第32話 光属性魔法

 放課後になり教室を出て職員室まで来る。

 数回のノック。

 ドアノブに手を伸ばした。


「失礼します、マリエル先生ー!」

 

 職員室に入ってガリウスはマリエルの名前を呼ぶ。

 

「はいはーい」

 

 トタトタとマリエルはガリウスの声に応じて入り口まで早足で近づいて来る。

 

「……ガリウス」

 

 ジロリとアルバに睨まれた。

 礼節の指摘だろう。

 そこを突かれては弱い。少しふざけてしまった面も否定できない。

 

「これでもマリエル先生は一応、先生です。ここは職員室なのですから礼儀はしっかりと」

 

 アルバの指摘に「すみません」と謝罪を述べて申し訳なく思いながらガリウスはマリエルと一緒に職員室をでる。

 

「ぷぷっ! ガリガリくん怒られたね〜」

「腹立つわー……」

 

 ガリウスが悪いのだがイジられては堪らない。笑われるのは腹が立つ。

 

「で、どこで話そっか」

「指導室で良いんじゃないですか?」

「鍵持ってきてないや」

 

 話す為に私物化するのもどうか。

 

「あ、そうだ。また私の家に来る?」

「……仕事は?」

 

 教職であるならばまだ仕事もあるはずだ。それはどうするつもりなのか。

 

「まあ、まだあるから待ってもらう事になるけど……」

「どれくらいですか?」

「ふふ、なるたけ早く終わらせるね」

 

 マリエルは職員室に戻っていく。

 

「わかりましたー……と」

 

 前世では教職の家に上がるなどと言うことはなかった。というのも問題になるのではないかという認識がガリウスの中にあったというのもあるが、そもそもで教師と個人的な付き合いも存在していなかったからだ。

 

「てか、何で当たり前のように了承した感じになってんだよ……」

 

 単純に仕事はまだ残っているはずだから無理だろうと思って聞いただけだというのに。仕事が終わりさえしていればガリウスが彼女の家に行くと言う事になってしまっている。

 教室に戻って彼女の仕事が終わるのを待とうか。

 

「あ、ガリウスくん。や、久しぶり」


 ガリウスが教室に戻ろうと足を浮かせようとした瞬間に声が掛かり、ゆっくりと振り向く動作に移行する。


「ジークフリート先生ですか」

「次は交流会って話だったけど……」

 

 「会っちゃったね」とジークフリートはクスクスと笑う。

 

「生徒が職員室に足を運ぶなんて珍しいや」

「……あー」

 

 考えてみれば、前世でも職員室という場所にあまり近寄ろうとも思えなかった記憶がある。

 特に教科連絡などもないエーレ総合学院では職員室にくる生徒は、下級生であればさらに珍しい。

 

「確認したい事があったんで……」

「熱心なんだね、ガリウスくんって」

「いや、そんなことないですけど」

 

 熱心などと言われては恥ずかしい。

 どこまでも怠惰なのだから。

 似合わないにも程がある。

 

「じゃあ職員室に入る? 用事があるんでしょ?」

「あー……いや、既に入った後でもうちょっと待っててほしいと」

 

 ガリウスが説明してもジークフリートは構わずに職員室に入るように勧める。

 

「どれくらい待つかは分かる?」

「あー……」

「職員室にはお茶とかお菓子とかもあるからさ」

「うぇー……と」

 

 断るに断れずガリウスはジークフリートに言われるがままに職員室に連れ込まれてしまう。

 座るように促されたのは応対用のソファ。目の前には白色の木製テーブル。

 

「はい、ガリウスくん」

 

 テーブルの上に紅茶と切り分けられたパウンドケーキが置かれる。

 

「あ、ありがとうございます」

 

 浅くお辞儀をして礼を述べる。

 

「あー、その……ジョージってクラスで上手くやってます?」

 

 なんとなく無言でいるのも気まずく感じて当たり障りのない共通の話題になり得そうな人物を出す。

 

「楽しそうにやってるよ」

「そうですか……なら良かった。俺何も言わないで勝手に魔法科に入っちゃったんで」

 

 心配がなかったわけではない。

 

「大丈夫だよ。成績も優秀だし。と言うか君の方こそ大丈夫?」

「ゔっ……」

 

 痛いところを。

 

「ジョージくんはボクの生徒だから分かってるけど、ガリウスくんはボクが担任じゃないからさ」

「いや、まー……楽しくはやってますよ?」

 

 成績に関してはなんとも言えないが、生活自体に苦になるところはない。ジョージやカレンなどもいるのだから話し相手が完全にいないと言うわけではない。

 

「それなら良いけど」

 

 ジークフリートはガリウスの言葉に突っ込むことはない。

 

「ガリガリくーん!」

 

 バン!

