第16話 放課後の襲撃

「今日もお疲れ様でした」

 

 アルバは生徒に1日の終わりを告げる。

 授業も終わり、放課後となった。ガリウスは学校の外に出る。本日はマリエルに捕まることもなく順風な1日となった。

 とは言え、帰れば間違いなくドミニクとの訓練が待っているのだが。

 

「……言っても仕方ないか」

 

 どうにもならない現実にガリウスは項垂れてしまいそうになる。

 

「我が友は今日も憂鬱なのか?」

 

 普段と変わらない通学路。

 いつも通りにジョージがいる。今日は特にガリウスにも予定があるわけでもなく一緒に下校することとなった。

 

「まあ……憂鬱にゃなるだろ」

 

 訓練が好きな訳でもないのだから。

 

「大変そうだな」

「大変なんだよ……」

 

 変わるわけがない。

 夕日が沈みゆく中に別の声が響く。

 

『──ダークフォグ』

 

 瞬間に黒い霧がガリウスとジョージを覆った。

 

「な、何だ!?」

 

 ジョージが混乱して大声を上げる。

 学院からは離れた場所。何かが違う。空気からして不味いことが起きている感覚がする。

 

「ふっ……!」

 

 しかし、ジョージに目をくれることもなくガリウスに魔法を使ったであろう者が突っ込んでくる。

 

 ブンッ!!

 

「チッ!」

 

 黒い霧のせいで視界が晴れない。

 何とか直前に蹴りを防ぐことができたが、避けることはできなかった。受け身を取り正面を見据える。

 人通りの少ない道にガリウスは蹴り飛ばされてしまった。

 霧が掛かっていない場所。

 

『ダークフォグ』

 

 まただ。

 また、黒い霧がガリウスの視界を覆う。

 

「クソッ……!」

 

 誰だ。

 何故ガリウスを狙う。

 

「アンタ、誰だよ……」

 

 姿が定まらない。

 この霧は風魔法で吹き飛ばせるかもしれないが、戦いの中で使えるほどの魔法はガリウスにはない。

 

「…………」

 

 答えはない。

 シィイイイイ、と金属が擦れる音。ガリウスは悪寒を覚える。

 これは。

 この音は。

 

「…………っ」

 

 剣が抜かれた音。

 無手のガリウスに対し相手は剣を執り、魔法も扱う。圧倒的に不利な状況。最悪だとしてもいい。

 周囲に人はいない。

 助けを呼ぶにもどうしたものか。

 

『コルネリア。魔法はワタシに任せてもらおうか』

 

 コルネリアに向けて悪魔は囁く。

 ウィスパーは闇魔法に長けている。とは言え彼自体に肉体はない為、コルネリアの身体を通して魔法を使用する形になる。

 

「ええ……。ガリウス・ガスター」

 

 コルネリアはガリウスに向けて構えを取る。条件は同じだとウィスパーが告げている。ガリウスは武器を持っていないと言うのに。

 

「ふっ!」

 

 コルネリアが斬りかかる。

 ギリギリでガリウスが避ける。本物の剣が鈍く光を反射しているからか。

 身体が大袈裟なほどに怯えている。

 ガリウスにあの凶器が向けられている。

 

「……はっ、はっ……く、そっ!」

 

 拍動が早まる。

 緊張が加速する。

 

「やぁっ!!!」

 

 水平斬り。

 ガリウスは大きく仰け反って回避。

 

『シャドウ』

 

 次の瞬間に理解できない衝撃がガリウスを襲い吹き飛ばす。

 

「がっ、は……げっほ……」

 

 黒い霧の中で発動したのは闇魔法第2位界のシャドウ。シャドウは黒い霧に紛れて認識がしづらい。

 

「お前、何なんだ!」

 

 魔法を唱える声と剣を振る者の声が一致していない。この場にはガリウスとコルネリアの2人しかいないと言うのに。

 

「コルネリア・フランツ」

「……ああ、どうも。コルネリアさん」

 

 悪態を吐きたくもなるが余裕がない。

 

「どうしてそんな事になってるんです」

 

 コルネリアと名乗った彼女の姿はボヤけて定かではない。

 

「条件は整った、そうでしょ?」

『その通りだとも、コルネリア』

 

 真面じゃない。

 コルネリアと話す何かが原因か。

 

「──お前だ。お前が原因か」

 

 姿なき者に問いかける。

 顔も見えないソレは詐欺師の様だ。

 

『彼は狡猾だ、コルネリア。こんな時にも魔法を使おうと時間稼ぎを狙っている』

「ええ……ええ」

 

 剣を握り、彼女は迫る。

 霧を払わねば。

 風魔法の一つ、詠唱完全省略で使えたのなら訳ないというのに。

 

「……無理だな」

 

