第37話 騎士隊副隊長シルバー・ギレン

「ガリウス・ガスターだね、はじめまして。俺はシルバー・ギレン」

 

 黒色の服を着たダークグレーの髪の男がレストランで待っていた。

 

「リースは……やっぱいないか」

 

 シルバーのいる席の近くにはリースの姿はなく、ジョージが座っていた。

 

「断られたよ」

 

 シルバーは失笑して答えた。

 

「そうですか」

 

 ガリウスはシルバーからジョージへと視線を移して挨拶をする。

 

「よ、ジョージ」

「うん、おはようガリウス」

 

 素に戻った受け答え。

 見知らぬ大人がいるからというのもあるのだろう。

 

「ドミニクさん、おはようございます」

 

 シルバーはジョージとガリウスが挨拶を交わしているうちにドミニクに言う。

 

「おう」

 

 ドミニクはシルバーの横に座った。

 ガリウスはジョージの横に。

 4人が席についた事を確認してシルバーは話し始める。

 

「さて、まずは……申し訳ございませんでした」

 

 シルバーが頭を下げた。

 謝罪をされるのはガリウスも分かっていた。今回、食事にと呼ばれたのはお詫びのつもりなのだから仕方がない。

 

「度重なる騎士の失礼をお詫びします」

 

 やめてほしい、とガリウスには言い難い。

 こうして頭を下げるのは大人としてしなければならない事で、これが誠意という物なのだから。

 

「あー……ありがとうございます?」

 

 取り敢えず対応に困りガリウスが感謝を述べると、シルバーは顔を上げた。

 

「ははは、まさか礼を言われるとは。まあ、本当にすまなかったね。ジョージくんも」

「あ、え、えーと……大丈夫です」

 

 シルバーも謝罪をした事で雰囲気も変わる。先程は実に厳しい大人の空気を感じさせていたものが、少しばかり緩む。

 

「おい、シルバー。俺への謝罪は?」

 

 ドミニクが半目で見ると彼は笑って返す。

 

「いやいや、何遍も謝罪したじゃないですか。勘弁してくださいよ」

 

 立場としては剣術指南役は副隊長よりも低いが、以前までドミニクが隊長であった事も関係してかシルバーは敬意を持って話をする。

 

「冗談だ」

「はー……隊長は……って今は指南役でしたね」

 

 ドミニクが隊長であった時の癖は中々抜けず、シルバーは今でも時々呼び間違えてしまう。

 

「それよりもエーレに通ってるんだろ、2人とも。なら、ジークフリートは知ってる?」

「ジークフリート先生ですか?」

 

 ジョージの口振りにシルバーは楽しそうに頬を緩めた。

 

「そうそう! ジークフリート先生! てことはあれかな。アイツは君たちの担任なのかな?」

 

 この話し方から、シルバーはジークフリートの知り合いなのだろうとガリウスにも分かった。

 

「……ウチのは魔法科だ」

 

 ドミニクがシルバーの言葉に訂正を入れる。

 

「魔法科……ドミニクさんの息子が」

 

 まじまじとガリウスを見つめる。

 目には純粋な興味が見える。

 

「どうして武術科じゃなかったんだい?」

 

 ガリウスは困ったような表情を見せる。騎士に対してどう答えれば良いのか。

 

「それは……」

 

 剣が嫌いだから。

 サイモンの時は答えられた物が口から出せない。それは単純に相手が現役の騎士だからという物だけでなく、ジョージがいる事も問題なのだ。

 

「いいだろ、別に」

 

 ドミニクがシルバーの追求を避けるように話を打ち切った。

 彼は睨むようにシルバーを見ていた。

 

「それより、飯を早くしろ。そのために俺とガリウスは来てんだよ」

「分かりましたよ」

 

 やれやれとシルバーは店員を呼ぶ。




 店員に注文を伝え終えてまた4人だけになる。

 

「ジョージくん、ジークフリートは君の担任で合ってるかな?」

 

