第29話 カレンのライバル(自称)

「あなた、魔法科……よね?」

 

 木剣を持っているガリウスを偶然見つけたカレンは名前を呼んで駆け寄り、尋ねた。

 

「魔法科ですけど?」

「それ、それよ。木剣。何で魔法科なのに学校に木剣持ってきてるのよ」

 

 不審な目を向けられてガリウスはため息をついて端的に理由を話す。

 

「自衛手段」

「何があったのよ」

 

 巻き込まれた問題はあまり大事にはならないように教師間で解決されている。だからカレンもガリウスがどのような経緯で木剣を持つに至ったのかを理解できていない。

 

「気にしないでくれ」

「はあ〜……」

 

 カレンのため息で会話が途切れた。

 放課後に突然呼び止められたが、ガリウスはこの後の対応がわからない。

 これ以上に話題がない。

 

「…………」

 

 不自然な空気。

 話しかけられたが、話を広げる理由がない。

 

「あ、そう言えば……ガリウス。あなたってどこで剣を習ったの?」

「お家」

「……随分と親が凄いのね」

「ああ。武術科の授業よりキツいかもしれない訓練を受けさせられるんだ」

 

 ガリウスは思い出すだけでもワナワナと震えてしまう。これから帰っても同じ事になるのだ。

 

「カレン!!」

 

 サッとカレンはガリウスの背後に隠れる。

 

「何してんの?」

「しばらく隠れさせて」

「何でだよ」

「……熱烈なファンってやつ?」

「あー……それが当たり前の反応だよなぁ」

 

 思えばファンだとかは厄介な者もいるのだから隠れるというのも極めて当然の反応なのだが、宗というガリウスの前世の知人は抵抗も否定もしなかった。

 やはり、彼は色々とおかしかったのだ。

 

「今日こそ私が勝つ」

 

 友達ではないのだろうか。

 

「……あの、友達じゃないの?」

「ライバル意識高いだけよ」

 

 クラス内の成績トップの宿命とも思える。

 

「いや、行けよ。切磋琢磨しろよ」

 

 武術科同士見えてくるものもあるだろう。

 

「わからないの? 毎日勝負を挑まれる辛さが。最初の数日は良いのよ……でもね」

 

 毎日来られると困ってしまう。

 友達になると言うわけでもなく純粋に勝負を挑みに来るのだから。

 変にストイックな所があるのだ、彼女は。

 

「すごいな、あの人」

 

 毎日カレンに戦いを挑みにきているらしい。

 継続力に関しては一流ではなかろうか。

 

「で、結果は?」

「全戦全勝」

「……伊達にトップじゃねーな」

 

 彼女の強さは学生内では驚異的。

 下手をすれば騎士を凌駕するほどに。基本的に学生に負けることはないだろう。

 

「おい、こっち向いたぞ」

 

 赤髪のショートヘアーがガリウスを見つけて近づいてくる。胸は主張しすぎないが大きさはちょうど良い。

 身長はガリウスよりも少し高い。

 

「ガリウス・ガスター……」

「俺って有名人?」

「それもあるけど、君は私が倒したい相手の1人だから」

「……なんで?」

 

 彼女に何かをした覚えがない。

 どうして倒したい相手にガリウスがカウントされているのだろうか。

 

「俺、魔法科なんだけど」

 

 関係ないよねと言外に。

 

「でも君のカレンとの勝負、とっても熱かったんだ……だからね」

 

 見られていたのか。

 確かにあれだけギャラリーが集まれば誰が見ていてもおかしくない。

 

「そうだ」

 

 何だか不穏な空気を感じる。

 不味い。

 また、何か厄介な事に。

 

「カレンも見当たらないし、ガリウス……君とも試合がしてみたかったんだ」

 

 どうしたものか。

 背後にいるカレンを突き出してしまえばガリウスは戦わずに済むだろうか。

 

「……俺はカレンの代わりか?」

「そんなわけないよ。君とも戦いたい、やり合ってみたい」


 随分と真剣に言うものだ。

 ガリウスには試合をしたいという感情はあまりないが、断るのも忍びない。


「もし……もしもだ、俺が今ここにカレンを用意できたらなんだけど」

「じゃあ3人で!」

 

 キラキラと彼女は目を輝かせる。

 ガリウスが巻き込まれるのは確定事項だ。

 彼女の期待に応えてみせよう。ガリウスはニヤリと意地の悪い笑みを深める。

 

「なあ……カレン。お前も一緒に、なぁ?」

 

 そして、背後に隠れていたカレンを少女の前に突き出した。

 

「カレン、居たんだ」

 

