第39話 護衛・奴隷
学校の案内もガリウスに出来る限りでの範囲が終わり玄関へと向かう。
「ありがとうございました」
カミラの礼に「気にしないでください」とガリウスは言う。実際、恩義を大きく感じられることはしていないのだから。
「あ、我がと……」
玄関で待っていたジョージがようやく現れたガリウスに言おうとした言葉を飲み込む。隣にいるカミラの姿に気がついたからだ。
「こ、これは王女殿下。私はジョージ・シャインです。よ、よろしくお願いします」
プルプルと声が上ずっているのは緊張しているからだ。仕方がない。ただ目上の人でも緊張すると言うのに、この国での最上級に立場が上の者に緊張しないはずもない。
「ジョージさんは彼と友達なのですか?」
チラリとカミラの目がガリウスに向いた。
「は、はい! 私はガリウスの友人でございます!」
では。
カミラは少しばかり申し訳ないと言った顔を見せる。
「すみません、彼を借りてしまって。この後も少しばかり町の案内もしていただこうと思っていたのですが」
カミラの言葉を聞き、ガリウスはリースを見遣る。
「んだよ」
流石に気が付かれるか。
ガリウスは短く息を吐きリースに近づき小声で話しを始める。
「……町はお前のが詳しいだろ。俺がいても意味ねーだろ」
流石に王族と出かけるなどガリウスも息が詰まりそうだ。
「おいおい、ガリウス。お前は王女殿下の好意を無駄にすんのかよォ」
好意。
確かにどんなお願いも好意として捉えねばならないのだろう。現に先ほどのカミラの言葉にジョージも「お気になさらず!」と答えてしまっている。
「はあ」
決まってしまったこと、今更無理だなどと口が裂けても一般市民のガリウスにはいうことはできない。
「カミラ様、私は問題ございませんが……ジョージ・シャインも一緒で構いませんか?」
「ええ、構いませんよ」
カミラは嬉しいのか頬を緩める。
彼女の身分では同年代との関わりが薄かったからだろう。
「そう言えばジョージさんは武術科なんですよね?」
向かう先は商店街。
道中、思い出したようにカミラがジョージに尋ねた。
「は、はい!」
「では、どうして魔法科のガリウスさんと仲が良いのですか? 交流会はあると聞きましたが……もう少し先ですよね?」
武術科と魔法科の交流とは本来活発というほどでもない。あるとするのなら交流会など学校行事などが起点となる。
現在、エーレ総合学院の1年生はイベントの類があるわけではない。
「そ、それは……」
「あー、カミラ様。それは私とジョージ・シャインが幼馴染だからです」
「そ、そう、幼馴染なんです!」
ガリウスの言葉にジョージが同調する。
「幼馴染ですか。と言うと、私とリースのような物でしょうか?」
具体的な関係性はわからないが認識としては間違っていないはずだと考え、ガリウスは「はい」と肯定の意を示す。
「カミラ様……町に行くのはいい、ですが、金銭の類は?」
商店街も目前と言うところでリースが尋ねるとカミラは制服の懐から貨幣が入っているであろう袋を取り出した。
「こちらに。問題はありません」
見た目から考えても相当量の貨幣が入っていると思われる。
ガリウスとしては心臓に悪いところもある。というのも盗まれるのではないかと気が気ではないからだ。
「もらった……!」
カミラの無防備な手から袋を掠め取る見覚えのある子供の姿。
「やらねーよ!」
拳骨を遠慮もなしに子供に向けて振り下ろした。
「いっ〜!!」
盗人少年、ノア。
またしてもガリウスの目の前に現れたのだ。
「よお、クソガキ。久しぶりだな」
「ゲ……」
流石にノアもこてんぱんにやられた男の顔は覚えていたようだ。
「お前んとこの親玉は騎士隊にとっちめられただろーが……懲りねーな」
袋を取り上げながらガリウスが言うと、ノアは鼻で笑って言い返す。
「ここはもともと俺たちだけでやってたんだ。それをアイツらがいきなり上にどっかりと座っただけ。やる事は変わんねぇよ!」
