第21話 少年少女

 

 3人の囲むテーブルの上には肉と牛乳を香辛料で煮込んだ料理の入った皿が置かれている。

 

「おい、ガリウス」

 

 食卓にてドミニクが呼ぶ。

 

「ん?」

「来週から木剣を持ってけ」

「はあ?」

 

 何を言っているのか、この男は。

 ガリウスは食事の乗った匙を持ったままドミニクを見る。

 

「いやいや、俺魔法科なんだけど」

 

 魔法科が木剣を持って登校など不似合いにも程がある。今回の事件でドミニクも思うことがあったようだ。

 

「……今回みたいなのは、そう何度もある訳じゃない」

 

 当然だ。

 何度もあってたまるか。

 ガリウスは匙を口に運ぶことなく皿の上に戻した。

 

「だが、いざとなった時だ。お前は魔法で自分の身を守れない……だから、ジョージに木剣を借りた」

 

 ガリウスの視線が彷徨った。

 ドミニクの言う通りだ。魔法に頼れるほどの自信がガリウスにはない。今回、木剣に頼ったのはガリウスの中でも魔法以上に剣術に信頼があったからだ。

 

「今後もジョージに木剣を借りるのか?」

「それは……」

「都合よくジョージが側に居るとは限らない。そしてもしジョージ以外でも武器を持つ奴がいたとして、ジョージのように誰もが武器を貸してくれるとは限らないし、それが木剣である保証もない」

 

 ドミニクの言葉は間違っていない。

 ガリウスの身を考えての発言だ。

 

「明日金を渡す」

「?」

「それでジョージと木剣を買ってこい」

 

 訓練用の物がある。

 ガリウスとしては訓練で使うものでも構わないと言うのに。

 

「まあ、お前の分は好きにしろ。ただジョージの木剣を壊しちまったからな」

 

 つまりは詫びの気持ちでジョージと一緒に買い物に行けとの事だ。

 

「良いのかよ、俺の分も買っちまって」

「構わん構わん。自分の身を守ることにもなるモンだ。自分で選ぶのが筋だろ」

 

 ドミニクも許可を出しているのなら問題はないのだろう。

 

「ただ」

 

 鋭い目でドミニクはガリウスを見る。

 

「買うからには必ず持っていけ」

「……わーったよ。ちゃんと持ってくから」

 

 ガリウスとしても家族に心配を掛けるのは本意ではない。

 

「これで私も安心だわ」

 

 ユリアも今回はドミニクの意見に賛成のようでガリウスが木剣を持つことに対して反対はないようだ。

 

「本当はね、巻き込まれないのが一番なんだけど」

 

 ガリウスも巻き込まれたくて巻き込まれたつもりはない。首を突っ込んだ覚えもないのだから。

 

「でも、そうもいかないこともあるし。そんな時にはやっぱり自衛の手段はあった方がいいと思うし……」

 

 少しでも安全が確保できるようにと、親なりの考えだ。

 

「分かってるって」

 

 不安になるのは分かる。

 無事だったとは言え事件に息子が巻き込まれたなら、誰だって気持ちが穏やかではいられない。

 家族に心配してもらえるのはありがたいことのはずだというのに、こうもどちらからも言われてしまえば小うるさく聞こえてしまうのが子供の気持ちだ。

 

「ガリウス」

「ん?」

「……あー、つーわけで明日の訓練は一応休みにしとくか」

 

 ドミニクから言い渡された突然の休日。

 事件当日も色々とあり訓練どころではなくなったが完全に1日が解放された物になる。

 

「え、マジで!?」

 

 当然嬉しさが勝る。

 嬉しさ以上の感情が湧いてこない。全ての感情を抑えて嬉しさがぶっちぎってしまう。

 

「その代わり、明後日は全力で扱いてやる」

「え、マジで……?」

 

 同じ言葉のはずなのにガリウスの表情も声のトーンも完全に別物となっていた。まるで感情のジェットコースターだ。



「よーし! ジョージ、今日は楽しむぞ!」

 

 ガリウスのテンションが壊れている。

 彼の明日を思えば仕方がない。

 

「うむ! とは言えガリウス、本当に我の木剣を買ってもらっても良いのか?」

 

