第4話 ガルガンド
その機会はすぐに訪れた。いつものようにクハルがノック無しで私の部屋に現れたのだ。
「やあミヤノ、会いに来たよ」
「クハル、いらっしゃい」
「おや? 今日は怒られないんだな」
「ええ、確かめたい事があって、待ってたの」
「待ってくれてたのか、嬉しいよ。なんだい? 確かめたい事って?」
「あなたが本当に王子である証拠に、お城を見てみたいの」
「ああ、その事か。うーん、ちょっと待ってくれ」
少しの間、真剣に考える素振りをする。嘘だとしたら、今さら設定を考えているのだろうか?
「……よし、大丈夫そうだ。いいよ、見せてあげる」
「え? 本当に?」
「どうしたんだ? 見たいって言ったのはミヤノだろう?」
「そう、なんだけど……まさか本当に見せてくれるなんて思わなかったから」
「はは、ほらおいでよ!」
腕を軽く掴んで走り出すクハルに、慌てて付いていく。
「ちょっと、そんなに走らないでよ!」
まるで風のように走るクハルに追いつくため、懸命に走る。でも不思議と転びそうにはならない。
もうどれだけ走っただろうか、息が上がってきた。
「クハル、どこまで、走る、のよ……!」
と、不意に立ち止まる。
「ここだよ!」
「はぁ、はぁ、……え?」
見渡す限り草原。しかもまだうちの敷地内だ。まあ広すぎるから、ちょっと走ったくらいじゃ門にも行けないけど。
「なによー、見せてくれるっていうから走ったのに、なにもないじゃない!」
疲れたー、と仰向けに倒れる。少し汗をかいた顔に涼風が気持ちいい。少し陽は陰ってるけど。
「……ん?」
いや、おかしい。青空で太陽があるはずなのに無い。太陽が消えた!?
「ちょっと、太陽が!」
「ああ、ごめんね。今見せるよ」
クハルがパチンッと指を鳴らすと、なんと上空に巨大な城が現れた!
「な、な、な……っ!?」
「どうだい? 我が国自慢の移動式城塞『ガルガンド』だ!」
あまりに突然の事で理解が追いつかない。
本当にお城があった。
「王子、困ります。今はまだ姿を現すには早いです」
上の方からゆっくりとドレッドヘアの女性が降りてきた。なに? 魔法?
「悪いね、ちょっと僕の花嫁に見せて欲しいってせがまれたものだから」
「……この御方が噂のご令嬢ですか?」
「そうだよ。な? 言った通り素晴らしい女性だろう?」
「そうですね、これほどの御方なら大歓迎です」
「そうだろう! そうだろう! ははは!」
「……いや、私のこと置いてけぼりにしないでよ」
「ん? ああ、すまない」
「まさか、説明してないんですか? 王子」
「ははは! 面倒くさいからね!」
「はぁ……。お初にお目にかかります、ミハルと申します。ミヤノさん、でよろしいですか?」
「え? ああ、えーと、できればミーヤがいいかな? この世界だとそう呼ばれてるから」
「かしこまりました。ではミーヤさん、まず我が王子は魔法国家マーシュラードの第3王子、クハル・マーシュラードと申しまして、妃候補をお探しの途中なのです」
「はぁ……」
「もう決まったけどね!」
「そう、この王子の仰る花嫁、妃候補にあなたは選ばれたというわけです」
「えっ! じゃあ本物のお姫様になっちゃうの!?」
「そうなります」
とんでもない話になってしまった。まさか本当にクハルが王子で私が見初められる展開になるなんて……。
* * *
「なんだって?」
だだっ広い食堂で昼食が始まろうとする時、大事な話があると切り出した。
「えーと、クハルさんがね、実は本当に王子だった……なんて、私もまだ実感無くて信じ難い話なんですけど……」
私の後ろにニコニコしながら立つクハルと、その斜め後ろに控えるミハルという従者のような女性。そのミハルを見て、オノルさんは「その方は?」と訊ねる。
「ミハルさんといって、クハルさんのお世話をされてる方だそうです」
「お初にお目にかかります。魔法国家マーシュラード第3王子クハル・マーシュラードの世話役をしておりますミハルと申します。この度は王子がご迷惑をお掛けしまして、大変申し訳ございませんでした」
「いやいや、私は迷惑なんて思っていないよ。クハルくんはとても面白い少年だからね、偽りの王子などという噂があるのも承知しているが、それ以上に人間として大変魅力がある。だから私は気に入ってこの家にも自由に出入りして良いと許可したんだよ」
