殺し尽くす。するとどうだ? アーカス州はもう俺のものという話だろう? 諸君らに十倍返しするというのも、まるで夢物語ではあるまい?」
「「「…………っ」」」
「ククク、そもそも伯爵に勝つのが夢物語だと、ツッコミ待ちだったのだがな」
「まあ、我が君ったら。ユーモアセンスまで抜群ですわ」
俺がくつくつと、レレイシャがくすくすと、忍び笑いを続ける。
そんな俺たちを、町の有力者たちは狂人でも見るような目で見つめ続ける。
◇◆◇◆◇
やがて彼らはゾロゾロと帰っていった。
残ったのはフォルテ一人だ。
「貴様はどうするのだ?」
「私財を全て、あなた様に差し出します。我が君。カイ=レキウス様」
「ほう、全てか?」
「御意。ですから十倍返しなどと仰らず、一生お仕えさせてくださいませ。御身とともに、栄耀栄華を極めることをお許しくださいませ」
「それはまた、腹を括ったものだな?」
面白い。俺は心底そう思って、事情を訊ねる。
「私は元々この町で、裸一貫からぎりぎり豪商と呼ばれる程度にまで、成り上がった者でした。しかし、そこから上は行けませんでした。もっと手広い商売をするには、ラーケンに許可が必要だと言われ、莫大な賄賂を要求されたのです。それを支払ってしまえば、商売を広げる意味がなくなる、赤字になるというほどの額でした」
「つまりラーケンは、最初から貴様に許可を出すつもりがなかったのだ。他の豪商たちと既に癒着していて、貴様がまだ芽のうちに潰そうと画策したわけだ」
「仰る通りです。私は堪らずブレアを出ていこうと考えました。しかし、踏み留まりました。貴族の横暴や役人の不正が蔓延したこの帝国の、どこへ行こうと同じことが繰り返されるだけだと、気づいたからです。そして、帝国が大陸の支配者である以上、行き場などどこにもないからです」
「世も末だな」
俺は吐き捨てるようにして言った。
「ですから、あなた様がラーケンの首を刎ねた時、正直スッといたしました」
フォルテは暗い愉悦で口の端を歪めて言った。
「その後、あなた様の真意や覚悟を測るために、
「許そう。正直者には正直者の美徳があり、貴様のような策士には策士の使い道がある」
その両方を懐に納める器量なくしては、覇者足り得ない。
「それでは宣戦布告と洒落込もうか。レレイシャ」
「はい、我が君」
レレイシャは恭しく一礼すると、続きの間から一人の騎士を連れてきた。
一人だけ殺さずにおいたのだ。
その騎士は震える両手で、ラーケンの生首を抱えていた。
その生首がしゃべった。
「私はいったい生きているのか……死んでいるのか……。これはいったい……どうなっているんだ……」
「貴様は確かに死んださ。だが、俺が死霊魔術を用いて、アンデッドとして蘇らせてやったのだ。サービスで、百年くらい不滅でいられる強靭なアンデッドにな」
「死霊魔術……? 人をアンデッドにする……? バカな……バカな……そんなデタラメ、聞いたこともない……」
「おいおい、常識が古いな。いや、『常識が新しいな』というべきか、これは?」
「まあ、我が君ったら。ユーモアセンスまで抜群ですわ」
俺がくつくつと、レレイシャがくすくすと、忍び笑いを続ける。
そんな俺たちを、首だけの亡者となったラーケンが、狂人でも見るような目で見つめ続ける。
「その首を持って、長官なり伯爵のところなり駆け込むがいい。そして伝えよ。門を開けて待っているから、このカイ=レキウスが恐ろしくないなら、真っ直ぐ屋敷まで攻めてこいとな」
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