第33話 悪い予感

 今日のメニューは鶏肉のステーキと根菜がたっぷりと入ったスープ、いつも通りに硬めのパンだ。

 ガリウスは早速とスープを1口、匙に乗せて口に運ぶ。


 カタリ、と音がした。


 ガリウスが右斜め前に視線を向ければ少女がいる。

 

「最近、ディアナに避けられてるような気がする」

 

 何食わぬ顔で近くの席について、カレンが呟いた。

 ガリウスとジョージは一瞬呆気にとられたもののすぐに順応する。


「カレンさん、こんにちは。ていうか唐突だな」

「こんにちは。それでディアナに避けられてる気がするの」


 ガリウスは取り敢えずと挨拶をすれば彼女も挨拶を返して、同じ事をもう一度言った。余程、気にしているのか。

 

「……心当たりは?」

 

 何となくガリウスも感じていたがカレン本人も理解したのか。ならばこう尋ねるのも余計な詮索ではないはずだ。何せこれは彼女からの相談なのだから。

 

「特にはないのよね」

 

 考える素振りも見えずに彼女が即答する。

 本当に何も記憶がないらしい。

 

「なら分からねーな、俺も」

 

 原因は不明。

 本人に分からないのならガリウスにも考える事はできない。

 

「怒らせたか?」

「喧嘩なんてしてない」

 

 だろうな。

 分かっていた事だ。

 ガリウスは溜息をついて匙のつぼをスープの入った器に沈める。

 

「別に喧嘩してるって雰囲気でもなかったしな」

「気づいてたの?」

「一昨日に一緒にひる食べた時、何となく避けてるなーと」

 

 カレンの質問に答える。

 流石に避けられていないと思うには無理がある言動だった。あれは誰であったとしても感じる物だ。カレンを避けているというよりも、2人きりになるのを避けていると言った感覚か。

 

「つっても俺が口出すことでもねーからなー、って感じで」

 

 ガリウスの言葉にカレンも納得する。

 

「どうしよう」

「俺とジョージじゃなくて、カレンさんとディアナさんの話だろ?」

 

 ガリウスとジョージが間に挟まるのも何かが違う気がする。

 

「……放課後にディアナと話してみる」

 

 原因は何かは分からないが話してみるに越したことはない。話せば状況にもよるが、分かり合える事があるのかもしれない。

 ガリウスも対話は友達である上で欠かせないことだと思っている。

 

「あー……ま、頑張って」

 

 先に食べ終えたカレンを見送りながら応援の言葉を言い、ガリウスは食事を再び食べ進める。

 

「ガリウス……大丈夫なのか?」

 

 ジョージが不安そうに尋ねる。

 

「んー?」

 

 食事も進んでいない。

 気にしすぎではないか、と思いながらガリウスはジョージの質問に1度食事の手を止めて答える。

 

「2人次第じゃないか?」

 

 しかし質問の意図とは違った答えだったのか、ジョージが「そういう事ではなくてだな」と言って続ける。

 

「なんというか……嫌な予感がするのだ」


 ジョージが真剣な表情で言う物だから、ガリウスも考えてしまう。可能性のある話を。


「…………」

 

 考えすぎではないか。

 ディアナがカレンを避けているだけで何が起きるというのか。

 

「まさか」

 

 ガリウスとしては気にする必要はないと言いたい気持ちもある。だが、ここ最近の巻き込まれ具合を考えると自信を持って言い張る事ができない。

 

「まさか……な」

 

 例えば悪魔。

 予想できる範囲にあるのはこれくらいか。

 

「……俺も確かめてみるか」

 

 昼休みはもう直ぐ終わってしまう。

 なら、放課後にでも。

 ガリウスの中に小さな不安が芽吹く。


 

 眠る限りリリンの夢は避けられない。

 1度でも委ねてしまったから。

 連夜に及ぶ淫らな快楽に正気ではいられない。ディアナの心を甘く溶かした毒のような夢。

 もうきっと、壊れるだけなのだ。

 

