第38話 王女殿下
「……クソ、何で俺がこんな事を」
リースは珍しく朝から制服を着ていた。
本来ならば学校に行きたいとは思わないのだが、行く必要というものが生じた。
「リース……学校にはまだ着かないんですか?」
薄紫の髪の少女がリースに尋ねる。
「もう少し待ってくれ……下さい」
身分の上ではリース以上の立場の彼女に使い慣れない敬語を使っている。
こんな所を知り合いに見られては困るが、基本的に話すような知り合いも滅多にいない。家族ならば問題はないだろうが学校に向かう途中で家族がいるはずもない。
「お、リース! 学校来たんだな」
話しかけてくる同年代の相手。
この場合は決まりきっていて、制服を着ていることからも誰かは一瞬で特定できる。
「……死ね」
近づいてくるガリウスに悪態を吐く。
「相変わらずだな、お前……」
流石にガリウスもリースの態度には慣れてきている。あれも挨拶と思っていい。何せ会う度に言われるのだから。
「それで……そちらは、見覚えあるんだけど」
リースの隣に立っている少女に視線を向けてガリウスは恐る恐ると言った様子だ。
「有名人だからな」
やはりか。
だが、なぜ。
「なら、なーんでお前が王女殿下と一緒にいるんだよ……!」
どう言った関係か。
ガリウスの記憶が正しければ彼女は王族のはずだ。
「知り合いだからだ」
「マジで言ってんのかよ」
ガリウスは信じられないと思ってリースを見ているが、この男が制服を着て学校に来ている段階でこの話はおかしなことではないと気がつく。
「で、何で王女殿下が……?」
「それが」
リースは説明しようとして止められる。
「それは私も13歳で学校に入ることにしたからです」
言葉を見失った。
王族なのだから家庭教師がつくだとかと他の一般人とは違った待遇もあるはずだと言うのに。
「私は第4王女カミラ・テレジア・フォン・フレイン。貴方はリースの友人ですか?」
先程はリースに聞いたつもりだったのだが答えたのがカミラであったためにガリウスは申し訳なさを覚えて膝をつく。
「も、申し訳ございません、王女殿下」
一生関わることはないと思っていたのにと内心で焦りながら対応をする。前世で考えても皇族などと関わることはあり得ないと思っていたのに。
「いえ問題ありません。あの、それよりも」
「はい!
膝をついたままの状態で言うとリースに蹴り飛ばされる。
「痛ったー!? お、おまっ。何しやがる!」
ガリウスは蹴り飛ばされた場所から立ちあがろうとしてリースに両頬をがっちりと右手で掴まれる。
「友達だァ?」
「いやいや、気にすんなよ! いいだろ、別に。口だけなんだから!」
2人が言い合えば後ろでカミラはクスクスと笑う。
「仲がいいんですね」
これにどう言おう物か。
ガリウスとリースは互いに口を閉じた。
「おい、てかお前。いつもの金魚の
「金魚の
「知らねーよ、いつも一緒にいる武術科のアレだ」
「……いや、俺寝坊してな?」
遅刻させてしまうのも忍びないとユリアが先に行くように言ったために今日は1人なのだ。
「寝坊って……ガキかよ」
13歳は立派に子供だと思うが、ガリウスは話の流れで言わないようにする。
「つーか……リース、お前も急がないと遅刻すんぞ」
立ち上がりな砂埃を払い落としながらガリウスが注意した。
「まー、お前は気にしねー……うぉっ!?」
ガリウスが言い終える直前に、カミラは「遅刻はダメです!」とリースとガリウスの制服の袖を引き突然に走り始めた。
放課後になりガリウスが玄関に向かうために廊下を歩いていると正面からリースとカミラがやってくる。
「……ガリウス、学校案内しろ」
リースが学校の案内をカミラに頼まれたのだが、たった1度か2度学校に来ただけのリースが誰かを案内できるほどに知識があるはずもない。当然のように行き詰まり、取り敢えずと玄関近くに来たのだ。