 脳裏を過ったのはオーバーリミット。

 オーバーリミットを使えば黒い霧を全て晴らす威力の魔法をガリウスも放てるが、体を襲う激痛に耐えられる様な気がしない。

 殊、戦いにおいてこれ以上にない隙を見せる事になるだろう。

 

「ジョージは……大丈夫か」

 

 心配にもなるが、問題はジョージよりもやはりガリウス自身の安全のことだ。

 仕方なしとガリウスは気合を入れる。

 

「……死にたくねーな」

 

 ぬらりと見える剣に恐々としながらガリウスは集中力を高めていく。



「……テメェ」

 

 リースは町をぶらぶらと歩いていた。

 いつも通りのサボッタージュ。

 学校に行くつもりはないが、家に居たいとも思えない。彼の気持ちはおかしなものではない。アテもなく常に反骨的な口振りで肩で風を切りながら歩く。

 

「……おい、テメェ。ガリウスの連れじゃねぇか。何やってんだ、学校はどうしたよ。もう終わったのか?」

 

 リースが言えたことではない。水色の頭の少年は学校をサボる様には思えない。

 思えば時間も夕方か。

 

「あ、ガリウス!」

 

 思い出した様にジョージは名前を叫ぶ。視線の先には黒い霧に覆われた狭い路地。人の通りがない。

 

「……祈る、祈る。風の精霊よ。我は大いなる風の精霊の加護を願う。我が祈りに応え給え、与え給え。欲するは突風」

 

 指先を黒い霧に向けて詠唱を始める。

 

「ウィンド」

 

 風が霧を払っていく。

 露わになっていく2人の姿。1人は剣を握る女性、もう1人は無手で相対する少年。

 コルネリアとガリウスだ。

 

「どうしたよ、ガリウス。楽しいことでもしてんのか?」

 

 リースは指先をコルネリアに向けたままに冗句を口にする。

 

「霧が……助かったぜ、リース」

 

 視界を覆っていた暗い霧は晴れ、コルネリアの姿が露わになる。そして、彼女の握る剣も。

 

「──っ。ぁっ……はっ……はっ、はぁはぁ」

 

 ガリウスの呼吸が乱れる。

 陽光を反射する剣がどこまでも恐ろしい。あれは人を斬る、貫く、破壊する。血だ、血が溢れる。

 痛みが。

 フラッシュバックする。

 隙だらけだ。

 コルネリアが見逃すはずもない。

 

「何して……! クソ! 祈る、風の精霊よ! 応え給え、吹き抜ける風を起こし給え!」

 

 動かないガリウスに焦りの表情を見せながらリースはウィンドの詠唱を短縮させて叫ぶ。

 

「ウィンド!」

 

 詠唱短縮によって弱体化したとは言えリースの魔法は無抵抗の人1人を吹き飛ばすのに造作はない。

 

「ふっ!」

 

 先程までガリウスのいた場所をコルネリアの剣が通り抜けた。

 

「わ、るい……」

 

 青白い顔のままガリウスはリースに礼を告げる。まずい。霧が晴れた事により剣は一層確かにここに存在するものとなりガリウスのトラウマを抉ってくる。

 この状況も悪い。

 こちらは無手、相手は剣。

 武器が違えど、世界が違えど、あの日を思い出すには十分な材料が揃っている。

 

「腑抜けてんじゃねぇぞ、ガリウス。俺はテメェをぶっ飛ばすつった」

 

 その前にガリウスに死なれてはリースとしては溜まったものではない。

 

『……ふふ、コルネリア。やはり彼は卑怯者だ。キミの戦いに邪魔者を呼んだ』

 

 ふざけた声だ。

 この様な戯言、誰が信じると言うのか。

 

「ええ、そうで、すね」

 

 侵食されていく。

 彼女の心は悪魔に落ちている。

 信じる、信じないなど関係ない。

 

「ファイアバレット」

 

 リースは問答無用にコルネリアに向けて炎の弾丸を撃ち放つ。

 

『シャドウスラッシュ』

 

 しかし、黒色の刃によって相殺されてしまう。魔法の威力は同等。

 

「チッ……」

 

 不意打ちのつもりだったが防がれてしまった。ファイアバレットの詠唱省略では威力が足りない。

 

「はあ、はあ……落ち着け。剣は……見えてるんだ」

 

 勝てないはずがない。

 剣の軌跡は昨日と変わらない。速度が速くなった訳ではない。よくみろ。避けられるだろう。

 ガリウスの目は異常なのだから。

 

「ジョージッ!」

「え、あ、うん!」

 

 何を求めているのかをジョージは理解した。武術科のジョージに呼びかけたと言うことは。

 彼は。

 

「ありがとな」

 

 武器を求めているのだ。

 武術科と言えどジョージが持つのは木剣。

 ガリウスは恐怖の中に立つ。

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