第40話 リバイブ

 

「ガリウス、テメェ何やってやがった」

 

 食事を終えた帰り道、リースがガリウスに話しかける。

 

「……何もねーよ」

 

 背後にいるカミラに対する心配からかガリウスは答える事を躊躇った。

 彼女が直接的な命令権を有していないとしても、先ほどの黒髪の男がカミラを理由にするのだから当然だ。気がかりになる事を話すべきではないと考えるのはごく自然な配慮と言える。

 

「キャアアアアアア!!!!」

 

 一瞬の沈黙を引き裂くような甲高い悲鳴が響いて突然に女性が飛び出してきてリースを吹っ飛ばす。

 

「痛っ!」

 

 舌打ちをしながらリースが突然に現れた妙齢の女性を睨むが、取り乱した彼女はそれどころではないようだ。

 

「な、なんだ?」

 

 リースの追求から逃れるには中々に良いタイミングだったが、気にならない事ではない。何が彼女を驚かせたのか。

 

「お、おい……そんな叫ぶなよ」

 

 現れたのは何の変哲もない女性と年齢も変わらないような男性。

 

「あ、あんた死んだでしょ!?」

「そ、それは……そうかもだけど。ほら、あれだ愛の力ってやつか?」

 

 何が何だかわからずにガリウスが首を傾げると、リースも制服についた土を払いながら立ち上がる。

 

「何だありゃァ?」

「知らねー……」

 

 ジョージとカミラも目の前で起きた騒ぎにポカンとしている。

 

「い、生き返るなら生き返るって言ってよ!」

「お、オレも分からねーって!」

 

 当の本人も自らが生きている事に困惑しているらしい。

 

「が、ガリウス……何が起きてるの?」

 

 ジョージも流石に情報が多過ぎたせいで処理しきれていないようだ。

 

「何かあの人が生き返っただとか」

 

 話を聞く限りだとこんな所だろうか。

 

「人って生き返るものでしたか?」

 

 カミラも流石にと思いながらも疑問を口にする。少なくともガリウスが知る範囲で死んだ者が甦るなどと言う現実はない。

 ないのだが。

 リースにぶつかった彼女の言葉を聞く限りでは、男は甦ったのだそうだ。

 

「所で……そちらは?」

 

 男性の方が気が回ったのかガリウス達を見ながら尋ねる。

 

「どーも……?」

 

 なんとなく挨拶をして、この場を去ろうとすると、今度は男性がけたたましい声を上げる。

 

「あー!!! お、王女殿下!」

 

 カミラの姿に気がついたようでさっと膝をつき礼を取る。

 

「し、失礼しました」

「あ、し、失礼しました!」

 

 男性が謝罪するのに倣い女性も同様に膝をついて礼をとる。

 

「いえ、お気になさらず」

「で、ですが……お、お詫びをさせていただきたいのですが」

 

 流石に断ってしまえば、これが押し問答になる事をカミラも経験からわかっている。高貴なる身分であるのなら、相手からの気持ちを素直に受け取ることも大切だ。

 

「分かりました。では、リース達も」

 

 付いてきてください。

 王女が言うのだから誰も拒否はできない。男達の案内に従い後ろをついていく。

 

「あの、お2人はどう言った関係なのですか?」

 

 カミラが尋ねると、女性は失笑しながら。

 

「夫婦です」

 

 と答えた。

 

「夫婦ですか……! とてもお似合いです」

 

 カミラの言葉に2人が破顔する。どこか照れ臭いと言った様子も窺える。

 

「おい、ガリウス」

「何だよ」

「死んだとか……蘇っただとか、コイツ悪魔なんじゃねェのか?」


 リースの言葉に一瞬、ガリウスの全ての動きが止まった。


「…………」

 

 可能性は確かにある。

 

「だとしても。まだ手出すなよ」

 

 確証がない。

 後でマリエルに聞けば何か分かるかもしれない。

 

「……まあ、カミラ様もいるからな」

 

 流石に王女殿下に危険が及ぶような真似はできないとリースは後頭部をガシガシと掻く。悪魔なのかもしれないと言う不安を感じながらも夫婦の後ろを歩く。




 

