第3話 告げられる婚約破棄
それから数日、頭の中を整理しながら情報を元に推理した結果、ここは異世界だという結論になった。
そう、ラノベなんかでよくある異世界転生だ。
あれから何度か鏡を見たけどやっぱり私は別人で、私以外の誰も宮野という名と人間を知らない。みんなが語るミーヤは全くの別人だ。
「やぁミヤノ、ご機嫌麗しゅう」
ノックもせず部屋に入ってきたクハルにため息をついてから対応する。いつの間にか友人ということで、わりと自由に出入りしているのだ。
そういえば、クハルだけは私のことをミーヤではなくミヤノと呼ぶ。
「こんにちはクハルさん、私はミーヤよ。なんの御用かしら?」
「つれないなぁ、出会った時のように砕けて話そう」
「仕方ないです。私は貴族のお姫様なんですから」
そう。普通ならここでクハルが王子で見初められて結婚みたいな流れになるんじゃないのかと思いきや、まさかの私が大貴族のお姫様でクハルは遊び人だった。
「聞きましたよ。クハル、あなた王子だと
「酷いなぁ、嘘なんてついてないよ」
「どうだか。この辺には宮殿もお城も無いっていうわよ?」
「うーん、確かにここからは見えないね」
「じゃあ、どこからなら見えるのかしら? 望遠鏡なら見える?」
「うーん、望遠鏡でも見えないね」
「ほら、やっぱり嘘じゃない」
「いーや? 嘘はついてないよ」
「もういいわ、そろそろ時間だから、また今度ね」
「時間?」
「これからお食事に行くのよ」
「誰と?」
「ナイショ」
「えー、教えてくれよー」
「いいじゃない誰だって」
「嫌だよ、僕のお嫁さんが汚されるかも知れないじゃないか」
「誰がお嫁さんですって?」
「もちろん! ミヤノさ!」
「はぁ……あのね、私もあなたのこと嫌いじゃないわ。でもね、私は貴族の令嬢であることの責務を果たさないといけないのよ」
「どうしてだい?」
「……私を育ててくれたからよ」
「……」
* * *
普段はレストランすら行かない私が、まさかの超高級レストランに来ることになるなんて、夢にも思わない。
「あの、オノルさん」
「どうした?」
「その、私こういう所初めてで……」
「ああ、そうだったね。はは、安心してくれ。ミーヤはそもそもこういった場所は苦手だったんだ」
「そうなんですか? じゃあ、どうして急に?」
そう、実は今日いきなり「レストランに食事に行かないか?」とオノルさんから誘われたのだ。私は軽い気持ちで「もちろんです!」と返事してしまって……。
「確かに苦手な場所なんだが、医者が記憶を呼び起こすには時には強い思いのある場所も良いと聞いてね。苦手なものというのは、言い換えれば強い思いや記憶でもある。そう思ったんだよ」
「そうだったんですか」
それでわざと詳細を知らせずに誘ったんだ。理由が分かると、それはそれで申し訳無さがある。だって、もうミーヤはいないのだから……。
「……きっと、なにか思い出しますよ」
「ああ、そうだと嬉しいよ」
オノルさんと初めて会ったあの日、ミーヤがいない事に気づいてるんじゃないかと思ったけど、全然そんな事なかった。オノルさんは今でもミーヤの事をとても大切に想っていて、愛していて、心の底では早く記憶が戻って欲しいと思ってるんだ。
「……美味しい」
「その魚料理はミーヤの好物でね、こういった場所は苦手だが、その料理を食べにここへ来ていたんだよ」
「分かる気がします。私もこういう所は苦手なんですけど、このお料理はまた食べたいもの」
「はは、それは良かった。一瞬、ミーヤが戻ったようで嬉しくなったよ」
「……あの!」
「ん?」
「も、もし、もしこのまま記憶が戻らなかったら、私がミーヤを取り戻せなかったら、……それでもオノルさんと一緒に居ても、いいんでしょうか……?」
……何を言っているんだろう、私は。
罪滅ぼしのつもり? ミーヤはもういない。私の記憶と人格が上書きしてしまった。こんなことなら、異世界転生なんてしたくなかった。
「もちろん」
「……え?」
「記憶が無くなったって、ミーヤはミーヤだ。私の大切な娘に変わりはないよ」
「……うっ、うぅ……」
「ミーヤ?」
