第26話 更生(?)
休み明け、ガリウスは木剣を持って登校する。結局、木剣を買うためにジョージと一緒にまた商店街に行くことになったのだがドミニクも付き添いで付いてきたのだ。常に警戒しているというわけでもないが友達といる時間に親もいるとなるとガリウスも気まずくて仕方がなかった。
例えば部屋で友達と遊んでいる時に親が入ってくる感覚がずっと続く様な物。
ただ、ドミニクがいたからか、それとも流石に2日連続で巻き込まれることはないのも当然だからか木剣は問題なく購入できた。
「魔法科だよね……何で木剣持ってるんだろ……」
「武術科に行きたかったのかな……」
ヒソヒソとガリウスが木剣を持っている事に対して小声で話し合っている。悪目立ちするのはやはり苦手だ。
「…………はぁ」
とは言え、コソコソと話す他の生徒たちに事情を説明しに行くほどガリウスは彼らと親しくなったつもりもない。大声で「自衛のためだから!」などと言えるはずもない。
自身のクラスの教室に近づくに従って段々と奇異な物を見る目が増えていく。
「胃が痛い……」
仕方なしと了承したとは言えだ。こうして過ごしてみれば、周囲はガリウスの事情を知らないのだから視線を寄越すのは当然。さほどに仲も良くない彼らは本人に話しかけるでもなくこっそりと友達同士で話す環境が出来上がる。
この様な環境にいてはストレスが蓄積される。
「え!? あれ?」
「う、うそ!」
後方で生徒たちが
どうにもガリウスのことではない様子で、また別のことが起きたのだろう。
何が起きたのか、ガリウスはゆっくりと振り返る。
「あ」
そこにはいたのだ。
エーレ総合学院の不登校生徒が1人。堂々と歩いてきている。
「……よぉ」
「おま、学校来たんだな!」
初めて見るリースの制服姿に感慨深いものを覚える。
「死ね」
今日も相変わらず不機嫌な様だ。
「あれ、リース。鞄はどうした」
一応、魔法科は座学が基本であるため教科書の類も存在する。だが、リースが持っている様には見えない。
「ああ?」
「あー……あれか。もう全部覚えてるって」
彼の様な天才ならばあるかもしれない。
ガリウスは1人でウンウンと頷くが、リースは呆れた様な顔を見せて当然のように言った。
「ああ? 学校に来いってお前言ったな?」
「おう」
ガリウスも確かにリースが学校に来れば話が早いと思って条件として出した。それを彼が渋々と認めた覚えがある。
「学校に来た」
「ん? あ、ああ」
「けど」
逆接。
「授業に出るとは言ってねェ」
待ってほしい。
誰に言うでもなくガリウスは心の中で唱える。
どう考えたって不登校だった生徒が学校に再度通い始めるとなれば、授業も真面目に受けると思うだろう。学校に来たなら最低でも授業は受けるだろう。
「……はは」
どうしたものか。
流石にガリウスは授業を抜けるつもりはない。つまりリースが授業を受けないと言うことは最低でも昼休み、或いは放課後まで何もせずに待っているという事になるのだ。
「さっさと教えろ」
「いや、待て待て。俺の事情を考えろ。俺はこれから普通に授業受けんだよ」
鞄を持ち上げてリースに見せつける。
「だから?」
「お前は傍若無人か。授業受けるか受けないかはお前の勝手だってことにしよう……一先ずな? だからー……昼休みとか放課後まで待っててくんない?」
リースの顔が更に歪む。
今にもキレてしまいそうだ。
「ああ?」
リースとしてもわざわざ、我慢して学校まで来てやったと言うのに更に条件を付けられては堪らない。
気に入らない。リースは文句を言う為にガリウスとの距離を荒々しく詰める。
「──確保しろ!」
「チェイン」
サイモンの声が響き、瞬間に土魔法で発生した鎖がリースの身体を捉えた。
「なっ……!」
魔法を発動させたのは一応はリースの担任であるイェルクだ。
「リース……君に例の件で話すことがある。あと何より、担任のイェルク先生も話があるそうだ」
リースが捕まった事にガリウスは苦笑いしながら見送る。
「ガリウスゥゥウウ!!!!」
恨みがましそうに彼は吠えるが、どうしようもない。仕方ないのだ。ガリウスは大人しく教室に向かう。
*
「ガリウスゥ……!」
昼休みに突然教室にリースが入ってくる。
「お、リース……」
完全にグラス内で孤立しているガリウスに話しかけるものはいない。
「もう終わったのか?」
朝にイェルクの
「昼、休み……だ」
精神的な疲弊は隠せていない。