 町でも賑わう場所、商店街を歩きながらガリウスとジョージは話しながら歩く。

 

「そっちが本来の目的なんだよ」

 

 ガリウスの剣に関しては別に大した話でもなく、壊したのだから弁償するのが人間として当然と言う考えのもとの今日の予定だ。

 

「あー、今更だけど……その、悪かったな。ジョージ」

「気にするでない! あんな状況では誰も文句はつけられまい!」

 

 ガリガリと頭を掻き、ガリウスは何となく居心地の悪さを感じながら謝罪をするがジョージは何ともないと笑う。

 ジョージにとっては木剣1つで大切な友達が守れたのだから悲しくもないのだ。

 

「予算は、と」

 

 出かける寸前にドミニクに渡された小さな袋を持ち上げる。揺らして見るが伝わってくるのは1枚だけしか入っていないということ。

 

「……マジか」

 

 袋を開けて手の上に出して見る。

 金色の円形がぽろりと1枚、ガリウスの左の掌の上に転がった。

 

「いっ……!」

 

 金貨1枚。

 子供にとっては大金も良いところだ。木剣1本を銀貨3枚と仮定したのなら、これは余りにも余裕を持たせすぎではないだろうか。

 お年玉でもなかろうに。

 

「ガキは銀貨で満足だっての……」

 

 金貨など持ち歩かないのが普通だ。

 例えば、ほら。

 

「…………もーらいっ!」

 

 袋の中に金貨をしまった瞬間に掠め取られるなどよくある事。日本ほど治安が良くはない。リースにも言ったはずだ。盗られない様に気をつけろと。

 

「ま」

 

 ワナワナと震え、次の瞬間にはガリウスは全力で盗人の少年を追いかけていた。

 

「待ぁてやぁああ!!!! ゴラァアアアアッッッ!!!!」

 

 憤怒の形相で少年を追いかけていくガリウスを呆然とジョージは見つめていた。

 

「あ、待ってよ、ガリウスー!!!」

 

 慌てた様にガリウスが走っていった先を追いかける。

 

「しつっこい! しつこいなぁ!」

 

 時折、少年が後ろを振り返ればガリウスの顔が確認できる。数分もの鬼ごっこ。少年が考える以上にガリウスの諦めが悪い。

 

「ああん!? なら、お前もさっさとそれ返しやがれ!」

 

 身体能力の差か、少しずつガリウスと彼との距離は縮まりつつある。しかし少年も必死な物で体力的に辛いが、できる限り速度を上げる。


「よーし! ……ぶっちめる」


 ガリウスも少年に応える様に加速した。

 

「──おいおい、行き止まりまで逃げてどうした?」

 

 少年に土地勘がないわけではないだろうに。こうしてスリを行うくらいだ。逃げられるだけに、この場所を知り尽くしている。

 

「ガリウスー……! もう、待ってよ! 突然どうしたの?」

「あいつに金盗られたんだよ。油断してた」

 

 ジョージも追いついてガリウスの少し後ろ側に立つ。息が上がっていないのは流石に武術科の生徒だ。

 

「まあ、追い詰めたし。返してもらうってとこだから。あと、ちょっと待っててくれ。本当にごめん」

 

 ガリウスは特に考えもなく一歩を踏み出す。

 

「──せーのっ!」

 

 声が響いた。

 ガリウスは上を見上げる。

 飛び降りてくる数人の少年少女たちがガリウスの視界を覆う。

 

「よしっ! あとは任せ……」

 

 「ろ」とでも続けるつもりだったのか。彼らが抑えている間に逃げ果せるという算段だったのか。

 

「ちょっと待てや」

 

 ガリウスは身体に子供たちを貼り付けたままに盗人の少年に近づく。

 重さは100キログラムを超えるはずだと言うのにガリウスは対して気にも止めない。それどころか、1人1人丁寧に剥がしては投げ捨てる。

 

「うぺっ!」

「げふっ!」

「きゃん!」

「ひぅっ!」

 

 怪我をしないような配慮もなされている。

 

「よお」


 少年の1歩手前でガリウスの歩みが止まった。


「俺の金出せ」

 

 ガリウスの目は暗く澱んでいる。

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