第5話 真実の侯爵

 都市オルオの中央広場には何百人という群衆が集まり、ざわついていた。


「なんだ? この騒ぎは」

「知らねえのかよ!? どこ誰だか知らないが、ミシュレ・マウグルスは嘘つきだと叫んだ男がいるんだよ!」

「はぁ? “真実の侯爵”と言われるあの貴族の御令嬢を嘘つき呼ばわりした奴が!?」

「そうなんだよ! しかもここで証明してみせるって言うんだぜ!?」

「へぇ〜、そいつは面白いじゃねえか!」


 十重二十重に人垣が増えていき、国家祭に匹敵するお祭り騒ぎになってしまっていた。

 そんな中、ミシュレを嘘つき呼ばわりしたと思われるフードを被った男が、なんと群衆から飛び出して広場の高台へと降り立った。


「皆の衆! 私が“真実の侯爵”ことマウグルス家の御令嬢、ミシュレ・マウグルスの嘘をここに明かす者だ!!」


 その瞬間、割れんばかりの声に大地が揺れた。


「てめえか!」

「なんてこと言いやがる!」

「降りて来い! 叩きのめしてやる!」


 99%がミシュレを疑わない者たち。その熱量は計り知れない。


「なにを言っている? 先ずはこう問うべきだろう! ? と。――お前たちは、お姫様を知ってるかな?」

「お姫様? もしかして、ミーヤ・マクライア様か?」

「そうだ、そのミーヤお嬢様だ」

「ミーヤ様がなんの関係があるって言うんだ?」

「……いや待てよ、確かミーヤ様が婚約を破棄されたと聞いたぞ」

「そういえば。……なんでだっけ?」

「ほら、アシュレイ公爵の名誉を傷つけたって」

「は? ミーヤ様が?」


 次第にどよめきが広がる中、フードの男はニヤッと笑う。


「それこそがミシュレのついた嘘だ! お前たちは、どちらを信じる!?」

「え?」

「儚くも可憐なお姫様、ミーヤ・マクライア様か! それとも、“真実の侯爵”ミシュレ・マウグルスか!」

「……」


 中央広場は、先ほどの熱量とは打って変わって静寂に包まれた。


 お姫様と慕われるミーヤが婚約者、アシュレイ公爵の名誉を傷つけたという話。それが真が否か。

 もしミーヤが正しいとすれば、“真実の侯爵”であるマウグルス家は失墜する。だがマウグルス家は常に真実のみを発信してきたという実績による信用がある。

 これはもはや、噂が真実かどうかよりも、皆のミーヤへの信頼とマウグルス家の信用の戦いだった。


「……分からねえよ」


 誰かがボソッと呟いたその一言で、一気に静寂が破られる。


「ミーヤ様がそんなことするか?」

「でもミシュレ様は“真実の侯爵”なんだぞ?」


 矛盾の戦い。決着などつくはずもない。

 しかしここで、戦いに終止符を打つための人間が登場した。


「皆の者! 騙されてはならぬぞ!!」


 フード男の前に立ったのは、ミシュレ・マウグルス本人だった。


「ミシュレ様!?」

「この男は巧みな話術で人心を惑わす魔物の如し! 騙されてはならぬ!」

「そ、そうか、俺は……」

「俺たちは……」


 危うく騙されるところだった。

 そう思い覚醒した群衆は、一気に息を吹き返す。


「てめえこの野郎! よくも騙しやがったな!!」

「出て行け!!」


 もはや手がつけられないほどに、暴徒と化した群衆を見渡して、ミシュレは笑う。


「ホーホッホッホ! いかがかしら? 私が話せばこの通りよ。どこの誰か存じ上げませんが、私共マウグルス家に逆らおうなど無駄なことですわ」

「……」


 だが、フードの男は慌てる様子も無く、ただそこに立ち尽くす。


「あら、心折れたかしら? これに懲りたら二度とマウグルス家に、私に逆らわないことね。早く謝罪なさい。死ぬわよあなた」

「フフ……」

「ん?」

「くく、はーっはっはっは!」


 愉快に笑いながら、フードを脱ぎ捨てた男は高らかに宣言した。


「今ここに、真実を明かそう!」

「真実を明かす……?」


 なんの事かさっぱり意味が分からないといったミシュレは、呆然とその男を見ていた。


