第7話 大切な娘

「……ふふふ、ははははは!」

「アシュレイ公爵……」

「まるで私が“聖女の施し”目当てで結婚するようないい草だね」

「違うのかな?」

「とんでもない。私はミーヤを愛してるんだ。そもそも、誰もミヤノという存在は知らない。私とクハル王子以外はね。ミーヤは記憶喪失なんだ。そのミーヤが元に戻ることは、むしろこの国の民が望んでいることじゃないか」


 ……そうだ、そもそも愛されて必要とされてるのはミーヤであって、私じゃない。


「戻らないミーヤを待ち続けるマクライア家、待ち続ける民! そして私もミーヤを待つ一人だ。残酷だがあえて言おう。ミヤノ、君は我々からミーヤを奪ったんだ。殺したも同然なんだよ」

「――!」

「分かるかね? もちろん君にとっては不可抗力だというのはよく分かっているつもりだ。望まぬ転生。君も君で辛いだろう。だが、その気持ちを汲んだ上で私はミーヤを選択したんだよ」

「……」

「ミヤノ……」


 クハルもきっと分かっているんだ。アシュレイ公爵は正論だということに。この国の人たちからしたら、ミーヤは私に奪われたのだ。生きてはいても戻ることはない。

 でも、そこに希望がある。このピコピコハンマーなら、この魔法具ならミーヤを復活できる。なら、やる事は一つだ。


「ミヤノ!?」


 私はピコピコハンマーを手に取り、クハルから離れた。


「なにをしているんだミヤノ!?」

「見ての通りよ。私はミーヤさんを助ける」

「馬鹿を言うな! そんなことしたら君が――!」

「私はもういいのよ。元々すでに一回死んでる身だもの。改めてもう一度死ぬだけ」

「駄目だやめろ!!」

「クハル、私は好きよ。もし生まれ変わってまた会えたなら……その時は、私を本物のお姫様にしてね」


 涙は堪えきれず溢れる。上手く笑えているだろうか? せっかくお姫様になれたのに、私って本当にバカだなぁ……。

 ピコピコハンマーを自分の頭に振り下ろす。――ところが途中で止まってしまった。目の前に、必死で走ってきたと分かるオノルさんの姿があった。


「なんで……?」

「はぁ、はぁ、間に合って良かった……」

「どうしてここに……?」

「ふふふ、胸騒ぎというのかな、嫌な予感がしてね」

「――! は、離してください!」

「そういう訳にはいかない」

「なんで? どうしてですか!?」

「薄々、気づいてはいたよ」

「えっ……」

「君が、本当は別人なのじゃないかとね」

「どうして……」

「きっかけは何度かあったが、やっぱりアシュレイ公爵の婚約が破棄されたという話を聞いた時かな」

「……」

「ミーヤは、本当にアシュレイ公爵を慕っていてね、もし婚約破棄なんて聞いたら卒倒してしまうだろう。いくら記憶が混乱してるからといって、なんの反応も無いのはさすがに鈍感な私も察するよ」

「すみません……私……」


 オノルさんを騙していた罪悪感が今になって押し寄せてきて、泣きながら床に座り込んでしまった。


「ごめんなさい……!」

「君の名前を教えてくれるかな?」

「……宮野です」

「ミヤノ? 驚いたな、ミーヤに似てる」

「でも、私はミーヤじゃない。ミーヤは、ミーヤは私が……!」

「ミーヤは……もういないのか? クハル王子」

「いえ、魂が奥で眠っている状態です。その魔法具を使えばミーヤは戻ります。ただし、ミヤノは消滅する」

「なんだと……!?」

「ミヤノは自分が犠牲になることで、ミーヤを戻そうとしてるんだ」

「そんなことを……」

「だって……だって私は……!」


 溜め込んでいた思いが涙として溢れ、止まらず泣きじゃくる私を、オノルさんは優しく抱きしめてくれた。


「オノルさん……?」

「私には娘が二人いる」

「え?」

「ミヤノ、過ごした時間は短いが、君はもうすでに私の娘だ」

「――!」

「大切な娘を、二度も失いたくはないんだよ。分かってくれ」

「オノルさん……」


 秘密を打ち明け共有し、分かり合えたところで、アシュレイ公爵が口を開く。


「オノルは良くとも、私はミーヤと結婚したい。どうしてくれるんだね? ミーヤは生きていても死んでるも同然の状態だ。魂はミーヤに癒着している。この魔法具を使わずミーヤを助ける良いアイデアでもあるのかね?」

「それは……」


 オノルさんが困っていると、クハルはいたずら小僧のように笑う。


「アシュレイ公爵、良いアイデアならありますよ」

「本当かね!?」

「あんたも、魂となればいい」

「なっ!?」

「癒着した魂を分離する最も可能性のある方法だよ。縁の強い者の魂で引っ張るんだ」

「し、失敗したら?」

「なんてことはない。アシュレイ公爵もミヤノの魂に吸収されるだけだ」

「なんだと!?」

「それはそれで幸せなことじゃないのか? 婚約者と永遠に一緒にいられるんだ」

「馬鹿なことを言うな! 現実で、生きて結婚しなければ意味がないだろうが!!」

「そうだな、“聖女の施し”を受けるには生きてないとな」

「いや、それは……!」

「“聖女の施し”?」

「ああ、オノルさんは初耳か。理想を実現化できるという超レアスキルだよ。それをミーヤが持っている」

「なんだって!?」

「そう、アシュレイ公爵は“聖女の施し”目当てなのさ」

「アシュレイ公爵……その話、本当ですかな?」

「そ、そんなことあるわけなかろう!」

「へーえ? じゃあ、あんた“聖女の施し”を失ったミーヤともちゃんと結婚して深く愛するんだな?」

「あ、当たり前だろう!」

「じゃあ助けてあげようよ。オノルはミーヤとミヤノ、両方救いたいんだ。助けられたらオノルに大きな貸しを作ることもできるんだぜ?」

「――!」


 魂だけの存在となるということは、たぶん仮死状態になるんだろう。そんなリスクをアシュレイ公爵が負うとは思えないけど……。


「……いいだろう」

「え?」

「私がミーヤを救ってみせる!!」

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