第24話 教師の実力
「ジョージくん、下がって」
ジークフリートは音もなくジョージの側に寄っていた。
「さて、ガブリエルと言ったかな。お前の相手はボクがしよう」
休日ということもあってかジークフリートも剣を持っている様子はない。しかし、動揺は見られない。剣を前にしても揺るがないのは自らの力を分かっているからか。
「そう言うって事は随分と自信があるみたいだなぁ……素手の癖によぉ」
「自信っていうか……別に何だって良いんだけどね」
ジークフリートが退屈そうに息を吐けば、ガブリエルが飛び込む。
隙だらけだ。
これで終わる。
口ほどにもない様な奴だったと。
「お前はアレだな……随分と大振りな剣で自信が持てるんだな」
外れた。
避けられた。
「それにさ、……次の動作までが遅すぎない?」
衝撃。
何が起きたのかをガブリエルには認識できなかった。ジークフリートはガラ空きの彼の胴体に肘を入れた。この一瞬の反撃はガリウスだけ見えていた。
「カッ……ハ」
ガブリエルは突然の感覚に鳩尾を押さえながらえずき声を漏らす。
「どうしたんだ? 元騎士なんだろ?」
下がってきた顎をジークフリートは容赦なく蹴り上げた。
「これくらい訳ないだろ」
そう言って追撃を続ける。
ミドルキック、右ストレート。余裕があれば避けられるはずの攻撃が吸い込まれる様に入っていく。
「……な、んで……俺が元騎士、だと」
「簡単だろ」
脇腹に左足での横蹴りが入る。
肋が折れてもおかしくないほどの破壊力。ガブリエルの身体は勢いよく吹っ飛んだ。
「素人というには剣の扱いに慣れすぎてる。まあ、それでも弱いんだけど」
ここまで慣れているというなら彼の経歴も剣が関係したものだと推測できる。この世界で剣が関係あるのだとしたら騎士か、或いはジークフリートの様な武術科教師くらいの物だ。
とは言え、だ。
「教職はさ……そこらへんの騎士よりは強いのは当然なんだよ」
ではジークフリートの目から見てガブリエルの実力はそこに達しているのか。
答えは否。
「お前は教師というには弱すぎるんだよ」
ならば自ずと騎士に答えは絞られる。
「……クソ!」
状況が不利だと悟りヘルゲは逃げ出そうとする。
逃げたところでこの町に行き場はない。完全に詰んでいるというのに。本能的な行動だった。
「おいおい、待てよ。ドクズ野郎……俺とパンクラチオンと行こうぜ」
ニヤリと笑ってガリウスはヘルゲにラリアットをぶちかます。
「条件はイーブン。俺もアンタも素手だ」
ヘルゲはガリウスの言葉の意味を理解できなかったがパンクラチオンという響きに不穏な物を感じていた。
「ほら、来いよ」
ガリウスは逃げ道を塞ぎ、ゆらりと立ち上がったヘルゲに向かって手招きをする。
パンクラチオン。これは古代ギリシアのスポーツでありボクシングとは違い何でもありの素手での勝負。
具体的な内容を言ってしまえば骨を折るのもルール上問題なしという現代日本の倫理観としては明らかに問題のあるスポーツだ。当然、このスポーツに死亡者は付きものだった。
ガリウスがパンクラチオンと口にしたのは何でもありと言う点に焦点を当てての発言であり、相手の骨を意図的に折ろうだとかということを考えての発言ではない。
「こんな事しといて逃げようだなんざ、随分と舐めてん、な!」
ガリウスの右ストレートがヘルゲの顔面に突き刺さる。
「ちゃんとお縄について貰うぞ」
フラフラと鼻血を垂らしながらヘルゲは後退るが、ガリウスは即座に距離を詰め膝蹴りを腹に食い込ませる。
「お、ぎゅっ…………!」
ヘルゲの口から唾が飛ぶ。
死ぬという程の威力とはならない。しかし、痛みと苦しみがあるのには変わらない。
「立てよ」
ガリウスは余裕を崩さない。
徹底的にヘルゲを叩き潰すつもりでいる。
「…………はっ、はっ」
蹌踉めくばかりでヘルゲはガリウスに攻撃をしようと言う気配がない。動けないのだ。身体へのダメージから呼吸が整わない。
