第17話 ウィスパー

『ふむ……コルネリア。背後の彼も手強いな』

 

 リースの魔法の実力は流石に高い。

 ウィスパーとしても警戒せざるを得ない。

 何より魔力量に恵まれているのだろう。

 

「ええ……ですが、今……は、ガリウス、を……」

『ああ、そこは間違えてはならない。ワタシ達の主目的はキミの屈辱を晴らすことだ』

 

 ウィスパーにしても分かりやすい目的だ。彼女の目的であるガリウスを殺せば、彼女は戻り道を失う。

 止まらなくなってしまう。

 

「……シッ!」

 

 ガリウスは剣をしかと握りコルネリアに詰め寄る。剣身のぶつけ合いはガリウスにとっての不利。木剣が半ばから叩き切られてしまう可能性がある。

 迎え撃つコルネリアの剣は見えている。

 

「コルネリアさん。アンタの剣は何一つとして変わってない」

 

 成長はない。

 力強さも変わらない。

 悪魔の力を借りて強くなったフリをするだけ。卑怯者の土俵が崩れた今、彼女の剣技はガリウスに有利な点はない。

 

「霧がなきゃ避けれる」

 

 弱くはない。

 剣技は全て経験によって作られた力だ。

 ただ昨晩のものから直ぐに変わるはずもない。

 

「──祈る、火の精霊よ」

 

 コルネリアの意識はガリウスに傾いている。これは執着と言うべきか。

 背後で唱えられる魔法に気が向かない。

 

「応え給え、我に悪を貫く槍を与え給え」

 

 構築されているのは第4位階、ファイアランス。

 ファイアバレットとは根本的に威力が異なる。無視をしてはならない。

 

「──ファイア」

 

 リースの銃口が向けられる。

 槍は。

 

「ランス」

 

 放たれた。

 燃える。

 空気を焦がして槍は進む。コルネリアに向けて。

 

『第4位階か……では、こちらは』

 

 止めるにはこれだろう。

 今から詠唱を始めたのでは足りない。

 少しだけコルネリアには無理をしてもらおう。

 

『──オーバーリミット』

 

 ウィスパーの言葉に目を見開きコルネリアを止めようとしてガリウスは木剣を横に振る。

 

『シャドウスラッシュ』

 

 しかし、当たらない。

 避けられた。

 魔法の発動を止められなかった。

 剣を持たないコルネリアの左手がリースの方へと伸びている。

 

「リース!」

 

 放たれた影の刃は先程に放たれた物とは比べ物にならない。威力は第4位階のファイアランスにすら迫る。

 

「んだ、そりゃ……!」

 

 リースが知りもしない知識。

 オーバーリミット。

 たったそれだけの言葉で第3位界の完全省略のシャドウスラッシュがファイアランスと同等程にまで並ぶなど。

 空中で槍と剣撃がぶつかり爆ぜた。

 

「あっ……がぐっ……ふっ、ふっ……あぐぃいいいいっ!!!」

 

 喘ぐコルネリアの姿は痛ましいにも程がある。

 

『ほら、コルネリア。思い出せ、ワタシたちの目的を。ガリウスはまだ倒れていないだろう?』

「あ……あ……」

 

 何故だ。

 何故。

 

「何でお前がソレを知ってる……!」

 

 ガリウスが叫ぶ。

 オーバーリミットはガリウスがマリエルから教わった魔法の裏ワザだ。何故、声がこんな物を知っているのか。

 

『おかしな事を』

 

 ウィスパーの姿が見えたのなら、きっと彼は肩をすくめていた様に見えただろう。

 

『……これはワタシ達の技術だ。寧ろワタシが問いたい。何故、キミはオーバーリミットを知っている』

 

 オーバーリミットが魔王国の技術だなどと言うのはガリウスは知らなかった。

 では、マリエルは。

 何故マリエルがオーバーリミットなど知っていたのか。

 

「ファイアバレット!」

 

 彼らの会話を無視してリースの放った魔法はコルネリアの身体をとらえた。

 

「あ、ぐぅうううっ!!!!」

 

 熱さに、痛みに彼女は呻く。

 

「おいガリウス! 何、悠長に敵と話してんだ!」

 

 リースは先程から警戒を解いていない。

 指先はコルネリアに向けたまま。

 

「どうすんだ、コイツ……」

 