まさかオノルさんの指示だったとは。それほどにクハルを気に入ってただなんて……。
「大変恐縮でございます。クハル王子は身分を隠すということをされないので、私共も肝を冷やす思いでして……幸いにもこの性格からか誰も本気で王子だとは信じないのですが、万が一があってはなりませんので身分を隠すよういつも言っているのですが」
最後の方はやや語気を強めて、というか怒りを滲ませていた。よほど苦労しているんだろう。
「まあ、この国は比較的治安が良く平和なのでね、王子をどうにかしようなどと企てる愚か者はいないと、私も信じたいところだよ。――ところで本題だが……ミーヤは彼と、クハル王子と結婚する意思はあるのかね?」
「……」
「現実的な話、いくら王子とはいえ、他国の娘を無理やり連れて帰って花嫁とするというのは、穏やかではない。クハル王子もご存知の通り、ミーヤは皆から愛されている。しかも貴族だ。下手をすれば国際問題に……いや、戦争にも発展しかねない」
「戦争……!?」
「ミーヤ、この話はそれほどに重大な事なんだよ」
お姫様になれるかも、なんて浮かれてた。
クハルがそんな事するとは思わないけど、もし私が拒否してクハルがそれでもとしつこく言い寄るなら、最悪は戦争にもなりかねない。そんな重大な話になるだなんて……。
「私は……」
正直即決してもいい。貴族令嬢もかなりの
「クハルの事は、もちろん好きよ。一緒にいて楽しいもの」
「じゃあ!」
「でも、結婚したいのかって考えると……本当に結婚してもいいのかな? って、疑問が浮かんでくるの」
「どうしてだい?」
「分からない……けど、多分、クハルの事をまだ知らないのよ。クハルの国の事、クハル自身の事、ミハルさんや皆さんの事」
「そんなの、これから知っていけばいいじゃないか!」
「それだけじゃないわ、私は……私はまだ何者でもないの。今の私はミーヤという女の子を知ろうとしてる最中なのよ。なのにクハルのお嫁さんになるなんて……それに、ミーヤには婚約者がいたのよ」
「なんだって? 婚約者が……
「ええ」
「それについては、私から話そう」
「オノルさん……」
オノルさんは席を立つと、私の一歩前に出る。私を、ミーヤを守ろうとしてくれてるんだ。
「実はね、ミーヤはアシュレイ・ラオマン
「じゃあ、ちょうどいいじゃないか?」
「ところがそうもいかない。婚約破棄の話を聞いてから私なりに調べたところによると、思ったより話は複雑でね」
「オノルさん、調べてくださったんですか?」
「ああ、当然だよ。大切な娘が婚約破棄されて、はいそうですかと黙って受け入れるほど私はお人好しではないよ」
オノルさんは常に冷静で穏やかな人のイメージしかなかったけど、奥底にとても熱い情熱を持ってるんだ。
「アシュレイ公爵
「そんな……! 私はなにも、そもそもアシュレイ公爵とお会いしたのはパーティだけのはずです!」
「ああ、私もそう記憶している。だからなにかの間違いではないかと言ったよ。そうしたら驚いたことに、話の出所はどうやらミシュレのようだ」
「ミシュレって、あの私を目の敵にしているような?」
「ああ」
「なんだ! それなら話は早いじゃないか! その噂を消してしまえばいい!」
「いえ、クハル王子、先も言ったようにそう単純ではないのです」
「どういうことだ?」
「彼女の家、マウグルス家は影響力が強く、それこそ公爵に勝るとも劣らない信頼ある貴族なのです。それゆえにマウグルス家の人間、特に当主や令嬢が発した言葉はほぼ無条件で真実となってしまうわけです」
「そんな馬鹿な!」
「信じ難いでしょうが、マウグルス家とはそれほどに力のある血筋なのです」
「そんな……それじゃ私がいくら反論したところで……」
「ああ、誰もミーヤのことを信じはしないだろう」
「発言がそのまま真実になってしまうなんて、そんな魔法みたいな……」
絶望してペタンと床に座り込んでしまうと、メイドが数人「お嬢様!」「大丈夫ですか!?」と駆け寄ってきた。
「魔法……」
ふと、クハルを見ると、いたずら小僧のようにニヤッと笑うのが見えた。
「面白いじゃないか。クハル・マーシュラードの名において、受けて立とう!」
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