 推測を確かにするためにシルバーは料理が届くまでの間にと、また話をし始める。

 

「はい、そうです」

「ははは! 何回聞いてもアイツが教師とか似合わないな」

 

 シルバーの記憶の中のジークフリートが教師をしている姿が重ならない。

 

「でも、強いですし……」

 

 憧れるには充分なほどに。

 教師になれるだけの実力があるのは確かなのだ。

 

「強いのは認めるよ、俺も。でもアイツは強すぎるんだよ。天才ってやつだ」

 

 副隊長にまでなったシルバーが手放しで褒め称えるほどの剣の才能、戦いの才覚。

 どれほどの物かは完全な理解とは程遠いが尋常ではない。

 

「あれは戦争の中で輝く星。所謂、英雄ってのが近いんじゃないかな」

 

 騎士からも英雄と呼ばれるほどに一目置かれるジークフリートがどうして教師になったのか。

 

「なんで教師になったのかな。そこら辺、ドミニクさんは聞いてませんか?」

「……知らねーな」

 

 話を振られたドミニクは表情を変えずにシルバーの質問に答える。

 

「…………」

 

 強い、というのはわかる。

 ガリウスも目の前で見ていたのだから。

 

「……あの、シルバーさん」

「どうした、ガリウスくん」

「シルバーさんは随分とジークフリート先生のこと知ってるみたいですけど……どう言った関係なんですか?」

 

 だが、シルバーのジークフリートに対する興味は強さというだけでは片付かないような気がする。

 

「ああ。友人だよ、友人。一緒に戦ったね」

 

 青春を思い出すようにシルバーがふと視線を上げた。

 

「まあ、今は全然会わないけどね」

 

 仕事として会う事も少ない。

 仕方がないこととは言えシルバーとしては寂しさもある。

 

「折角、生き残った2人だけの友人なのにな」

 

 他の者はどうなってしまったのかは想像に難くない。

 

「て言っても、ジークフリートは知らないのか。アイツが騎士隊抜けてから死んだ奴もいるし」

 

 既に慣れきってしまっているのかシルバーは平然と人が死んだという事を話す。不謹慎だと感じる機能も麻痺してしまっているのか。

 

「シルバー……場所を考えろ。ここは騎士駐屯地じゃねーんだぞ」

 

 ドミニクが注意すれば「おっと、失礼」とおどけた調子で言った。

 

「お待たせしました」

 

 タイミングよく注文した料理が届く。ビーフステーキと根菜のスープ、固めのパンが人数分。

 見た目としては学校の食堂のメニューが少し豪華になった程度か。

 

「お、来たね」

 

 シルバーがニコニコと料理が配置されるのを待つ。4人分のメニューを1度に運ぶのは不可能なのは当然だ。

 忙しなく店員が動いている。

 

「じゃ、今日はガリウスくんとジョージくんへのお詫びってことで。遠慮せずに食べちゃって」

 

 全員分の料理が運ばれた事を確認してシルバーが言う。

 

「ありがとうございます」

 

 ガリウスとジョージはお礼を言ってほぼ同時に肉へと手をつける。

 

「あ、ドミニクさんって俺が払う必要ってありますかね?」

「払えよ。謝られただけじゃ納得しねーぞ」

 

 ドミニクが高圧的な態度でシルバーに言う。

 

「分かってますよぅ」

「え、マジか」

「何ですか、その反応」

「いや、何でもねーよ」

 

 言ってみるものだ。

 ドミニクは横に視線を外す。

 ガリウスは一瞬だけドミニクに視線を向けたが直ぐに手元に戻し、パンを千切ってスープに浸し口の中に放り込む。




 奴隷。

 騎士隊の中では元奴隷によって組織される部隊もある。綺麗事ばかりが通るわけではなく、戦力として奴隷を利用することは仕方ないと言う点がある。

 

「商人さん」

 

 シルバーは食事を終えて3人と分かれて帰る前に奴隷商人を見つけて話しかける。

 