 最早、コルネリアは気絶していてもおかしくはない状況。オーバーリミットによる身体への影響の大きさをガリウスは理解している。

  

「……どうする?」

「ああ? 知らねェけど」

 

 ふざける余裕などありはしない。

 

「流石に気絶させりゃいいんじゃねぇのか」

「そうだな」

 

 リースの考えは間違っていない。

 ウィスパーは実際にコルネリアが気絶してしまえば動けなくなる。

 先程のオーバーリミットの使用によるダメージに加え、リースのファイアバレットも一発入っている。あと少しだ。あと一撃を入れられれば。

 戦闘不能に追い込むことができるかもしれない。

 

「なら、その方向……で!」

 

 ガリウスは開いた距離を一気に詰める。

 コルネリアは対して剣を縦に振る。

 

「チッ! ……祈る、祈る。火の精霊よ」

 

 舌打ちをしながらもリースはガリウスの求める答えに辿り着く。

 指先はコルネリアに。

 

「我は大いなる火の精霊の加護を願う。我が祈りに応え給え、与え給え。欲するは悪を貫く槍」

 

 照準はガリウスのおかげで完璧に定まっている。

 

「今度は外さねェ」

 

 燃える。

 燃える。

 紅の槍が装填される。

 魔法を完成させる最後の言葉を放つ。

 

「ブチ抜け。──ファイアランス!」

 

 轟々と燃え盛り、最大威力によるファイアランスが放たれる。オーバーリミットを使えばコルネリアの身体は保たない。

 しかし、ファイアランスに対応するにはオーバーリミット以外にありはしない。だが、瞬間にガリウスの手数が増えた。

 

「オラ、オラオラオラァッッッ!!!」

「…………っ! ぐっ!」

 

 コルネリアが手を離せない状況に追い込まれている。背中に迫るは槍、正面からは木剣。

 

『──なるほど。詰み、か』

 

 どちらにリソースを割いても。

 炎の槍が爆ぜた。

 勝負がついた。

 ファイアランスの上げた轟音は周囲の人間を集める程の物だ。仕方がないと言えば仕方がない。

 火傷を負ったコルネリアとガリウスがいる。傷がひどいのはコルネリアだ。ガリウス自身の怪我は深くはない。

 

「はっ、はっ、はぁ……クソ! 木剣が」

 

 ジョージからの借り物だと言うのに使い物にならない程にボロボロになってしまっている。剣を握るコルネリアも最後までガリウスの剣に対応し続けたからか。

 彼女の身体は煙を上げている。

 動く気配はない。

 

『これは……仕方ないな』

 

 響くウィスパーの声に緊張が走る。

 武器はない。

 戦えるのはリースくらいか。

 これ以上の戦いはまずい。

 ガリウスも動けない。

 とは言え、ウィスパーの姿はどこにも見当たらない。空気を感じることすらできない。

 

「隠れてやがんのか」

 

 リースが腹立たしげに周囲を見回す。

 

『隠れる? ……はは、表現が違うな。ワタシは姿なき悪魔なのさ』

 

 故に攻撃が当たることはない。

 故に知恵あるモノを必要とする。

 

『そして今回は彼女に力を貸してもらった』

 

 結果としては散々な物だったが。

 ウィスパーの目論見としては手始めに彼女の心の闇のキッカケであるガリウスを殺し、後にこの町を内側から瓦解させるつもりであったが。

 

『ああ、そうだ……! 遅れて申し訳ないが自己紹介でもしておこうか。ワタシはウィスパー。キミたちの事はどうでもいいし、今すぐにでも殺してしまいたいところだが……残念ながら今のワタシは無力だ』

 

 やれやれ。

 

『とはいえ、キミたちもワタシを殺す事はできないだろう?』

「…………」

 

 姿のない者。

 触れることは能わず、ならば当然、殺すことなど出来るわけもなく。歯噛みをする思いで見逃すしかない。

 

『我々はお互いに打つ手なしときた』

 

 仕方ないとして、募る物があるが。

 お互いに。

 

「……テメェ」

 

 リースもウィスパーの言いたい事は理解できるが、認められるはずもない。

 ここまでのことをしておいて、互いにどうにもできないから無罪放免にしろなど。こんな条件、ガリウスの側に利点はない。

 

「…………ざっけんなよ」

 