 嬉しそうに彼女は微笑む。


「ええ……いましたよー」


 カレンは疲れ果てたような顔をしてそっぽを向いてしまった。

 

「あ、ガリウス。私の自己紹介がまだだったね。ディアナ・ダンメンハイン」

「あー……まあ、どうぞよろしくな。ディアナさん」

 

 ガリウスは別に長時間拘束されるわけでもないだろうと考え、ディアナの誘いを受ける事にした。


「流石に同時はダメだったか」

 

 バトルロワイヤル形式は却下となり、最初にガリウスとディアナが戦う事になる。

 

「じゃあ、ガリウス。準備ができたら教えてね」

「……んじゃ、いつでも」

 

 木剣をゆるく持ってガリウスは構える。

 カレンの剣は速度と手数による押し切りだったがディアナはどうか。

 

「それじゃ行くよ!」

 

 踏み込みの速度は普通。

 

「……なるほど」

 

 剣速は学生にしては速い方だ。

 だが、ガリウスの戦ったことのある相手の中では速いとは言えない。

 全ての攻撃を丁寧に弾いてみせる。

 

「はは……! すっご……」

 

 ディアナが距離を取って感嘆の言葉を漏らす。学生でここまで完璧に剣撃を弾くなど怪物級の才能だ。

 思わず乾いた笑いが口から飛び出した。

 

「どうした?」

 

 疲れた様子も見せずに息も乱さずにガリウスが平然と立っている。

 ディアナは冷や汗が伝うのを感じていた。

 彼の、ガリウスの才能が異常だ。

 勝てない。

 本能的な部分で悟ってしまう。

 決定的な差がある。

 技の練度、対応能力。

 

「んじゃ……まー、こっちから」

 

 一瞬にしてガリウスの身体はディアナの懐に入り込んでいた。

 カレンとの勝負の時以上の速度だ。

 

「あっ……くっ!」

 

 ディアナはガリウスの1撃をギリギリで弾く。

 

「マジか……これ対応するのか」

 

 学生ならこれで決められる気はしたのだがディアナの実力は並のものではない。

 弾かれた事により連撃は不可能。

 カレン以上の力がある。

 少しばかりの距離。

 数歩で届く距離。

 

「流石にカレンさんのライバルだな」

 

 成績優秀な事だろう。

 

「なら、これはどうだ」

 

 ガリウスはまた距離を詰めて今度は下から上へと勢いよく木剣を振り上げる。速度は込めた力の分だけ。身体の捩れの分だけ。

 

 ガァアンッッ!!

 

 木がぶつかり合う鈍い音が響く。

 

「いっ…………!」

 

 余りの威力に手が痺れ、ディアナは顔を歪める。

 身体が開いた。

 防御の為に剣を戻そうとするが間に合わない。

 

「っし、俺の勝ちだな」

 

 剣が異常な速度で振るわれる事で風がディアナの頬を撫でる。痺れてしまうほどの強さだ。

 ヘタリとディアナは地面に座り込む。

 

「手も足も出なかった」

 

 随分と清々しい顔でいうものだ。

 ガリウスは声の掛け方を見失ってしまう。

 

「ねえ、ガリウス。あなた強くなってない?」

「そりゃー……訓練させられてるし」

 

 1週間程でここまで成長するものかとカレンは驚きを隠せない。

 

「んじゃ……俺はもういいだろ? 帰るわ」

 

 ディアナの目的のガリウスとの勝負も終わった。ディアナも流石にガリウスを引き止めるつもりはなかった。

 

「そっか……じゃあね、ガリウス」

 

 名残惜しいような気がしなくもないが、ディアナはガリウスに挨拶をして見送った。

 

「それじゃ……カレン」

「今ので満足しない?」

 

 立ち上がって砂埃を払いながらカレンに目を向ける。

 

「お願い。……ダメ?」

「別に、いいけど」

「ありがとう! あ! そうだ、今度一緒に……!」

 

 ディアナは勝負を始める前に顔を嬉しそうに歪め、捲し立てるように話そうとして口を噤んだ。

 

「一緒に?」

「あ、い、一緒に……えと、ご、ご飯食べようね」

 

 顔を僅かに赤くして視線を逸らしながらディアナが言う。

 

「え、いいの?」

 

 カレンが聞き返す。

 カレンとしても一緒にご飯を食べる友達だとかが欲しいと思わないこともなかった。

 

「あ、う、うん!」

 

 ディアナはまさか了承してもらえるとは思っていなかったのか返答に吃ってしまう。

 

「行くよ、カレン」

 

 結局、今回の勝負もまたカレンが勝利を収める事となった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る