「そうかよ」
苦笑い。
「2度とやんなよ」
ガリウスがノアに言ってやると、彼はベーと舌を出してさっさと走っていってしまう。
「あ、カミラ様」
取り返した彼女の袋をガリウスが手渡す。
「ちょっとだけ外させてもらいます」
案内は重要だが、やらなければならないことが1つ生じた。
「構いませんが……」
一体、何があるのか。
「失礼します」
ガリウスは走り出す。
不穏な気配、殺気というべきか。
それを感じた。
「……っし」
ガリウスの視界にノアの姿が確認できる。
速度を上げてノアを抱えて路地を転がる。
「何すんっ……!」
先程までノアがいた場所の地面が砕けている。
「間に合ったな」
襲ったのは男。
黒髪、衣装は目立つような物ではない。ガリウスはノアの側を離れずにゆっくりと立ち上がり警戒態勢で男を観察する。
黒髪の男が騎士ではない事をガリウスは直感的に理解した。
「……アンタ、コイツを殺す気だったよな」
地面が砕けた様から一目瞭然。
力の込め方に手心がない。
「騎士隊に届けようと思っただけだ。そこの子供はカミラ様から物を盗もうとした。何よりこれからも繰り返すだろう」
男の言葉は尤もだ。正論でしかないが、正論だからと言って男の本心かと言うのなら違うと言える。
「……王女殿下の護衛ってわけか」
行動の理由に、カミラを持ってくるのなら護衛の可能性が高い。
「…………」
ガリウスの考えは当たっている。
男はカミラの護衛の役割を与えられている。だが、騎士ではない。ならば彼は奴隷と考えるのが妥当。
「だとしてもやり過ぎだと思うぞ」
物を盗まれた。
だが、ガリウスが無事に取り返した。余罪があるだとか、これからも窃盗を続けるだとかがあるにしても殺す必要など見当たらない。
「殺すつもりはなかった」
あくまで騎士隊に届けるつもりであったと言う事にしたいのだ。
「信じらんねーよ」
訝しげな視線を黒髪の男に向けながら、ガリウスは背にノアを隠す。
「カミラ様の持ち物が盗まれた云々は解決して終わった話だ。それをアンタはわざわざと追い回して……何がしたい」
忠誠から来る行動とは考えられない。
何が護衛の男を突き動かしたのか。
「……すまなかった。今回のことは謝罪する。全面的に私に非があった」
一息吐き、男はガリウスとノアに向けて頭を下げた。
「私もこの場を去る。それで勘弁してほしい」
男の言葉に噛み付いたのは当事者であるノアだ。
「はーっ!? ふざけんな! お、俺を殺そうとした癖に……!」
謝罪の一言だけ済まされては堪らないのも当然。だが、彼に何かを求めたところで意味がないと言うのはガリウスも気がついている。わざわざ奴隷の行動に詫びようなどと主人は思わない。
「やめとけ」
何かしらの物がなければ許せそうにもないとノアが要求しようとするが、ガリウスが止めた。
「コイツ、多分奴隷だぞ」
ガリウスは推測で話す。
推測だが外れていない。
誰かしらの所有物である彼が何かを持っているなどありはしない。
「金を期待しても無駄だ」
請求した所で意味がない。
むしろ割りを食うだけなのかもしれない。
「くそ! 仕方ねえなぁ」
腹の収まりは悪いが、どうしようもないと言うことはよくわかった。
「いいよ、もう」
敵意を孕んだ目で見ながらノアが男に告げた。許したわけではないがこのままでは何の意味もないだろう。
「ありがとう」
男は顔も見せずに礼を告げて背中を向けて去っていってしまう。
「ああああ! 最悪!」
気に入らない。
襲われて、謝られて。結局何も手に入っていない。ノアが得られたのは不満だけだ。
「終わった事を掘り返して、追ってきたことについては何も聞けてねーな」
何故、先ほどの男がこんな行動をしたのかが、ガリウスも分からない。
「おい、あんま1人で動くなって」
さっさと戻ってしまおうとするノアを送ろうとガリウスは声をかけた。