「別にいいんだけどよ……カミラ様はそれでよろしいですか?」
正しい言葉遣いかは分からないが取り敢えずは形だけでもと取り繕う。
「ええ、構いません」
カミラからの許可も下りた訳だがガリウスとて学校の全容を把握しているわけではない。普段、学校生活を送る上で必要がある場所以外は教えることができない。あとは魔法実験室くらいのものか。
「分かりました……って言っても私も最低限なんですがね」
あまり期待されてしまっても困る。
「使えねェな」
「学校来てないお前には言われたくねー」
辛辣な物言いのリースに対してガリウスも同じような態度で言い返す。
「それでまずは何処へ?」
「あー……じゃあまずは職員室に」
どのあたりかは既にわかっていると思うが一応、案内という事で紹介しておいても問題がないだろう。
「……おい、リース」
「ああ?」
「そう言えばカミラ様ってどのクラスなんだ?」
ガリウスのクラスではないことは確実。
ならば後は3つのクラスになる。
「俺と同じ4組だ」
「……そうか」
イェルクのクラスだとわかったが、これ以上何を話すべきか。
「2人だけで何を話しているのですか?」
カミラに質問されてガリウスが答える。
「いや、リースとカミラ様が同じクラスなのだという話を」
「ええ、そうなんです」
顔を綻ばせカミラは言う。
「学校……と言う場所には期待もありましたが、やはり不安もあったことは事実。リースのお陰でこれからも楽しそうです」
ガリウスがチラリとリースへと視線を向けると、彼は面倒だと言うような顔をしている。
「ところでカミラ様はなぜ魔法科に?」
教養に関してならば他にも手段はあったはずだ。学校に通うにしてもなぜ魔法科に。
「それは……同年代の人と青春を送りたいと言う単なる私の我儘からです。魔法科を選んだのは、武術科でやっていけるほど体力は多くないからですね」
権力は時に自由を奪う枷になる。
人を支配する、国を維持する。これらに気を配らなければならないのだ。子供も自由ではいられない。
「……なあ、リース。カミラ様って魔法はどれくらいなんだ?」
小声でリースに尋ねる。
「さァな……お前より上なのは確実だ」
リースは馬鹿にするように笑った。
色々と言い返したくもなるが、王女殿下の手前でやるような事ではないと思い直し、深呼吸。
「ここが職員室です。2人の担任のイェルク先生は……まあ、あんまりここにはいないそうですけど」
職員室の前に着くとガリウスは振り返り、カミラに紹介する。
「ガリガリくんだ〜! 今日も会えたね」
職員室の前に居たためにマリエルに見つかるのは仕方がない。
「こんにちは、マリエル先生」
疲れたような顔をしてガリウスが挨拶をすると、マリエルは楽しそうに「うん」と返す。
「そちらは?」
ガリウスの後ろにいる2人にも意識が向いた。
「あ……失礼しました。魔法科1年1組担当教諭、マリエル・レーヴェ。よろしくお願い申し上げます、カミラ女王殿下」
深々と敬礼を取るマリエルにガリウスは普段との差異を感じていた。やはりカミラは特別に身分が高いのだと実感する。
「こちらこそ、マリエル先生」
カミラへの挨拶を終えると、マリエルはささとガリウスの側にやってきて息を感じるほどの距離で「粗相がないようにね」と囁く。
「今日はちょっと、ね」
マリエルも流石にカミラに案内を頼まれたガリウスを邪魔するつもりにはなれなかったのか職員室の中へと戻っていった。
王女殿下に護衛がいない筈がない。
ガリウスは予測を巡らせる。流石に目につく範囲には居ない。きっと彼女の青春を出来る限りに妨害しないためか。
ただ、同年代のリースに護衛役が務まるかと聞かれたなら、不安ばかりだ。この不安というものはガリウスとしてではなくカミラの家族としてだ。
「…………」