「……おや、またですか」

「ははは、またですよ。人材も無限じゃないですし……奴隷だって有用なんです」

 

 持て余しているのなら騎士隊にと思うくらいに戦争は人的資源を消費してしまう。

 

「それに、奴隷の中には勿体ないくらい良いのがいますしね」

 

 檻の中に閉じ込められた薄汚い者たち。

 シルバーは品定めをするようにみる。

 

「国の為って言ったらタダで貰えませんかねぇ」

「いやいや、やめて下さいよ。私は商人で売るのが仕事、そこに国だとかを持ち出されても靡きませんよ」

「分かってますって。……じゃあ、今回もできれば身体の欠損がなく、病気持ちではない健康なモノを何個か」

 

 粗悪な品では金の無駄。

 勿体ないと金を出すのを渋っては何の役にも立たない様な置物が増えるだけ。

 

「性別は?」

「できれば男で年が15を超えたモノが好ましいですが……」

 

 だが、女の中でも才能があるものもいる。好ましいと言うのは可能性を潰したくはないからだ。

 

「……15歳以上の男女、健康体であるモノでリストアップを」

 

 シルバーが告げれば奴隷商人は該当する奴隷のリストを見せる。

 

「獣人族がいるんですね……!」

 

 シルバーはリストを見て驚く。

 獣人族は優れた身体能力を有する事が殆どで騎士隊としては是非とも確保しておきたいものだ。

 弱点としては彼らの保有する魔力が少ないと言うモノが挙げられるが、身体能力の高さを考えれば些細な事だ。

 

「女で15歳……まあ、ギリギリですけど獣人族なら大丈夫ですね」

 

 それとめぼしい奴隷をいくつか。

 

「じゃあ、この子は決定なんですけど……あとは実物を見せてもらいたいんですが」

 

 獣人族も見ておきたい。

 他の奴隷も。

 

「いつも通りナイフを1本、用意して下さい」

 

 確かめなければ。

 どれほどに有用か。

 

「……殺さないでくださいよ?」

「あはは、その時はちゃんとお金払いますよ」

 

 シルバーは笑いながら商人に促し、準備が終わるのを待つ。

 

「……ま、仕方ないだろ」

 

 ジークフリートの姿を思い浮かべるが、シルバーはすぐに考えるのをやめた。

 仕方ない。

 こうするのも戦争の為だ、国の為だ。

 

「こっちに来て下さい、準備が終わりましたよ」

「はーい」

 

 呼ばれて店の奥に入る。

 数々の奴隷が暗い瞳を投げてくる。

 腕がないモノ、咳をするモノ。

 だが、シルバーは興味もない。彼らを買う気など微塵もないのだから。

 

「こちらですね……獣人族の娘、アネット」

 

 土埃に塗れて汚れている。だが、見た目は悪くない。貴族が見れば性の捌け口として買っていたかもしれないが、獣人族にそれはもったいない。

 髪色は薄い桃色、長さは肩ほどまで。

 

「耳を見ればわかるでしょうが、狼人族という奴ですね」

「檻を開けて、鎖を解いて下さい」

 

 シルバーは早速というように商人に言う。

 

「檻を開けるまでは構いませんが、鎖は自分でお願いしますよ」

 

 商人も死にたくはない。

 鎖を解いた瞬間にと言うのもあるかもしれない。アネットの枷を外すための鍵をナイフと一緒にシルバーに手渡す。

 

「どうぞ」

 

 檻が開いた。

 突然のことに戸惑っているようだがシルバーは気にしない。鍵を差し込み枷を外す。これで彼女は自由だ。

 とは言え、本当に自由になるにはシルバーを殺し、商人を殺さねばならない訳だが。

 

「アネットと言ったかな」

 

 カランカランとナイフがアネットの足下に転がってくる。どう言うつもりかとシルバーを見上げた。

 

「それで俺を殺してみせろ」

 