「……俺はアンタに容赦なく責任を追求する」
見逃すつもりなどない。
許す気などあるはずがない。
「これでアンタがどうなろうと自業自得だ。俺たちがどうこうしたからだとかは関係ない」
巡り巡ってこうなったとしか説明がつかない。ヘルゲには運の尽きという言葉がお似合いだ。
「これで……終わりだ」
全力の殴打がヘルゲの横っ面に入り数メートル吹っ飛ぶ。
脳が大きく揺れた。
ヘルゲの意識は途切れた。
「ふーっ、スッキリしたー……」
ストレスを吐き出すためにヘルゲを殴ったわけではないがやられた分の借りは返した。向こうは命を奪ろうとしたが、流石にガリウスに相手の命を奪う覚悟はない。
「ジークフリート先生の方は……」
結果は見るまでもない。
剣を杖にしながら立ち上がるガブリエルと無傷のジークフリートが立っている。
「あっちは終わったみたいだね」
ジークフリートはガリウスの方をチラリと見てからガブリエルに告げる。
「で、後はお前なんだけど」
冷たい目がガブリエルを貫く。
死ぬ。
身体が強張る。
ガチガチに固まって動かない。久しく感じていなかった死の恐怖。
奪う側だった彼が奪われる側に。
「あ、ああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」
叫び、奮い立て、ガブリエルはジークフリートに向けて真っ直ぐに突っ込む。
気迫は今日一番。
だからと言って。
「技巧のない」
ジークフリートに通用する物ではない。
ガブリエルの胸の中心に掌底が打ち込まれる。
「あっ……ぐ……はっ」
ガブリエルの心臓が一瞬止まる。
脳が真っ白に染まっていく。指先から力が抜け剣が落ちた。流れる様な動作でジークフリートの左足のハイキックが脳天に突き刺さる。ガブリエルの身体は無抵抗に地面に倒れた。
「さて……2人とも遅れてごめんね。無事だったかな?」
ジークフリートは申し訳ないというような顔をしてジョージとガリウスに確認する。
「あー……お陰様で」
事態は収束を迎えた。
「流石! ジークフリート先生!」
ジョージは目を輝かせジークフリートを称賛している。ガリウスも今回はジークフリートに助けられた面が大きい事を理解している。
「あの……何でここがわかったんですか?」
普通ならばわからないはずだ。
「あ、それはね。君たちが騎士詰所に行ったとき何かあったのかなと思ってね……。ほら、ボクも先生だし問題があったら確認しなきゃならないじゃん?」
ジークフリートの言葉を信じるのであればガリウスとジョージは付けられたという事のようだ。
「折角の休日なのにね」
「あー……申し訳ございません」
問題に巻き込まれてしまって。
「いやいや、別に責めてる訳じゃないよ。今回のは不可抗力でしょ」
避けようのない事態だった。
仕方がない。どうしようもない悪意に巻き込まれてしまうこともある。
「ジョージくんもガリウスくんも疲れたと思うけど、もうちょっとあるからね」
結局、この日の予定は何一つとして守られなかった。
騎士への報告が終わったことで解散となる。
「じゃあ、ジョージくん。また学校で。ガリウスくんとは……交流会でかな?」
魔法科と武術科で交流の場面といえばこれくらいか。生徒同士での交流はまだあるが生徒と教師とでの科を超えての交流は珍しい。
「2人とも気をつけてね」
ジークフリートは2人にそう言い残して帰っていく。
彼の背中が小さくなった後で突然にガリウスが謝罪の言葉を述べた。
「ジョージ……すまん」
「どうしたのだ?」
「俺たちの当初の目的を思い出してくれ」
本来は木剣を買いにきたはずだ。
だが、どうだ。
彼らは金貨1枚を無事に持ったままだ。彼らの手元には木剣が1本もない。
「あ」
空は暗い。
時間を考えても店じまいの頃合いだ。
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