実際にどの辺りにいるだろうか、と注意を配る。
「おい、どこ向かってんだ」
リースに尋ねられてガリウスは周囲への注意を止める。
「あー……魔法実験室?」
食堂の位置は2人も流石に理解している。後、ガリウスが案内できそうな場所と言われると魔法実験室と指導室だが、まだ魔法実験室の方が本来の学生には馴染み深いだろう。
「そこにイェルク先生もいると思う」
放課後だが、恐らくは。
リースは若干、どころか隠す素振りすら見えないほどに顔を歪めたがガリウスは気にしないことにする。
特に教師が集まる放課後に入って直ぐの今頃ほどイェルクは苦手にしている筈だ。
「失礼します」
ノックを3回。
「チェイン!」
扉を開いた瞬間にガリウスの足を鎖が捉えた。
「あの、イェルク先生……俺です、ガリウスです」
「何だ、君か。僕がこの教室にいるのを分かったと思うが入り浸るとかはやめてくれよ」
ガリウスが魔法実験室に来たのは今回で2度目だが今後の可能性を危惧してかイェルクが注意する。
「それで何かな?」
用件は手っ取り早く解決しよう。
「学校案内ですよ……カミラ様の」
「……そうか。特に見るようもない教室だからさっさと次に行ってほしい。ほら、例えば図書館なんかが良い」
イェルクは人が苦手な為にさっさと話を済ませてしまおうとガリウスに案内先を伝える。
「イェルク先生」
ひょこりとカミラがガリウスの後ろから顔を出す。
「こ、これはこれはカミラ様。こんな薄暗くてカビ臭いところは王女殿下には似合いませんので……」
パッとガリウスを縛り付けていた鎖が消える。魔法を解除したからだ。
イェルクは小さな体をワタワタと動かしてカミラを連れて行くようにとガリウスに視線を向ける。
「あ、これは家で見たことがあります!」
カミラは何かを見つけたのかトタトタと棚のある方へと向かう。
「これです、これ!」
彼女が指差したのは透明な水晶玉だ。
綺麗な球形をしている。
「ああ、それは魔力水晶と言う自分の得意属性を調べる物ですね」
流石にここまで来てはイェルクとしても無碍に追い出すわけにもいかない。カミラの方へと近づきながら説明する。
「学校の備品ですので扱いに気を付けてください」
イェルクが言ったのを聞きガリウスはこっそりと質問する。
「あの、因みに……あれって幾らしますか?」
一般市民として気になるところだ。
安ければ雑に扱うというわけでもないが、高価であるのならその分だけ丁寧に扱おうとも思うのが当然だ。
「そう、だねぇ。あの魔力水晶だと金貨20枚くらいかな」
「にっ……!?」
学生の手には負えないほどの高額な物。
「あの、少し使ってみてもよろしいですか?」
「はい、問題ありませんよ」
ガリウスは自分が使うわけでもないというのに心臓がバクバクと鳴るのを感じていた。
「ガリウスくんも使ってみるかい?」
「いや……遠慮しときます」
どんな魔法も得意も苦手も関係などあるものかという気持ちと、壊すなどということは万が一にでもあってはならないという思いも片隅に存在している。
「えーと、では」
水晶の使い方は簡単だ。
手を翳すだけ。得意属性がたったこれだけで判別可能だ。反応は水晶の中に起きる。火ならば小さな火が起き、風ならば小さな風が発生する。
「これは……水、ですね」
イェルクが結果を見て呟く。
水晶の中には水玉が生じていた。
「分かってましたが……やはり面白いですね」
水晶の反応を見るのは。
「リースもやってみてください!」
興味なさげにそっぽを向いていたリースの右手を引いて無理矢理に水晶に手を翳させる。水は消えて小さな火が現れる。
「これで大丈夫……ですか、カミラ様」
慣れない敬語でリースが尋ねれば楽しげにカミラが笑った。
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