第22話 謎の男
「ノアを離せーっ!」
首根っこを捕まえてガリウスは少年から金貨の入った袋を取り戻そうとすると、先程投げた子供達が群がってくる。
「ちょ、おい……群がんな!」
殴りかかってくる子供たちの攻撃をひょいひょいと軽く避ける。その度にガリウスに捕まっているノアの体がぐわんぐわんと自らの意志と関係なく揺れる。
「うっ、ぷ……ちょ、マジで……。は、吐いちゃうから」
「ならコイツらを止めろ!」
「お、おま、えら……とま……うぷっ」
ここまで差があれば数人が相手でも何とかはなる。ガリウスにしてみれば問題とはならないが煩わしいにも程がある。
「いいか! コイツをぶん投げるぞ!」
ガリウスが宣告すると、全員がピタリと止まる。
「ははは……よし、その位置だ。いいか、動くなよ?」
群がらない状態ならば金貨の入った袋の1つを取り返すなど容易い。
さっさと袋を取り返し右手に持ったノアを子供に向けて勢いよくぶん投げた。
「ちゃんと受け止めろ、よっ!」
ガリウスの腕から野球ボールの様にノアの身体が放たれる。時速もそこまで出ていない。
「ナイスキャッチ」
しっかりと倒れながらもノアを受け止めている。ガリウスとしても怪我をしないように注意はした。
「よしっ! ジョージ行くぞー」
金貨を取り戻した事でガリウスの機嫌も戻ったのかジョージに振り返りながら言う。
「──返せよ!」
少年の1人が背中を向けたガリウスに向かって突っ込んでくる。
「レオン!」
ノアが名前を叫ぶ。
ヒラリとレオン少年の突進を回避する。
「返せって……これは俺のモンだ」
彼らがどんな思いをして盗みを働いたかなどガリウスはわからない。貧乏だからなどと言う理由でこんなことをしたのなら可哀想だとは思うが、良いことだとは思わない。
「お前は! お前は持ってる側だ! なら、ちょっとくらい! 少しくらいボク達にくれても良いじゃないか!」
持たざる側の気持ちなどガリウスにはわからない。
安全な世界で生きてきて、今世も家族に恵まれて生きてきた。
「…………」
ガリウスは答えられない。
安易に同情を示して良いのかも。
「寄越せよ!」
鈍い光が見えた。
「──っ」
小さな刃物。
向けられた瞬間にガリウスはドキリとした。
「や、やめろ! レオン!」
ノアがレオンの身体にしがみ付いて必死に止めようとするが引き剥がす。
ナイフの切っ先がガリウスを睨む。
「……どうすんだよ、それで」
少年に殺す覚悟はあるのか。
ガリウスとしても綱渡りだ。恐怖心もあるが避けられる自信もある。
「殺すのか?」
ガリウスの問いにレオンは一歩下がる。
「う、うぁああああ!!!!」
次の瞬間、破れかぶれに突っ込んでくる。殺す覚悟などできていないだろうに。
「危ねぇ……」
ガリウスは大きく避けてレオンの右手首を力強く叩く。
カラン。
と、ナイフが落ちた音。
右足で鋭くナイフを蹴り飛ばす。
「あ、ああ……」
「マジでビビった」
これで流石に終わりだろう。
バクンバクンと心臓がうるさい程に鳴り響いている。緊張が凄まじい。先日のコルネリアの時以上にあの日のシチュエーションに近かったのも問題だろう。
長く息を吐き今度こそ去ろうとして、正面に誰かがいることに気がつく。
「──おいおい、クソガキども。帰ってくんのが遅えと思えや、何してやがる……」
外套で身を包んだ男。
気怠そうな声が響く。
ガリウスの記憶の中で最も近しい物をあげるとするなら、それはホームレスだ。
「レオン。言ったはずだぞぉ……」
髪も髭も伸ばしっぱなし。
清潔感などまるでありはしない黒髪の男。年齢は20代後半から30代前半と思える。
ガリウスが蹴り飛ばしたナイフを拾い上げ軽く振ってみせる。
「ナイフはなぁ……無闇に突っ込んでも当たんねぇぞ」
突然の踏み込み、刺突。
しかし、ガリウスの目には見えている。
剣の速度はコルネリア以上。
剣への自信もコルネリア以上にある。
「っ!」
大袈裟な回避動作。
手練れから取ればこれほどの回避は無駄な動きとも思われるかもしれない。