なんで、なんでこの人はこんなにも暖かく優しいのだろう。言えない。言える訳がない。私は宮野でミーヤじゃないなんて……。
罪滅ぼしでもいい。異世界転生してしまったものは仕方ない。第二の人生を、第二のミーヤとして生きよう。
「ありがとうございます、オノルさん」
「さあ、ほら。冷めないうちに食べなさい」
「はい」
と、感動していたら、「あ〜らミーヤさんじゃないのぉ」と蛇のようなネチネチした声が聞こえてくる。誰かと思って振り向くと、見たことない女性が立っていた。かなりセレブを鼻にかけたような人だ。
「えーと……」
「マウグルス家のご令嬢だよ、ミシュレ・マウグルス」
困っていると、オノルさんが小声で教えてくれた。
「こ、こんばんは、ミシュレさん」
「相変わらず小鳥のような声ね、羨ましいわぁ〜」
嫌味のように言うにはすごく合っている声質だ。小鳥のような声というのは、声が小さいと言いたいのだろう。
「それより聞いたわよ〜、ミーヤさん」
「え?」
「アシュレイ様との婚約が破棄されたんですってねぇ〜」
「え……?」
アシュレイ様? 婚約破棄? え? もしかしてミーヤって……。
「あらあら、ショックで声も出ないかしら〜? 残念ねぇ〜、誰がアシュレイ様の
なるほど、そういうことか。
「……」
「それでは、ごきげんよう~」
ミシュレが去って行ったのを確認して、大きくため息をつく。
「なんなんですか? あの人」
「ミシュレはパーティーで知り合ったんだが、ミーヤをかなり敵視していてね……」
「でしょうね、あれだけあからさまに分かりやすいと、逆に清々しいわ。……それで、婚約というのは?」
「ああ、それもパーティーでだよ。アシュレイ・ラオマン
「こ、侯爵!?」
そもそも爵位がある事を今初めて知ったけど、侯爵ってかなり上の爵位じゃなかった?
「いや、侯爵ではない、公爵。プリンスの方だ」
「えっ!? ……えーと、大変聞きづらいんですけど、うちって……?」
「うちは伯爵だよ」
「伯爵だったんですか!? たた、大変失礼を……」
「はは、そんなの気にすることはない。爵位なんて飾りのようなものだよ。私はミーヤの父親、オノルだ。それ以上でも以下でもないさ」
なんだろう? 謙虚さとは少し違うような、何か違和感がある。
「それにしても、記憶が無いというのも、幸いする事があるものだな。皮肉にも」
「どういうことですか?」
「アシュレイ公爵は、ミーヤを大変気に入られていたが、ミーヤもまた、アシュレイ公爵に強く想いを寄せていたんだよ」
「じゃあ……もしミーヤとして今の話を聞いていたら……」
「ああ。三日三晩泣き続けたろうね」
ミーヤがそれほどに想いを寄せる男性って、どんな人なんだろう?
「それよりも、婚約破棄ってどういうことなんですか?」
「いや、実は私も初耳なんだ。アシュレイ公爵ほどの御方がなんの理由も無くそんなことするとは思えない。この件は私の方で調べておくよ」
「よろしくお願いします」
その後は特にトラブルも無く、美味しい料理を堪能した。
素敵なおじ様とデートしたような気分で、帰り路を馬車に揺られる。
「ふぅ……」
お食事を終えて馬車で帰宅の最中、車窓から月を見上げる。
異世界に転生はしたものの、わりと前の世界の常識が通用するのは助かる。とはいえ全然慣れないけど。
それにしても……と、ふとクハルを思い浮かべる。
なんでクハルは王子だなんて嘘をつくんだろう? 分かりにくい嘘にすればいいのに、どうしてあんな分かりやすく。
「……て、なんでクハルの事なんか考えてるのよ、私は」
まあでも察しはつく。私と結婚すれば
オルオ街での人々の反応を見るに、クハルもミーヤの事を知っていてもおかしくはない。王子だと言ってミーヤに近づこうとしたのだろう。
「……でも、そんな人には見えないのよね」
最初に会った時から、クハルには下心のようなものを感じなかった。彼は幼い子供のように純粋なのだ。
「でも王子だって嘘は突き通してるし、なんであんなにキレイな
ひょっとして、ひょっとしたら本当に王子だったりして? 本当に城があったりして?
今度会ったら確かめてみよう。
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