 

 テーブルが叩かれた。

 

「終わったから行くよ! あ、ケーキもーらいっ」

 

 食器の上のパウンドケーキを許可も取らずに口に運びマリエルはガリウスの腕を引っ張る。

 

「ちょちょちょ!」

 

 いきなりの事にびっくりとしてしまうが、ガリウスはジークフリートにペコペコと頭を下げる。


「ありがとうございます、失礼しました!」



 ガリウスがここに来るのは2度目。

 見慣れてはいないが1度目ほども緊張はしていない。


「さて、ガリガリくん」

 

 テーブルの近くに座らされ待っていると、正面にマリエルが座る。前回と同じ構図だ。

 

「今回は悪魔に関してね。と言ってもウィスパーに関しては既に会ったよね?」


 説明は必要ないかな、とマリエルが確認する。


「だとしてもわからない事があるんすけど」

 

 具体的な事はよく分かっていない。

 ウィスパーに姿がない事。

 人の身体を利用する事。

 ガリウスが分かっているのはこれだけだ。

 

「今までの話の限りアレは人の身体を利用できるみたいですけど……どう言った風に取り入るのかーとか」

 

 これがわからない。

 ガリウスを襲撃した時のコルネリアは既にウィスパーによって落ちていたのだ。

 

「心の闇だよ、心の闇」

「心の、闇……か」

 

 実に悪魔らしい。

 人の弱さに付け込むとは陰湿だ。

 

「それはウィスパーもリリンも変わらない。ウィスパーなら嫉妬だとか不満だとかを」

「…………」

 

 ウィスパーに唆された点を鑑みるに確かにコルネリアはガリウスに対して何かしらの良くない感情は抱いていたのだろう。これはガリウスが否定できるものではない。

 

「リリンなら快楽を、かな?」


 続いてリリンの性質が説明された。


「快楽……ですか?」

「そ。分かりやすい話をするとね」

 

 すっと息を吸って話し始める。

 

「好きな子がいて、でも思いが伝えられな〜い!」

 

 甘ったるいような演技くさい声。

 

「って感じな時にリリンは夢を見せて来る。酷く淫らで溺れたくなる夢を」

 

 分かりやすくしすぎてるけど。

 マリエルは最後にそう付け足した。

 

「あー、なるほど。つまり、淫魔って奴ですね」

 

 前世でもこのような類の悪魔はいると言われていた。よく話の題材にもなった物だ。慶悟の知っているモノの中から引っ張り出して来るのは容易い。

 

「でも、夢を見せてくるだけなんですか?」

 

 たったこれだけでは何というか、人間にとっては完全な敵とは言えないのではないか。

 

「ちっちっち、考えが甘いよ。そんなに優しい物じゃない。現実ではあり得ないけれど夢で叶ってしまう。いつか現実と夢の境界を見失ったり、或いは夢に溺れたり……そうなったら待っているのは破滅だけ」

「…………エグっ」

 

 存外馬鹿にできないほどに凶悪な悪魔だ。

 

「話を続けるけど、ウィスパーは姿が隠せるとかじゃなくてそもそもでないんだけど、リリンは夢の中に潜むだけで実体は存在するの」

「あれ……? ウィスパーには姿がないのに光魔法は有効なんですか?」

「存在自体はないわけじゃないからね」

 

 とは言っても光属性の魔法でもなければウィスパーへの攻撃は有効にならない。


「あー、あと、リリンの姿があるというのは?」


 先程の話の中で浮かんだもう一つの疑問をガリウスは口にした。


「リリンは夢の中を渡り歩けるという性質を持つ悪魔であって、姿がない悪魔ではないんだよね」


 夢から追い出してしまえばリリンは実体として現れる。

 

「そうそう、これは言っておかないとだね」


 マリエルは思い出したような顔を見せてからガリウスと目を合わせる。


「悪魔は基本的に光魔法が有効なの」

「……授業で習ってませんけど」

 

 光属性の魔法も、悪魔に対抗する手段も。入学して間もない学生が習うはずがない。

 

「そっか。じゃあ、そうだね。ガリガリくんに対悪魔用に光魔法を教えてあげる」

 

 彼女は突然に椅子から立ち上がった。


「覚えておいて損はないからね?」

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