それだけガリウスは刃物への恐怖を抱いている。
「おいおい、良い目してんなぁ……」
町中、人通りもすぐ近く。
いざとなればジョージが助けを呼べる。
分が悪いのは明らかに男の方だ。
「今ので目ん玉抉るつもりだったんだけどなぁ……お前は時間かかりそうだ。騎士隊に見つかると面倒だしなぁ」
ジロリと男の目が子供達に向いた。
「行くぞ」
男が去った後で、ガリウスは冷や汗が噴き出していたことをようやく理解した。
*
先ほどの出来事を思い出すと愚痴を言いたくもなる。
「はあ……マジでツいてねー」
ガリウスは金貨1枚を握りしめながら独りごちる。彼の小さな呟きは少し前を歩くジョージには聞こえていないようだ。
「俺ってここまで巻き込まれ体質だったか?」
何とも悲しくなってくる。
前回の件は責任が少しでもあるとは思っていたが、今回の件はガリウスには何の責任もない。そもそも、前世を考えてもここまで何かに巻き込まれた記憶がない。
などとガリウスは考えているが、死因となってしまったあの事件は彼の思考の中から例外としてすっぽり抜けている。
「我が友、詰所に行かなくて良いのか?」
「あー……言いに行くか」
仕方ない。
これに関しては子供であるガリウスやジョージだけでは対処できない様な気がする。木剣の購入よりも詰所に向かう方が先か。身分の問題ではなく単純に能力の問題として。
「けど……ジョージは良いのかよ?」
あまり楽しい物でもないだろう。
「我は構わん! それにあんな事があって何も言わない方が問題だろう!」
「あー、それもそうだな」
面倒だからと何もしないのは犯罪を容認している事と変わらない。より多くの被害を出す事に繋がりかねない。
「悪いけど……今日は楽しめねーかもな」
晴天の空を見上げながらガリウスがボヤく。
いや、今日もか。
ガリウスは心の中で冗談の様に言って、苦笑いを浮かべた。
「あれ、ジョージくん?」
騎士詰所に向かう途中、ジョージが声をかけられた。
「うん? これはジークフリート先生!」
「や、奇遇だね」
「こんにちは! 奇遇ですね!」
どうにも声をかけてきた青い髪の男性はジョージが知っている相手のようだ。
「あ、ガリウス! こちらは担任のジークフリート先生だ! 剣の腕は最高レベルなんだぞ!」
ジョージは声をかけてきたジークフリートをガリウスに紹介する。
「紹介ありがとね、ジョージくん。ガリウスくんだよね。よろしく。まあ、ボクは武術科の教師だから魔法科とあんまり関わりはないんだけどさ」
ニコニコと笑いながら右手を差し出してくる。
「ほら、握手だよ、握手」
ガリウスには最初、何のことか分からなかったがこう言ったタイプの人なのかと理解した。
「あー……よろしくお願いします」
「うん、よろしく」
ガリウスは恐る恐るとジークフリートの手を取ると、がっしりとしっかり握り込んでくる。
「ね、ガリウスくんってカレンくんといい勝負したんでしょ?」
手を握ったままジークフリートはガリウスに尋ねる。
武術科の教師に知られているとは。
「見てみたかったなー。ボク、その時仕事忙しくてねー……」
「あ、あはは」
「今度やるときは教えてよ」
「いやー……どうすかね」
ジークフリートの言葉に何と答えれば良いのか。距離感としても微妙だ。
「……ああ、ごめんね。ジョージくんと遊んでるところ突然声かけちゃって。今から遊ぶとこ?」
ジークフリートは流石に子供達が遊んでいるところに邪魔をしてしまって悪い様な気がして質問する。
「あー……まあ、そんなとこです」
ガリウスが適当に答えるとジークフリートは「そっか、気をつけてね」と言って2人を見送る。
「では、ジークフリート先生!」
「……じゃあ、また」
2人がジークフリートに挨拶をして騎士隊詰所に向かって歩いて行く。
「……何かあったのかな?」
ジークフリートは不安を覚えながら詰所の方向に目を向けた。
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