 認めたくないがウィスパーの言う通りだ。

 ガリウスには打てる手がない。睨みつける、悪態を吐く。しかし、こんな行動に何の意味もないことも分かっている。

 

『ふざけてなどいないよ』

 

 余裕がある。

 自らを傷つけることの出来るものがこの場にいないからこその優越。

 

『では、本日はここらで幕引きとしようか。少しばかり残念ではあるが、ワタシは失礼しよう。青き若者たちよ』

 

 嘲笑うかの様な態度。

 騒ぎの中に居るのは4人だけ。

 ここにウィスパーの姿などありはしない。

 路地の向こうから女の声が一つ。

 

「──ねえ、本気で言ってる?」

 

 カツン、カツン。

 1人の足音が近づいてくる。

 

「悪魔さん」

 

 現れた彼女にはゾッとする程、表情がない。

 ガリウスの知っている彼女とは、マリエルとはあまりにも違いすぎる。

 

『キミは……誰かね?』

 

 ウィスパーはとぼけた訳ではない。

 マリエルに関する記憶はないのだ。

 

「どうでもいいでしょ」

 

 マリエルとて悪魔などに覚えられていることに期待していたわけでもない。興味もない。この場に来たのは音が聞こえたからだ。

 大きな音が。

 町中に似つかわしくない音が響いたから。

 

「それより、さぁ。本当に自分が死なないと思ってる?」

 

 ウィスパーはマリエルの問いに悪寒を覚えた。ただの人間風情にウィスパーを攻撃できる筈がない。

 

「……祈る、祈る。光の精霊よ。我は大いなる光の精霊の加護を願う。我が祈りに応え給え、与え給え。欲するは輝ける一条……シャイニングレイ」

 

 悪魔に対する最高の攻撃として光魔法がある。マリエルの得意属性は風魔法だが、彼女は光魔法もある程度のレベルまで扱える。

 

『ぐぅううううっっっ!!』

 

 光線が勢いよく発射され、コルネリアの脇腹を掠めて通った。光魔法の中でも威力のある攻撃魔法。

 初めてウィスパー自身の呻めきが上がる。

 

「祈る、祈る……」

 

 これ以上はまずい。

 

『チッ…………』

 

 ウィスパーは何かを言い残すことなく完全にこの場から逃げ出した。

 

「…………逃げちゃったか」

 

 マリエルとて流石にウィスパーの姿が見えている訳ではない。探し出そうにも見えないモノなど見つかるわけもない。

 

「あの、マリエル先生……なんでここに?」

 

 先生なのだから普通は学校にいるものだろう。

 

「騒がしかったから来てみたんだ。ちょっと離れてたけど、流石に聞こえてきたし」

 

 ファイアランスの時点で音自体は町中に響いていた。ウィスパーがオーバーリミットを使用したあたりでは確実に。マリエルの到着がウィスパーが去るより前に間に合ったのは最後にウィスパーが饒舌に話していたから。

 

「わっ。あ〜、ガリガリくん。痛いね、痛いね〜」

「いや、あの」

「直ぐ治してあげるね。泣かなくて偉いね〜」

「…………」

 

 火傷した身体を見て態とらしく言ってみせるマリエルにガリウスも若干怒りが込み上げてくる。

 

「ほいっと、ブレス〜」

 

 ガリウスの心情など知らず、マリエルは軽い調子で魔法をかける。

 

「後は……そっちの子はどうしよっか?」

 

 ガリウス以上にひどい怪我をしているコルネリアの様子を見てマリエルは決めかねている。

 

「…………一先ず、騎士隊に引き渡しましょうか」

 

 マリエルが到着してから直ぐに騎士隊も駆けつけてくる。

 ガリウスもコルネリアの無事が気になるが後は騎士隊が何とかするとして身柄を引き取った。

 

「あの、マリエル先生」

 

 リースはそそくさと帰ってしまい、ジョージにはマリエルに聞きたいことがあると言って先に行かせた。

 

「オーバーリミットって……何ですか?」

「魔法の威力を上げる技術だよ」

「聞きたいのはそれじゃなくてですね……あー、質問変えます」

 

 溜息を吐きながらガリウスは本題を持ち出した。

 

「アンタ、何モンですか?」

 

 悪魔なんじゃないだろうな。

 ガリウスは不躾に、疑心を孕んだ視線をマリエルにぶつける。


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