二人だけの仮の家族 5

 一方の俺は、教室の外で立ち尽くしたままだ。どう動けばいいのかわからないまま、二人の様子を見守っている。エリスは、全然怒っていない。むしろ楽しんでいる。これでは教師と教え子というよりは、互いにじゃれる姉妹だ。

 ――他の子の悪い手本になるとか、服が汚れるかもとか考えないのかよ。

 黒板消しはきれいにされていて、服が汚れるなんてことはなさそうだったが。

「今日は約束通り、臨時講師が来ています。ナオト、どうしたの? 早く入って」

 どん引きして教室に入ろうとしない俺に、エリスが声をかけてくる。

 いつもこんないたずらを受け流しているのか、と思いつつ、俺は教室の中に入った。教室の八人の子供たちの視線が集まってくる。

「わわっ、刀差してるよ。ホンモノだ」「ナオト、異国の剣士みたい」「エリス先生の夫かっこいー」

 子供達はナオトを迎えて、歓声を上げている。

「こら、誰よ夫って言ったの!」

 エリスは拳を上げた。まあまあ、と俺は彼女をなだめる。

「落ち着けよエリス。どうせ子供が言うこと……」

「ナオト、夫婦ってこと認めたー!」

「誰も認めてねえよ!」

「そもそも一緒に暮らしているなら夫婦なんじゃない?」

「うおい! 違う!」

「静かに!」

 なぜかエリスに叱られて、俺は小さくなる。教室の中も静まり返った。

 エリスは俺のことなど構う様子もなく、腰に手を当てて話し始めた。

「ナオトには、後で体育の臨時講師をしてもらいます。それまでは授業を見学することになるから、恥ずかしいところを見せないように」

子供達が「はーい」と声を響かせる。

「似合ってるよ」

 十歳から十二歳の子供達の声が響く中で、場違いに大人びた声が聞こえてきた。教室の片隅の椅子に座っているのは、 ムーテルという少女。エリスと同い年で、銀色の髪に黄色の瞳が特徴的な彼女は、普段は孤児院でこの教室の子供達の世話をしている。

「ムーテル、来ていたのか」

「エリスから話を聞いて」

 ――ということは、ミアのいたずらをあえて見逃していたのか。

 この共犯者め。

「東方の剣術を披露してくれるって聞いて、大人しくすることができなかったんだよね」

 俺はエリスを見つめる。俺を見世物にでもするつもりか、と視線で伝えるが、当のエリスは気にもしない様子で、

「ナオト、教室の後ろに椅子用意しているから、午前中の授業聞いていってよ」

「まったく」

 俺は言われるまま、教室の片隅にある空いた椅子のほうへと向かった。その間にも、子供達の視線は集まってくる。「刀、かっこいい」「触っちゃダメかな」そんなひそひそ声が、もろにナオトの耳に届く。

「わからないことがあったら、とりあえずナオトにも聞いて。先生が一人増えたようなものだから」

 エリスが勝手に指示を飛ばした。「わかった」という子供達の声がかぶって聞こえた。

「モテモテだね」

 教室の後ろに来た俺を、ムーテルはおちょくってくる。

「まあな」

 授業が始まってもなお、子供達の視線は俺に集まってくる。やっぱり、俺が珍しいのだろう。子供達にとっては、授業参観で親が教室に来たようなものだ。

 この子達の実の親は、防疫壁の外にいるか、四年前までのレヴォルツィオンで死んだかのどちらかだが。

 そわそわする子供達を前に、エリスはそれでも、淡々と黒板に算数の式を書いていく。 ナオトの学校訪問に子供達が落ち着かなくなることは織り込み済み、といった様子だ。ムーテルもよそ見する子供達を咎めたりはしない。

 代わりに声を上げたのは、

「こら、そこ! よそ見しない」

 ミアの声が響く。

「今は授業中でしょ」

 ミアに注意された子供は、ちぇっ、と悪態を漏らしたが、彼女には逆らえないとばかりに前を向いた。手元のノートに算数の式を書き写していく。

 ――しっかり屋さんだな。

 さっきは先生のエリス相手にいたずらを仕掛けたくせに。

 孤児院でも年下の子供の面倒をよく見る、と隣のムーテルが言っていたものだ。活発で、明るく、変な遠慮がない。年上の俺やエリスにもよく話しかける。そんな子だ。

 だから、うっかりするとミアの過去を忘れそうになってしまう。

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