何があったのかはガリウスには分からないが色々とあったのだろう。
「さっさと話せ!」
胸ぐらを掴みガリウスの身体を持ち上げる。
「タンマタンマ……連れてくって」
「ああ? 連れてくって……んだよ」
リースは理解できていない様だ。
「つっても話して良いかどうかは分からないし、もし話聞けなくても文句言うなよ」
兎にも角にも、話はまずマリエルと会ってからでなければ進まない。
「じゃ、職員室に行くぞ」
「…………テメェ」
リースがジロリとガリウスを睨む。
「どう言うつもりだ!」
リースとしては確実に教師がいるであろう場所に向かうのは嫌だ。確実に捕まえられる。昼休みの後は逃げてしまおうと考えていたのに。
「だーから! お前が教えろつったから行くの! 文句言わないで付いてきなさいよ!」
ガリウスはリースの腕を掴み無理矢理引きずって職員室まで連れて行く。
「離せ!」
「うっせーなー……」
腕を掴まれた時点でリースの抵抗は無意味だ。身体能力では剣術の訓練を受けているガリウスに勝てるはずもない。
「ほら、さっさと歩け!」
足を進めようとしないリースを無理矢理に運ぶ。意地でも自分の意思では職員室に行くつもりはない。
「めんどくさいな、お前!」
駄々をこねる子供かとガリウスが言いたくなるが、よくよく考えるまでもなく彼は純粋な13歳の少年なのだ。
これくらいは存外当たり前なのかもしれない。溜息を吐きながらリースの足を払い転ばせる。
「は?」
突然のことにリースの口から間抜けな声が漏れる。後ろ向きに倒れていく身体。このまま転倒させるつもりはガリウスにはない。
リースを受け止め、俗に言うお姫様抱っこの要領で持ち上げ廊下を歩く。
「テメッ! ざっけんな! 下ろせ! ぶっ殺すぞ!」
怒りが頂点に達しているのか、羞恥からなのかリースは叫ぶ。
「え、ヤダよ。お前、職員室に連れてかないと話進まんし。だってのに自分で歩こうとしないし」
暴れるリースの願いを無視してガリウスは職員室まで運ぶ。彼に恥じらいは特にない。男を横抱きにする程度で恥じらうほどの人生とは何なのかと問いたいとすら感じている。
「ふざけんな! 離せっ! 下ろせ! 死ね! マジで死ね! とにかく死ねっ! こんっ、クソがァッ!」
ジタバタと手足を振るリースは実に子供らしい。
「はいはい。失礼しまーす」
リースの言葉を無視してガリウスは職員室の扉を開いた。
「マリエル先生に────」
用事があってきました。
言い切る前にマリエルがにこっ、と音がしそうなほどの笑みを浮かべてガリウスに振り返る。
「あー、ガリガリくーん! 会いにきてくれたのー? 嬉しいなー!」
彼女の視線がスッと下に向いた。
「えーと……リース、くん?」
流石に彼女も魔法科のトップとなれば名前を覚えている。
「何でそんな感じで入ってきたの?」
何故こうなったのかの事情をガリウスは端的に説明する。
「コイツが暴れるもんで」
リースはガリウスをキッと睨みつけた。
「着いたんなら、下ろせっ!」
「あー、はいはい」
ガリウスはようやくリースの言葉に耳を傾け、怪我をしない様に丁寧に下ろす。
「えー……面白そう! 今度私にもやってよー!」
彼女はキャッキャとはしゃぎながらガリウスに頼むが、彼は本来の目的のために話を切り出す。
「……あの、それよりですね。ちょっとお願いがあって」
「ほうほう?」
リースに聞こえない様にガリウスはマリエルに近づきコソコソ話を始める。
「……リースもオーバーリミットって言葉を知ってしまって」
「あー……あの悪魔のせいね」
マリエルは納得して頷く。
「話す時にマリエル先生の事情とかも聞かれるかもしれないと思ったので……それ言われたら答え方知りませんし」
デリケートな話だろう。
聞いてほしい物だとは思えない。
「へー、ガリガリくんってそう言う考え方なんだー。優しいねー?」
マリエルはウリウリとガリウスの脇を肘でつつく。
「はあ……それでどうしたら良いですかね」
この話はマリエルの物だ。
「んー。まあ、そうだね。ふふふ、ガリガリくん、心配はいらないよ! 私に任せなさい!」
任せるも何もないだろうに。
「じゃあ、リースくん。あとガリガリくんも指導室に行こ〜!」
彼女は元気よく職員室の扉に向かって歩いていく。
ガリウスは入学して間もないと言うのに指導室にすっかりと慣れてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます