第36話 その後
翌日、昼休みになった瞬間に勢いよく教室の扉が開かれた。
「ガリウス!」
突然に武術科の生徒が現れたものだからクラスは困惑状態となる。名前を呼ばれたガリウスはまた求めてもいない視線に晒される羽目になるのだ。
「……カレンさんねぇ」
困ったような顔をしてガリウスは教室の外に出る。
「身体は大丈夫なの!?」
ペタペタとカレンはガリウスの身体をまさぐり、安全を確かめる。
「ちょ、やめ、やめろ」
「痛いところとかない!?」
他の生徒がいる前で女子に触られることも色々と問題だとは思うが、なによりもくすぐったい。
「問題ないから、な? だからやめてくれ」
ガリウスが彼女の両肩を掴んで説得すると、彼女はホッと息を吐いた。
「それで、カレンさんは俺の安否を確認するためにわざわざ教室まで?」
「それもあるけど、もう1個相談したい事があって」
相談。
何のことか分からないが、まあ聞いてみようか。ガリウスは「どうした?」と話を促す。
「今日、ディアナが学校に来てなくて」
カレンが抱える不安はこのことだ。
昨日の事件をディアナは引きずってしまうのかもしれない。今、学校に来ていない理由は罪悪感を覚えてなのか。
「昼食が1人で寂しい、と……」
「それもあるけど、やっぱり……その、友達なんだし」
心配になるのも仕方ない。
カレンにとって大切な友達なのだ。
「……会って話をしたいの」
でなければ気にしてしまうのはカレンも同じだ。ディアナがカレンに合わせる顔がないと思うのは個人の考え方としてガリウスは否定しないが、カレンは前に進もうと思っているようだ。
「……何で俺?」
クラスが違う、科が違う。
関わりなどカレンの方が断然深いはずだ。相談されたとしても彼女以上の適切な答えなど出せる気がしない。
「……一緒に来て欲しい」
「はあ?」
「昨日、一緒にいたのにあなた気絶してたし、マリエル先生には帰らせられるし……。昨日の件を含めて色々と話したいし」
「あー」
どうも申し訳ない。
あの後すぐに目を覚ましたらしい、とは流石にガリウスも言えなかった。彼女が責める事はないと考えられても、ガリウスの精神的に言う事は憚られた。
「んー……分かった」
特に帰ったところでいつも通りに訓練が待っているだけ。時間は作ろうと思えば作れる。何より2人の関係が修復されないままではガリウスとしても気掛かりになる。
悪魔とは実に厄介な存在だ。
人間の精神を掻き乱していく。
「ありがとうね」
「……今のやりとりで感謝される覚えがねーんだけど」
理由がよく分からない感謝にガリウスは戸惑う。これは何に対してのありがとうなのか。ディアナの所へ一緒に行くことに関しての礼であるのならおかしな話だ。
「諸々の事のお礼よ」
「諸々、ね。じゃあ、昨日のお礼もこれに入るという事で?」
カレンは確かにあの時に言ったのだが、本人の意識がなかったならノーカウントだ。
「そう言うこと」
彼女はフワリと笑う。
「そうだ、ガリウス。これから食堂行くでしょ?」
カレンはガリウスの顔を覗き込む。
「あー……うん。まー、そりゃあ」
様々な感情の篭った視線をぶつけられる教室から出てガリウスがゆっくりと歩き始めると、カレンは横に並ぶ。
「一緒に食べよう。ほら、ジョージも待ってるかも」
「カレンさんよぉ……これも込みで来ただろ」
ガリウスが半目で彼女を見るが気にした素振りもない。いつも通りと平然としている。
*
夢は見なくなった。
昨日の夜は連夜続いたカレンの夢を見なくなり寂寥感を覚えながらも、これで良かったのだとディアナは思った。
けれど、思い出してしまうのはカレンに欲望をぶつけてしまった事だ。夢の中でさえあんな事をしてしまった事に後ろめたい気持ちがあったと言うのに、現実でも。
「…………」
家の中に閉じこもってカレンから逃げ出したなら、いつかはきっと忘れてくれるだろうか。あんなことがあって今更友達などと言うのも烏滸がましい。彼女への恋慕を抱いたままだと言うのに友達を名乗るのか。
「良かった……はずなんだ」
こうするのが正解だった。
これで自分が我慢すれば済む話なのだ。劣情を抱いた自身が彼女と会わなければ収まるのだ。
ベッドの上で膝を抱えてうずくまる。
「カレン……」
名前を呼んでしまう。
会いたいが会うわけにはいかない彼女の名前を。
「ディアナー! いるー!?」
呼び声に答えたかのようなタイミングで玄関からカレンの声が響いた。
「あ、な、んで」
来てしまったのか。
忘れようと思っていたのに。彼女の中から少しでも消えられたら良かったのに。
「ダメ……来ないで」
どう願ってもカレンは来るだろう。
どれだけ止めても無理だろう。姿を見せる事はできない。親も今は家にいない。父は騎士隊で母は服屋で働いている。今、この家にいるのはディアナだけだ。
「おいおい……勝手に入っていいのか?」
ガリウスは呆れたようにカレンに尋ねるが、気にせずに家の中をズンズンと進む。前世の記憶があるガリウスからすればこうして許可も取らずに家に上がる事に躊躇いがある。
「家は間違いないし。それにこうしなきゃディアナとは会えないもの。仕方ないわよ」
「……マジかー。つっても、俺も上がっちまった手前あんま言えねーか」
1つ1つの部屋を開けてカレンはディアナの部屋へと少しずつ近づいてくる。
「こ、来ないで!」
カレンがディアナのいる部屋の扉に触れようとした瞬間、ディアナは勇気を振り絞って叫んだ。
「……ディアナ。やっぱり居たのね」
「…………」
返答がない。
仕方ないだろう。ディアナの心情を考えれば話をすることにすら臆病になるのも理解できない事はない。
「なあ、ディアナさん。アンタはカレンを傷つけたくないと思って学校に来なかったって認識でいいのか?」
答えは返ってこない。
いや、沈黙だからこそか。
伝わってしまうものがある。
「……カレンさんはアンタに会いに来たぞ」
ならば傷つけるも何もあったものではない。
問題があるとするのなら、自罰という言葉で逃げ道を作ったディアナの側だ。
「だからこれはもうアンタ次第なんだ、ディアナさん」
ガチャリ。
「え、ちょ!? カレンさん、早くない!?」
ディアナの答えなど聞かずにカレンは扉を開いた。
「どうせこうするじゃない?」
「いや、もっとなんだ……こうなぁ」
ガリウスとしてもここはもう少しだけ間があると思っていた。だが、カレンには躊躇いなどなく、ディアナの気持ちの整理も待たずに扉を開けてしまったのだ。
「ディアナ、こんにちは」
「あー……ディアナさん。お邪魔してます」
会いたくなかったはずなのに、こうしてまた顔を合わせる事ができた事に涙が溢れてしまう。
「何で……」
ベッドの上で小さくうずくまる彼女にカレンは当たり前のように告げる。
「友達だから」
そして、ディアナの身体を抱きしめた。
*
ディアナはまた学校に来ると言った。
ガリウスに出来ることなどもうない。後はディアナとカレン次第なのだから。
胸を撫で下ろして彼は帰路につく。
「ただいまー、親父、母さん」
自宅の扉を開けながら帰宅の挨拶をする。
やれ、訓練だ。
学校帰りで疲れもある。明日が休日なのだからとドミニクも週末は少しだけ訓練厳しくなって居るようにも感じる。
「お、帰ったか」
「おかえりなさい」
騎士隊の仕事は終わったのか既にドミニクは椅子に座りガリウスの帰りを待っていた。
「帰ったよ。……で」
ドミニクがガリウスの方へと視線を向ける。
「今日もやるんだろ?」
日課になりつつある事に溜息を吐きながら確認をする。
「あー……まあ、そうなんだが。その前にちょっと話をいいか?」
何の話かとガリウスが疑問に思い「いいけど、なんだよ」と続きを話すように言いながら、ドミニクの正面に位置取るように席に着く。
「ガリウス、明日は予定が入ってるか?」
一先ず、確認がされた。
「別に入ってねーけど。もしかして、予定入ってたら訓練無しにしてくれんの?」
冗談のように彼が尋ねればドミニクは少しだけ考えるような顔をした。
「あー……ま、その時は考えるな。その時は、な」
この反応を鑑みるに、予定が入ったとしても基本的に無しにはならないという事か。
残念だ。
「まあ、予定について聞いたのはちょっと明日、お前と出かけようと思ってな」
出かける、と言われて騎士との打ち合いをまたさせられるのかとガリウスは考えてしまう。
「……大丈夫なのか、それって」
「あー……大丈夫だろ。騎士隊副隊長がお詫びだと。変な事にはならんだろ」
「は? お詫び?」
副隊長と随分な役職が一介の学生であるガリウスにお詫びとは何事だ。
「ほら、コルネリアの件とヘルゲってやつの件でだな。お前巻き込まれたじゃねーか」
確かにあった。
「……あー」
どちらも騎士隊絡みの事件だった。
だが処理に関してはどちらも騎士の預かりとなり、ガリウスが口を挟めなくなった物だ。
「でも、その件は騎士隊で片付けたんだろ?」
なら、これ以上何があるというのか。
「片付いたからこそ、お前への詫びってやつだ」
コルネリアの事に関しては、あの場にいたのはジョージとリース。ヘルゲの事件の時もジョージがいた。
「なら、ジョージとリースも呼ばなきゃおかしくないか?」
巻き込まれたと言う点ではジョージとリースもだ。
「……まあ、そっちも話が出てるらしい。答えるかどうかは別だけどな。んで、内容っつーのが食事の誘いだ」
ドミニクが聞いたのはこの程度だ。
「別に行きたくなければ行かなくても良いが……」
「いや、行くだろ。向こうが折角都合つけて誘ってくれてんだし」
これで断るのも失礼というもの。
「……ま、そうか」
ドミニクとしてもガリウスが誘いに応えるというのは何となく理解していた。
「ユリア、明日出かけるな」
ドミニクが決まった予定をユリアに報告する。
「分かってるわよ」
彼女も話を聞いていたのだから分かって当然だ。
「ガリウス」
ユリアに名前を呼ばれて隣に顔を向ける。
「ん?」
「パパがいるから大丈夫とは思うけど、明日は気をつけてね」
彼女の言葉にガリウスは素直に頷いた。
「あ、うん」
これでしなければならない話も終わりだ。スクリとドミニクが立ち上がった。
「よし、ガリウス! やるぞ!」
「へいへーい」
嫌な顔をしながらもドミニクの背中を追って外に出た。
夜空は星の煌めきがよく見えるほどにこの世界の空は澄んでいる。
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