第六章 ギュッとしてくれた
「んっ・・・・!」
「んっ・・・・?」
僕が差し出すラブレターを受け取りながらも、吉川さんはキョトンとした表情で言葉を返した。
シナリオとは違う展開に戸惑いながらも、僕は山田の作戦通りに振り向きざまダッシュした。
「ち、ちょっと・・・」
戸惑う吉川さんの声を聞きながら、僕は芝生に向かってダイビングした。
「い、いてぇっー・・・」
予行演習も空しく、僕は芝生の縁飾りに思いきり脛をぶつけた。
「だ、大丈夫・・・・?」
吉川さんが駆け寄り、心配そうに聞いてくる。
「・・・・」
余りの痛さに、暫らく声が出せなかった。
「本当に、大丈夫・・・・?」
彼女の息が、僕の首筋にかかる。
僕の胸の鼓動は破裂しそうに、ドクンドクンと高鳴っていた。
このまま気絶していたら、アニメのように看病してくれるだろうかと一瞬、思った。
「イ、 イテェ・・・」
だけど、そんな器用なことができるはずもなく、僕は声を絞り出した。
目尻から涙が流れているのか、見上げる彼女の顔がボンヤリと滲んでいた。
ハラハラと心配そうになる表情を、僕は生まれて初めて見ることになった。
「大丈夫・・・・?」
心配で不安そうな顔に、僕は声を絞り出した。
「だって、こうすりゃ、胸キュンだって・・・」
最初、吉川さんは意味が分からなかったのか、不思議そうな表情のままだった。
「や、山田が・・告白する時の極意だって・・・」
そこまで聞くと、唇を噛んだ彼女の表情がワナワナと震えるのが分かった。
まるで、何かに向かって怒っているように。
でも直ぐに口元がフッと、綻んだ。
そして、彼女の両手が僕の顔を引き寄せたんだ。
「えっ・・・・?」
驚く僕の声は、吉川さんの胸の中で押しつぶされていた。
(ええっ?えええっ・・?ええええっ・・・・?)
信じられない僕の驚きの声は、やわらかい感触の中で膨れ上がっていった。
甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
無意識に息を吸い込むと、僕の両腕は彼女の背中をギュッとしていた。
大好きな、大好きな。
僕の、天使、僕の女神、僕の、僕の・・・・。
温もりの中で、無数の言葉が脳裏に浮かんだ。
ムチャクチャ、気持ち良かった。
本当に、このまま死んでも良いと思ったんだ。
「好き・・・・です・・・・」
やっと絞り出した声は小さすぎて、吉川さんには届かなかっただろう。
「わたし・・・も・・・す・・・き・・・」
でも、彼女の掠れた声は聞こえた。
だから。
僕は。
彼女の背中を、ギュッとした。
彼女も。
そう・・・・。
同じように、ギュッとしてくれた。
十五歳の秋。
僕は、僕達は世界中で一番、幸せな二人だったのかもしれない。
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