第19話 事後面談


「随分と大変だったようだな」

 

 指導室に呼び出されたのは入学してから2度目。学校にサボらずに来るガリウスくらいのもの。あの場にいたのはリースもだが不登校生徒の彼を捕まえられるはずもない。

 そしてもう1人、ジョージは既に話が終わったとの事だ。

 

「そうですね、大変でした。はい」

「私はその場にはいなかったが……悪魔か」

 

 サイモンも元魔法騎士隊副隊長としては思うところもあるのだろう。

 

「無理をするな、と叱るべきか……とは言え君達の判断が間違いだとは言いきれない」

 

 背中を向ければ死んでいた可能性もある。逃げられるかが定かではなく、よく生徒だけの状況で対応したと誉めてもいいとすら思える。

 

「教職は初めてでな……最適な対処が分からん」

 

 サイモンは悩ましげな顔をしている。

 

「……まあ、ただ。無事でよかった」

 

 ホッと息を吐いて眉間の皺が緩む。

 

「あー、心配かけた? ……んですかね、これって」

 

 サイモンに事情の説明が行われたのは全てが終わった後だ。つまりはガリウス達の無事が完全に確認できた状態での報告となった。

 

「言葉などどうだって良い。兎も角、そう言わせてくれ。それと君に1つ伝えておくことがある」

「伝えておく事ですか」

 

 サイモンの目とガリウスの目がバッチリと合う。

 

「──コルネリアが意識を取り戻した」

 

 ガリウスは目を見開いてから、言葉に悩みつつも吐き出す。

 

「それは……良かったです」


 ガリウスのこの言葉が嘘な訳ではない。


「彼女の記憶はあやふやな様だ。とは言え、悪魔に心を許してしまった事自体は事実」

「俺に切り掛かったことはあまり覚えていないと?」

「そうなるな」

 

 ガリウスには今回の件に関しては罪悪感もある。

 事件の責任の一端は自らにもあるのかもしれないとすら思っている。

 

「……君は剣が嫌いだったはずだ」

「…………」

「今回の君の精神的な負担は私には量れない」

 

 ガリウスの心を考えれば気分の良いものではないだろうことはサイモンにも汲み取ることができた。

 

「だが、この件は騎士隊が預かることになった。我々も、そして被害者である君も」

 

 もう、彼女の処分に口を挟む事はできないのだと、サイモンは告げる。

 

「……まー、俺はもう良いんで」

 

 別に今更気にしてもいないと言う訳ではないが、根本の原因はあの悪魔にあり付け入る隙を作ってしまった自分にもある。

 コルネリアを恨むなどガリウスとしては筋違いも良いところだ。責任の所在を考えるなら、ガリウスは自らを純粋な被害者とは思えない。

 

「そりゃあ、怖かったですけどね」

 

 剣を向けられたのは。

 だとしても終わってしまった話だ。

 こうしてどうにもできない2人が何を話そうと変わらないだろう。

 

「……そうか。君も色々疲れたと思う。すまなかった」

「いえ全然。そりゃあ仕方ないですよ」

「本当はリースとも話しておきたかったのだが……」

 

 学校には来ていない以上、何とも対処に困る。

 

「なら、俺から伝えておきますか?」

「……こういうのは教師が言わなければ何の意味もないだろうに」

 

 それもそうか。

 

「一先ず君に言うべきことは言った」

 

 「もう大丈夫だ」というサイモンの言葉にガリウスは席から立ち上がり指導室を出る。

 周囲には誰もいない。

 ガランとした廊下をガリウスは歩いて行く。既に放課後、この辺りを通る生徒は居ない。

 

「帰るか」


 きっとジョージも帰っただろう。

 ガリウスは1人教室に向かう。


「やあ、ガリウス・ガスター。君を待っていたよ。こうして話してみたかった」

 

 教室には知ってはいるが、見慣れない顔が1人立っていた。

 生徒ではない。

 教職の男。

 白い髭を蓄えた好々爺。

 

「学長……ですよね?」

 

 ガリウスは初めて話す、明らかに目上の立場の存在に緊張を覚えてしまう。

 

「ブレロー・クラウン、君の言う通り学長だ。名前は……まあ、覚えてなくても構わない。学長と言うことだけでもいい。学校では大体がそんなものだろう?」

 

 ブレローの物言いにガリウスも失笑する。

 

「はは……。あの、それで学長が俺に……ああ、いや私に何の話で」

「もう少し肩の力を抜きなさい」

 

 ガリウスの様子にブレローは優しく諭すように言う。

 

「ああ、すみません」

 

 どう言われても簡単にできる様なことではない。緊張するなと言われ、緊張しない様にできるなら人は苦労しない。

 

「難しい事を言いたい訳ではない。ただ、私は君の才能についてを聞き評価していてね……そんな才能を持つ君と話してみたかっただけだよ」

 

 なんてことはない。

 席に座る様にブレローは促す。

 

「……失礼します」

 

 ゆっくりと椅子を引いてガリウスはブレローの前に座る。ブレローも椅子に座り、ガリウスと目線を同じくする。

 

「さて……この学校はどうかね?」

 

 世間話、生活相談。

 大した意味を持たないような会話。

 学長であるブレローとしては生徒からの学校に対する評価は気になる所もあるのだろう。

 

「楽しいですよ、普通に」

「そうか、それは良かった。君には退屈かもしれないと思ったが」

「そんなことないですよ」

 

 カレンとも会えたのだし、魔法科に友達が出来ていないとはいえ何も悪い空間ではない。

 

「ははは、でも授業は退屈ではないかな?」

「うっ、まあ、それは……」

「じっとして文字を追って、筆をとると言うのは大変だろう?」

「あー、いや。でも、知らない事を覚えるってのは楽しいです……はい」

「はっはっは、そうかそうか」

 

 ブレローがガリウスの取り繕っているようにも見える言い分を聞いて笑う。

 ブレローが笑い終えると一瞬の間が2人の間にできた。

 

「ところで」

 

 ブレローが切り出す。

 

「君は魔法科ではあるが剣術の才能に恵まれているそうだね」

 

 尋ねながらブレローはガリウスの目を覗き込んだ。

 

「どうなんでしょうか?」

「専らの噂だ。君と話をしようと思ったのはそれを聞いたからでね」

 

 ブレローは噂を聞いたに過ぎない様だ。

 ガリウスは他人に才能があると言われても否定はしないが、自ら才能があるとは言えない。こんな微妙な謙遜をしてしまうのも仕方がない。

 

「──それで君は将来、何になりたいのかね?」

 

 この質問をガリウスは何度もされてきたはずだ。

 例えば小学生の頃も、中学生の頃も、高校生の頃も。将来の夢などと言う物を聞かれて、何度も答えてきた。

 

「それは」

 

 小学生の時は学校の先生で、中学生の頃はサラリーマン。高校生になって分からなくなった。

 自分のやりたいことはわからない。

 

「……まだ、決まってないです」

 

 この世界に来てガリウスは確かな将来を未だに考えたことがなかった。騎士にはなってないといいだとか、漠然とした物。

 

「そうか。……では悩むといい、ガリウス・ガスター。君にはまだ時間が残されている。なりたい物を探している最中なのだろう」

 

 ブレローは立ち上がり「学院生活に励み、君の進みたい道を見つけるといい」と言い残して教室を出た。

 

「進みたい道、か……」

 

 今はまだ何もわからない。

 椅子に座ったまま窓を見る。茜の空は段々と暗い幕に覆われていく。

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