「もう騙されないぞ!!」

「さっさと降りてこい!!」


 聞く耳を持たない群衆を見渡すその男は、高らかに叫ぶ。


「私は! 魔法国家マーシュラードが第3王子、クハル・マーシュラードである!!」


 その声は、今までのとは異質で、遥か遠くまで通る声だった。もう手がつけられないと思われた群衆がピタリと静まった。


「……クハル?」

「お、王子だって?」


 群衆が驚くのも無理はなかった。クハルはミーヤこと宮野を探すため、しばらくオルオで人々と交流をしていた。そのためクハルを知る者は多い。


「まさに、騙していて悪かった、だな。私は騙してるつもりなど無かったが、王子と言っても誰も信じないのだし」

「いや……だって、なぁ?」

「ああ、クハルが王子なんて、見えないしな」

「なんだよー! 本当の本当に王子なんだって!」

「で、その王子様が私を侮辱なさると仰るの?」


 ようやく理解が追いついたミシュレはクハルに詰め寄る。


「侮辱じゃない。真実さ」

「どういうことですの!?」

「僕の正体を知って動揺してるんだろう?」

「な、なにを言って……!?」

「なぜなら、君は――いや、“真実の侯爵”マウグルス家はずっとインチキしてきたのだからね、魔法で」

「――!?」


 ミシュレは冷や汗をかいて息を詰まらせる。


「魔法というのは、我が国では当たり前にある技術だが、周辺国にとってはまだ新しい技術だ。それゆえに魔法を使われても分からないことが多い。そう、例えば“発した言葉が真実となる魔法”なんて使われてもね」

「そ、そんなの誰にも分からないじゃありませんこと!?」

「君はどうやら頭の回転が悪いらしい」

「なっ!?」

「魔法にも様々ある。例えば、“魔法効果を解除する魔法”とかね」

「――っ!?」


 その反応だけでもう十分だった。


「君はやり過ぎた」

「ま、待って……やめ、や! やめて〜!!」

「アウフ・アル・ヴェーヌ」


*   *   *


「ミーヤ!」

「アシュレイ公爵!」


 オルオでの騒ぎを聞きつけたアシュレイ公爵は、ちょうどオルオに着いた時に魔法が解除され、ミーヤとの再会を喜んだ。


「すまない……私は、なんて酷いことを……!」

「いいえ、私は気にしてませんわ」

「……君は?」

「え?」

「君は……ミーヤじゃないね?」

「――!?」

「はは、警戒しないでいい。捕らえたりしないよ」

「どうして……」

「分かったかって? これさ」


 胸元からネックレスを見せてくれた。翡翠のような宝石のネックレスだ。


「魔法具といって、その名の通り魔法の力が込められた道具でね。これは“しるべ”の魔法が込められていて、間違いを回避するための魔法具だよ」

「え? それってまるで……」

「ああ、マウグルスが“真実の侯爵”なんて呼ばれ出したのはこれのお陰だよ」

「どういうことなんですか?」

「彼はなにか決断に迫られると私に相談しに来るんだ。頼ると言ってもいい。そんな彼を相手にするのが疲れてきてね、もう一つあったんであげたんだ」

「それで“真実の侯爵”に!?」

「ははは、あまり頼り過ぎるなとは言ったんだがね、どうやらハマってしまったらしい」

「で、でも、これはどちらかと言うと見分ける力で、発信じゃないですよね?」

「ああ、あれはおそらく私の魔道具コレクションの一つをこっそり持ち出して使ったんだろう」

「えぇ……」

「ははは、すまなかったね。ところで君は何者かな?」

「えーと、その、信じて貰えるか分かりませんが……ミーヤさんの体に転生してしまったようなんです」

「転生? そうだったのか」

「本当に、ごめんなさい!」


 深く頭を下げると、「顔を上げて」と優しく声をかけてくれた。


「謝らないで、それなら良い解決方法がある」

「え?」

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