第18話 マリエルの過去

「私が何者か、かぁ……」

 

 マリエルの目が上空に向いた。

 人が考え込む時によくする仕草の1つ。

 

「人間だよ」

 

 数秒ほどしてマリエルはガリウスに視線を戻した。

 

「ねえ、ちょっと歩こっか。ガリガリくん」

 

 未だに騎士がいるこの場で話すのはマリエルとしても躊躇う様なことがあるのか。ガリウスは不審に思いながらも、先程の出来事を思えば敵ではないと考えてもいいのかと彼女の提案に肯くことにした。

 

「あの、オーバーリミットは魔王国側の技術なんですよね……?」

「……あー、あの悪魔が言ってたんだ」

 

 マリエルも何があったのかを理解したらしい。どうしてガリウスがマリエルに疑いの目を向けているのかも。

 

「なら、なんで……」

「だからかぁ〜。ガリガリくんが、私を疑ったのは」

 

 肩をガックリと落として嘆く様に。

 

「まあ、人間なのは間違いないよ。それは本当に」

「…………」

「信じられない?」

「……いや、信じようとは思います」

 

 マリエルの事は苦手だが、人間であるかどうかという判別をする上でガリウスの好き嫌いは関係がない。

 行動を鑑みれば、人間と信じてもいい。

 

「…………」

「あの悪魔も私も、どっちも嘘は吐いてない」

 

 並んで歩きながらマリエルが語る。

 

「私の経歴に関わってくるんだけど……ほら、ガリガリくんに前言ったじゃない?」

 

 みんな使ってた、って。

 ガリウスも記憶にはある。彼女がこんなことを言ったからこそ、彼女の生きた環境に疑問を覚えた。

 

「言ってましたね。どこのみんなだよって思いましたけど」

「あはは、だよね〜。と言っても、実際みんな使ってたし……それで、壊れちゃったしね」

 

 彼女の口振りは悲しいことを思い出している様に。ガリウスとしては聞くのをやめるべきか、語るのを止めるべきかと悩むが、今更止めようなどとは思えない。

 空気感の中に口を挟めなかった。

 

「できれば2人だけで話せるところがいいんだけど……」

 

 誰かに見られたいとは思えない話。

 オーバーリミットをガリウスに教えたことが原因で話さざるを得なくなったこと。

 

「はあ……?」

「気になるんでしょ、この話」

「そりゃ、気になりますけど」

「と言うわけで、私の家に招待してあげる!」

 

 こうなることが分かっていたマリエルは家の前まで歩いていたのだ。ガリウスとマリエルの前にあるのは小さな三角屋根の家。

 

 

「は?」

「やーやーや。じゃ、ガリガリくん上がって上がって」

「いや、ちょちょちょ!」

 

 ガリウスは背中を押されて強制的に彼女の家に上げられる。

 女性の部屋に入るなど基本的にない。前世でも女性宅に上がり、2人きりになるなどと言うシチュエーションはなかった。

 家の中で2人きりになる女性など姉か母くらいのもの。

 こう考えるとガリウスはマリエルを姉と同類とは思いつつも、姉と同質とは考えていないことがわかる。

 椅子に座らされて目の前にはテーブル。

 周りは本棚がいくつか。

 ベッドはガリウスから見える範囲にはない。

 

「はい、お水ね」

「はあ、どうも」

 

 差し出されたカップには水が入っている。とは言え飲む気にはならない。

 

「ふー……」

 

 正面の椅子にマリエルが座る。

 

「話の続きをしよっか」

「あ、じゃあ……えー、どうぞ?」

 

 なんとも言えない微妙な空気にガリウスが話を促す。

 

「まあ、私は人間って言ったし、オーバーリミットが魔王国の技術だとも言った。じゃあ、何で人間の私がそんな技術を知ってるのかなんて話になるんだけど」

 

 ガリウスが気になっているのはそれだ。

 

「魔王国って人間を奴隷にして、兵士として使ってるところもあるわけ」

「…………」

 

 悍ましい。

 しかし、否定はできない。

 歴史の上で人間も奴隷を認めていたことがある事を慶悟は知っている。

 

「それで、私も奴隷でね。オーバーリミットを使うなんて珍しくなかった」

 

 随分と暗い過去を持っているようだが、ガリウスには具体的な想像ができない。戦場にいた訳ではなく、ただ平和な世界で生きてきて、ナイフに刺されて死んだ。

 彼女の境遇に同情するが、真に理解はできない。

 

「たくさん死んだ。まあ、私はラッキーだったね……生き残って、保護されて。今ここで生活して」

「…………」

「証拠もあるにはあるけど」

 

 マリエルが突然に上着を脱ぎ出す。

 

「あ、ちょ!」

 

 ガリウスは見ないように腕で顔を隠す。

 宗であったなら気にもしなかっただろうが、ガリウスには免疫がなかった。

 確かにビデオなどを見ることもあるが生で見るのでは刺激が違う。何より10年ぶりともなると。

 

「と、突然脱がないでくださいよ!」

「いやいや、証拠だって」

 

 上半身、黒の下着だけになったマリエルが「ウブだね〜」と笑う。

 

「やかましわっ! ……で、証拠ってのは」

「これだよ、これこれ」

 

 マリエルはくるりと背中を向ける。

 

「刺青……?」

「まあ、魔王国の所有物ってね。別に魔法的な効果はないけど……」

 

 魔王国を意味する悪魔の紋。

 それが彼女の背中には刻まれている。

 

「ガリガリくんにはなんのことか分かんないとは思うけどね、こんな刺青じゃあ」

 

 服を着直しながらマリエルは失笑する。

 

「あの、マリエル先生」

「なあに?」

 

「オーバーリミットがあっちの技術だってこともマリエル先生の事についても分かりましたけど……使うことに躊躇いとかないんですか?」

 

 魔王国の奴隷だった彼女は使いたくないと思っても仕方ないと言うのに。

 

「オーバーリミットはただの道具だよ。あ、でもガリガリくん」

 

 ビシッとマリエルは右手の人差し指をガリウスに向ける。

 

「気軽に使わないよーうにっ!」

「──いや使わないし。何よりアンタにゃ言われたくねぇわ」

 

 マリエルの注意に対してガリウスのツッコミが漏れてしまう。

 

「……そもそも俺に言うよりも、マリエル先生の方が気をつけてくださいよ」

 

 半目でマリエルを見つめながらガリウスが告げると、彼女は楽しそうに笑った。

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