 広さはガスター家と変わらない。雰囲気もよくある木製の床と白色の壁。

 

「申し訳ございません、王女殿下。汚い椅子ですが」

 

 中まで案内をし、客である4人を椅子に座らせ男は自己紹介する。


「オレはエリアスと言います」


 横に座った女性にエリアスは視線を向けた。

 

「それで、こちらが妻の──」


 エリアスの言葉に続けて自らの名を名乗る。


「ラヘルです」

 

 2人の自己紹介が終わり、ガリウスらも順に挨拶をする。

 

「あ、ガリウスです」

「ジョージです」

「……リース・ファーバー」

 

 カミラは自己紹介をする必要はないだろう。名前はエリアスも把握しているのだから。

 

「すみません、私がご迷惑をお掛けして」

 

 ラヘルが申し訳ないと謝る。

 

「お気になさらないでください、ラヘルさん。ね、リースも気にしてないでしょ?」

 

 カミラに同意を求められてしまえばリースはノーとは言えない。

 

「はい。気に……しないでください。ラヘルさん」

 

 所々に閊えながらリースが言葉を発する。やはり慣れていないのだ。

 

「あー、あのラヘルさん。エリアスさんがその……死んだ、と言うのは?」

 

 ガリウスとしても気になるところがあり、突然ではあるが尋ねていた。


「それが」


 僅かな躊躇いも見えたが、覚悟を決めたようにゆっくりと口を開き話し出す。

 

「先日……彼は重い病気に罹り」

 

 死んでしまった、とはラヘルは口にしなかった。だが、内容は先ほどまでの会話から察することができる。

 

「ですが……こうして帰ってきて。驚いてしまって逃げ出したんです」

 

 死者が目の前に現れたとなれば驚いてしまうのも仕方がない。絶叫してしまうのもあり得ない反応ではない。

 

「それでオレも慌てて追いかけたんです。……なあ、愛の力だって言ったろ、ラヘル」

 

 エリアスが笑みを浮かべながら言うと、カミラも「素晴らしいですね!」と賞賛した。

 ただ、ガリウスとしては愛の力があった所で人が甦るなどあるかと言いたくなってしまうが、突っ込みを入れられる空気感でもない。何よりカミラが喜ばしそうな表情を見せる中でこんな事を言える勇気は彼にはない。

 

「とは言え、こうして甦ったんだし。夫婦仲良くやっていきますよ。なあ、ラヘル?」

 

 エリアスは細かい事を余り気にしない性格なのか笑い飛ばすように言ってのけた。


「そうね。その方がいいのかも」


 流石にエリアスが甦ったと言うことも徐々に受け入れられつつあるからか、ラヘルの返しに余裕が表れてきている。

 

「ガリウス」

 

 リースに呼ばれて近くに顔を寄せる。

 

「あー……すみません。ちょっと外しますね。直ぐ戻ります」

「俺も……失礼します」

 

 2人が席を立つ事に疑問を覚えたようだがエリアスとラヘルは気にしたようではない。

 

「おい、悪魔じゃねェのか」

 

 家から少し離れた場所でリースがガリウスに確認をする。

 

「わかんねー」

 

 情報が足りなすぎる。

 

「甦った……かどうかはわかんねーけど、まあ戻ってきたって意味でなら本当なんだろうな」

 

 ラヘルが嘘を吐く理由も見当たらない。

 

「悪魔かどうかわかんねえけど、マリエル先生に頼るしかねーのか……」

 

 悪魔の話ができるのはマリエルだけだ。

 自己判断だけでどうにかできるほどガリウスもリースも悪魔に詳しいわけではないのだから。

 何よりも今回に関しては甦ったと言われるエリアスが誰かを害している様には感じられなかった。

 

「……まー、今日のとこは何もわからねーし、何もできねーな」

 

 ガリウスの言葉にリースも舌打ちをするが認めざるを得ない。分からない事だらけなのだ、今回の件は。

 大人しくガリウスとリースは夫婦と2人のいる家に戻る事にした。

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