第8話 ミヤノとミーヤ

 ここ……どこだろう?

 なにも見えない。指すら動かせない。

 ただ暗闇をなにもできずに漂う。


「初めまして、かな?」

「……」


 目の前に光のシルエットが現れた。

 誰だろう? でも、知ってるような……?


「私はミーヤよ」

「……」


 喋れない。ミーヤって、どこかで聞いたことあるような。


「あなたを巻き込んでしまって、ごめんなさい」

「……」


 巻き込んだ? 私を? ……何に?


「でもね、私もこんな力があるなんて全然知らなくて……だからって許して貰えるとは思わないけど、本当にごめんなさい」

「……」


 さっきから、この人? は、なにを言ってるんだろう?


「もし、……もし目が覚めて、ここでの話を覚えてたら……」

「……」

「ううん、なんでもない、やっぱりいいわ。じゃあ、行くね」


 そこで光のシルエットは消えて、私の意識も途絶えた。


*   *   *


 誰か呼んでる……私の名前……?


「……ノ……!」


 私……なんだっけ?


「ミ……!」


 私の……名前は……。


「……ミヤノ!!」

「――!」


 目が覚めて、起き上がるとクハル顔に頭突きしてしまった。


「〜っ!」

「え? あれ? クハル!? ごめん、大丈夫?」

「はは、大丈夫だよ。それより戻れて良かったよ」

「え?」

「アシュレイ公爵がまさに命懸けでミーヤを、ミヤノを救ってくれたんだ」

「アシュレイ公爵が……」


 アシュレイ公爵は壁にもたれて休んでいた。見るからにようで、魂となって転生者の魂と接触するのは相当に疲れるようだ。


「ああ、アシュレイがのは、救出にエネルギーを使ったからだけじゃないよ」

「え? どういうことなの?」

「実はね、“聖女の施し”がもう使えないんだ」

「え……?」

「おっと、誤解するなよ? 一応念のため言っておくと、僕は“聖女の施し”について嘘は言ってない。というより文献で知ったくらい、最後に“聖女の施し”が使える女性が現れたのは遠い昔のことなのさ。だからまさか、使なんて、僕も思わなかったのさ」

「え? 一回だけ?」

「そう。つまりミーヤは意識的にせよ無意識にせよ、ミヤノが転生する前に“聖女の施し”を発動させていたんだ」

「でも、それじゃあ実現した理想って?」

「うーん……それについては僕も分からない。発動した痕跡なんて今まで見てないし、我が国自慢の移動式城塞『ガルガンド』にも感知できないとなると……かなり昔に発動した可能性があるね」

「でも、ミーヤが魔法具で能力を引き出されたのは最近なんでしょ?」

「いや、僕が言ったのは“あらわし”の魔法具を持っているはず。とだけだ。アシュレイがいつどこでミーヤにその魔法具を発動させたのかは分からない」

「て、いうことは……」

「ああ……。おい、アシュレイ公爵」

「……」


 クハルはゆっくりと近づき、片膝をついてアシュレイ公爵を真っ直ぐ見据える。


「アシュレイ公爵、ミーヤに“あらわし”の魔法具を使ったのはいつだ?」

「……」

「……おいっ!」

「……パーティーだ」

「パーティー?」

「――! それって、オノルさん!」

「ああ……。確か、あのパーティーでアシュレイ公爵からペンダントを贈って頂いたと大変喜んでいた記憶がある」

「それだ! その時に“聖女の施し”が発現したんだ。そして、おそらくそれから間もなくだろう、ミーヤが理想を実現化してしまったのは」

「なん……と……いう……ことだ……」

「精も根も尽き果てたといった様子だな。ついでに化けの皮が剥がれたわけだ」

「ではやはり、アシュレイ公爵は……」

「ああ。もう間違いないだろうね、ミーヤとの婚約は奇跡的に適合した“あらわし”の魔法具によって発現した“聖女の施し”を自分の理想を実現するために使おうと目論んだんだろう」

「そんな……。そうだ、ミーヤは!?」

「そこにいるよ」


 クハルに言われてオノルさんの方を見ると、初日に鏡で見た女神のような顔の細身の女性がいた。


「ミーヤさん……! あ、じゃあ私は……」

「もちろん、ミヤノだよ」

「……!!」

「あれ、どうしたんだい? 急に下を向いて」

「バカバカバカ!! なんで言ってくれないのよ!!」

「えー? 急にどうしたっていうんだ?」


 どうしたじゃないわよ! 今まではミーヤの女神のような顔だったから自信持って接してこれたのに、元の私の顔なんて恥ずかし過ぎるじゃない!!


「ああ〜もうっ!」

「……?」


 クハルはどうやらデリカシーに欠けるようだ。いや、分かってはいたけど。でも今回は特別に腹立たしい。


「もう帰る〜っ!」

「おいおい……」

「いや、今日はもう引き上げよう」

「オノル?」

「アシュレイ公爵もこの状態だ。各々整理する時間が必要だろう。かく言う私も、さすがに疲れたよ。ははは」

「そうか、そういうことなら。行くよミヤノ」

「え? わあっ!?」


 というわけで、私はクハルに担がれて、ミーヤはオノルさんがお姫様抱っこで連れて退場したのだった。

 去り際にクハルが大声で「大変だーっ! 公爵がー!!」と叫んだから使用人が来たらしく、後ろのほうで「アシュレイ様!?」と驚きと心配の声が聞こえた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る