『ほぅら、貴様の前にいるぞ』

 

 愛してやまない夢の乙女。

 襲えば良い。

 犯せば良い。

 それは何物にも代え難い最大の快楽と人生の堕落だ。

 

「あ」

 

 甘い言葉が脳に響く。

 

『どうしたの、ディアナ?』

 

 夢が耳元を撫でる。

 心に触れる。ズブズブと蜜を垂らす。温かく、甘く、心地のいい破滅に踏み込んでしまう。満たされてしまえば人は前に進む意思が破壊される。

 

「ディアナ、会いたかった」

 

 ビクリと震えて伸ばしていた手が止まる。

 何をしているのか。

 

『ほら、いつものように』

「ディアナ?」

『私を受け入れて』

 

 認識が混ざる。

 夢と現実の壁が破壊された。理性を保てない。

 

「カ、レン……」

 

 ディアナは少女の身体を抱きしめる。

 

「ディアナ、な、何?」

 

 突然の抱擁を突き放す事はできなかった。

 突然だったからというのもある。だが、なによりも友達を拒絶する事をカレンは知らなかったのだ。

 これが友達とのスキンシップなのだとディアナを抱きしめ返す。

 

「カレン……カレン、カレンっ」

 

 疼く。

 満たされる気持ちと、満たされない身体。

 足りない。

 

『ねえ、ディアナ』

 

 リリンは誑かす。

 色情の狂気に人間を引き摺り込む。

 

『もっと……気持ちいい事をしよう?』

 

 カレンは言うはずがない。

 言うはずがないと言うのに、声は紛れもなくカレンのもので、彼女が目の前にいるからこそディアナは我慢ができないのだ。

 カレンは。

 

「……私が」

 

 ディアナのものなのだと。

 特別なのだと。

 友情などには収まらないのだと。

 

「ちょっと話したい事があるんだけど」

「あ、うん」

 

 抱擁が解かれた。

 

「教室に行こう?」

 

 興奮は収まらない。


「…………」


 放課後の現在、教室は2人きりになれる。なってしまう。犯してしまえと悪魔は嗤う。嫌われてもいいのかと理性は響かない。

 ディアナは無言で頷く。


「……はぁ……はぁ」


 教室の扉が開かれて、2人きり。

 教室には誰もいない。

 自然と後から入ったディアナが扉を閉めて、鍵をかけた。

 

「ディア──」

 

 名前を呼びながら振り返ろうとしてカレンは押し倒される。

 

「きゃっ……ど、どうしたの? ディアナ?」

 

 見上げた顔は朱色に染まり、涙ぐんでいる。

 口からは浅い息を吐く音がした。

 

「はぁー、はぁー……カレン」

 

 熱っぽく名前を呼び、顔が近づいて唇が触れ合った。

 

「んむっ……!?」

 

 突然の行動にカレンはディアナを今度こそ押しのけようとするが叶わない。

 

「はっ、はっ……」

 

 ようやく離れたが、息が続かない。


「んんっ……!」


 ディアナの唇が離れたところで呼吸をしようと口を開いた瞬間に、舌が捩じ込まれる。

 

『……ふふふ。よいよい……貴様はそれで良いのだ』

 

 リリンは現状に嗤う。

 少女は終わる。あと少しで。快楽に満たされて。破滅へと進んでいる。そうなれば次の夢へとリリンは渡る。新たなる破滅をもたらすために。


『何だ? うるさいのぅ』


 ガチャガチャと扉の方が騒がしい。

 先程は誰も居なかったのを確認したと言うのに。

 

「カレン……いいよね?」


 カレンの制服の下からディアナの右手が入り込んできた。ディアナの細い指がカレンの腹を這う。

 

「ひうっ……!」

 

 慣れない感覚にカレンの口から変な声が漏れた。

 扉の向こうは見えていない。ディアナはカレンと2人きりでいる事の熱に浮かされている。

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