日本の現状

 昂輝は地球連邦軍の軍人だったが、二年前の出来事をきっかけに退役した。退役を勧めたのは、ダニールだ。やめさせないと昂輝が壊れてしまう、と思ったのだろう。

 軍人をやめたあと、昂輝は祖父の手伝いをしたり、趣味の天体や星景写真を撮影して天文雑誌に投稿する日々を送っている。

 星を見るのは幼い頃から好きだ。夜空を見上げ、星や星座を見つけてはカメラで撮影していた。


(まさか…俺の撮った写真が雑誌に載るなんて! こんなに嬉しいことはない!!)


 今日の昼食はちょっと贅沢ぜいたくしよう。

 昂輝はウキウキ気分で仕事をこなし、買い出しへ行こうとしたとき――。祖父が玄関で誰かと言い争っている姿が目に入った。


(…なんだ?)


 ゆっくりと近づけば、相手はかなりの大男だった。縦も横もでかく、ヒゲも髪の毛もぼうぼうにやしている。

 原始人みたいだな、と昂輝が思っていると、突然大男が怒鳴った。


「このジジイ!! 領主である俺さまの言うことが聞けねぇのか!!」


 ビリビリビリ…と、まるで地震が起きたかのような震動で建物が揺れる。驚く昂輝をよそに、朱鷺は涼しい顔で大男を見上げた。


「聞けぬな。おまえさんはあちこちの診療所をつぶしているようだが…。どうやって病気やケガを治せというのだ」

「おまえがたみたちの家に行って治療すればいいだろ」

「ふざけたことを抜かすな」


 朱鷺の地に響くような低い声に、昂輝は無意識に姿勢を正す。祖父はかなり怒っているようだ。


「おまえたち星人ほしびとは病気にならず、ケガをしてもすぐに治る。だが、地球人は違う。病気やケガに詳しい者…医者が治療しなければ悪化して死んでしまう」

「それは貴様ら地球人という種族が弱いからだ!」


 大男が小馬鹿こばかにする。

 朱鷺は真顔で言い返す。


「確かに、地球人は星人ほしびとと比べて弱い。だが、地球人はその弱さを強さに変えることができる種族だ」


 朱鷺は、大男をにらみつける。


「あまり地球人をバカにしていると、そのうち痛い目を見るぞ…小僧」

「――ッ!!」


 朱鷺の気迫に圧倒されたのか、大男は後退あとずさりして背を向けた。


「…フン! 今日は見逃してやる! 次はないと思え! 老いぼれ!!」


 捨て台詞せりふを吐いて、大男は部下を引き連れて去っていった。

 やれやれ、とため息をつく朱鷺に、昂輝が恐る恐る声をかける。


「じいちゃん。さっきのおっさん…星人ほしびとか?」

「なんだ、いたのか…。見苦しいところを見せてしまったな」

「いや、逆に心配になったから。…なあ。いつから立ち退きを迫られているんだ?」


 昂輝が質問すると、朱鷺は困ったような口調で答えた。


「…二年くらい前からだ」

「俺が帰ってきた頃からおどされてたの!? なんで言ってくれなかったんだよ!」

「言えるわけないだろう。妻子を失って、心に深い傷を負った孫に心配をかけさせたくなかった」


 朱鷺の優しさに昂輝は胸が熱くなるも、それを抑え、まっすぐな眼で祖父に語る。


「町の診療所が減ってるって患者さんたちから聞いた。アイツはなんでそんなことをしているんだ?」

「うむ。風の噂によると――」 


 キャバクラを建てようとしているらしい。


 朱鷺の発言に、思わず昂輝は問い返す。


「…なんて?」

「キャバクラをたくさん建てて、女の子とウハウハしたいらしい」

「それさぁ…ただのスケベじゃん!!」


 そんなくだらないことのために、診療所をつぶしているのか!?

 昂輝は絶句した。


「じいちゃん。これは日本政府に報告したほうがいいと思う」

「そうだな。証拠をしっかり揃えてから報告しよう。ついでに“もう少し頭の良いやつを領主にしろ”とも伝えておくか」


 怖いもの知らずの朱鷺に、昂輝は苦笑いを浮かべた。

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