「何でだよ……」
「また襲われたらどうすんだよ」
ガリウスの言葉に光景が過ぎったのかノアは「仕方ねぇなぁ……」と見栄を張るような態度を見せる。
「ほら、俺も友達待たせてんだ。早く行くぞ」
少しの歳の差。
歩幅はガリウスの方が大きい。ノアが大股で隣に食らいつく。
ガリウスはノアが住処にしている場所に着くと、ひと言だけ言い残しておこうと思い振り返る。
「今後、こんなことがねーように盗みはしねーこったな」
解決策としてはこれが尤もらしいものだが、ノアも普通に生きられるのなら苦労しない。
「無理無理……俺もアイツらもここでこんな生き方しかできないから」
もっと頭が良い方法があったとしてもだ。
彼らに商才があった所で活かせもしない。何を作るのか。何を売るのか。そもそもにして市場に参入できるか、またはどこから仕入れるのか。
考え出せばキリがない。
盗人の彼らに教養はなく、ガリウスも少し知識としてあるだけだ。
「家族もいねえような俺たちが寄り集まって生きてんの」
元手の金がない。
今日生きていくだけで精一杯の彼らが投資など考えるわけもない。
「1を100に増やす方法が分かる訳がない。そりゃ学校にも通えないし、だから誰も教養なんかねぇし」
ガリウスは前世でも今世でも食うに困ったことがない。裕福な家庭に生まれたといえる。
「こんなガキ雇うなんてないだろ? ……かと言って娼館に出すわけにゃいかないし」
この世界で仕事を探すというのは中々に厳しく、何より身寄りがない彼らが勤め先を見つけるなど困難な話だ。
「ま、今度からは相手を選んでやるよ。チョロそうなおっさんとか」
「……騎士隊に突き出した方がよかったか?」
彼らの身の上から考えても。
「え……いやいや! 止めてくれ! そんなんされたら奴隷落ちになるかもしんないじゃん!」
「それもあんのか」
前科あり。
盗みを数十件。今回に関しては王族にも手を出した。となれば奴隷になってしまう可能性も当然存在している。
「あー……ま、気をつけろよ」
「分かってるって!」
ガリウスも前世での倫理観から止めるべきだと思うところもあるが、止めたからと言って彼らの生活を保証できる根拠がない。
「俺はどうすりゃ良かったんだか」
彼らに少しばかりの情があることも確かだが、口出しをできるほどに能力がない。だから無責任な発言も説得も口から出せなかった。
「……ま、戻るか」
もうノアは居なくなってしまったのだから、ガリウスは何もできない。説得も意味を為さないことも理解できている。
ガリウスは彼らに提示できる具体的な解決案を持っていないのだから。
「奴隷落ち、ね」
子供の彼らに責任能力があるのかと思うが、流石に情状酌量に期待しすぎるのも厳しい。この世界は慶悟が生きた
奴隷がいる。
戦争がある。
騎士がいる。
魔法がある。
この世界は根本が違っているのだ。
「……仕方ねーか」
過ぎたことだ。
不安を感じて考え事をしながらガリウスは歩いていたが、気にしすぎても仕方がないと意識の中から追い出そうと頭を軽く横に振る。
「ガリウスー!」
ジョージの呼ぶ声に顔を上げた。
いつの間にかガリウスは大通りに戻っていた。
「こっちだよー!」
彼が立っていたのはレストラン近く。
ガリウスが駆け足気味に近づく。
「カミラ様とリースも入ってるから」
ジョージと一緒に店の中に入るとカミラが気がついたのか「戻ってきましたか」と頬を緩めながら言う。
「すみません、お待たせしてしまいまして」
「いえ、こちらこそ勝手に移動してしまいましたし」
席に座ってください、とカミラが2人に告げる。ほぼ同時にジョージとガリウスが椅子を引いて座り込む。
「リース、何かおすすめはありますか?」
カミラがコテンと首を傾げた。
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