 シルバーはクイクイと手招きをする。

 檻から放たれたアネットの目は肉食獣の様に鋭く、獰猛であった。

 獣人であるのだから当然か。

 優れて身体能力から繰り出されたナイフによる刺突は真っ直ぐにシルバーに向かう。

 

「…………っ!」

 

 だがシルバーは慌てる様子もなく伸び切ったアネットの右手首を掴む。

 さて、彼女はこの後どうするか。

 シルバーは彼女の実力を確かめるだけだ。

 

「お?」

 

 グルン。

 アネットの尻尾がシルバーの視界を覆った。

 そして彼女の手首を掴んでいた左手が外れた。アネットが後方に宙返りをしたためだ。


「おお……!」


 流れるように強靭な脚力による蹴りをシルバーに入れようとするが、騎士隊副隊長のシルバーも馬鹿正直に受けるつもりはない。

 腕を組みアネットの攻撃を防御する。

 

「流石だな」

 

 ビリビリと痺れるような痛みがシルバーの腕に走った。まともに頭に喰らってしまえば気絶は免れなかったか。もしかすれば死もあり得た。

 

「…………」

 

 鎖が外れている。

 現在、アネットを物理的に縛るものはない。目の前の男はタダでは殺せないというのはアネットでも理解できる。実力が高い。ならば、奴隷商人を狙えばこの男の隙ができるのではないか。

 アネットは構えを取る。

 獲物を仕留めるために。

 中段、ナイフは逆手で腰の辺り。

 殺意は隠れもせずに溢れている。

 

「……ははっ、いいな」

 

 是非に騎士として欲しい。

 先程の対応も悪くない。ナイフが振るえない状態でも振り解こうとする意思と咄嗟の判断力。

 感心も束の間、僅かな焦りが生まれた。

 

「ぁああああああっっっ!!!!」

 

 叫びながらアネットは一直線に商人へと向かって走り出す。


「マジか!」


 予想外だった。

 まさか奴隷商人が狙われるとは。

 

「ひっ!?」

 

 恐怖から声が漏れる。

 ナイフを持った少女が明確な殺意を持って迫ってくるのは恐怖以外の何物でもない。

 

「おっとぉ……!」

 

 メリメリメリッ!

 

「ごっ……ひゅ」

 

 横からアネットを超える速度でシルバーがかっ飛び横っ腹に膝蹴りを入れる。とてつもない速度でアネットの身体が吹き飛び背中から檻にぶつかった。

 

「あ、ぐっ……はっ、はっ……」

 

 アネットの口の横から唾が漏れる。

 魚のように口をハクハクと動かし必死に肺に空気を取り込もうとする。

 

「いやー、悪かったね商人。ま、この子は買いだ。良い騎士になるよ」

 

 シルバーは動かないアネットに枷を戻す。

 

「もうちょっと他の奴隷も見たいから、アネットは一旦檻に戻しておくよ」

 

 横たわったままのアネットの胸の中心辺りを力強く檻の中に蹴り飛ばすと同時に、意識を奪う。

 

「……し、死んでないですよね?」

 

 自分の身が危険に晒されたと言うのに、商品の無事も心配なのは流石に商人と言うべきか。

 

「獣人がこれくらいで死ぬかよ。人間よりよっぽど頑丈だよ、コイツは」

 

 気絶して動かないアネットを見ながら不安そうな顔をする彼とは目も合わせずに店の奥へと進んでいく。

 

「それにしても……最初に獣人を見ちゃったのは失敗だったかな」

「失敗?」

 

 何のことだか商人にはわからないようだ。

 

「だって、この後の奴隷は大抵見劣りするだろ?」

 

 人間の奴隷ではこれ程のモノはまず居ない。奴隷に対するハードルが上がってしまっている。普段ならば満足できるモノを、足りないと思ってしまうかもしれない。

 

「あーあ、彼女は最後に見るべきだったか」


 後悔の言葉を天井を見ながら呟いた。

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