第15話 差し込む悪意

 闇は蔓延る。

 夜は深い。

 月の光が僅かに差し込む部屋で少女は力無く座り込んでいた。

 

「子供に……負けた」

 

 自信をへし折られた少女にこそ闇は生まれ出づる。人は青い。何よりも精神が熟れないままに終わる。枯れ果てる。

 そんな果実ココロを悪意は蝕む。

 

「な、何!?」

 

 視線を感じて振り返る。

 何もいない。視線が何処から向けられたものかは分からない。

 怯えるコルネリアに紳士的な声が問いかける。

 

『悔しかったろう? その筈だ。キミは弱くないのだから。そうだ、あの少年はズルをしていた』

 

 キミが勝てなかったのは道理だ。

 仕方ないだろう。

 姿の見えない何かが囁く。

 ドロリとコルネリアの心の中身が露出する。

 

『キミに見抜けなかったのは仕方がない。キミは嵌められたんだ。自らの実力を貶める必要はない』

 

 囁く。

 唆す。

 彼は導く。

 姿なき故に人の世へと現れる。

 無貌の悪魔はせせら嗤う。

 

『恐ろしく高度な偽証であった。その怒りは正当なものだ』

 

 全ては敬愛する主の為に。

 主はきっと喜ぶと思い、主体性に富んだ行動を心がけている。これは彼の方の為に。

 

「ちがっ……!」


 コルネリアは否定の言葉を叫ぼうとして、悪魔は遮った。悪魔は彼女の否定を成り立たせない。


『では、なぜ一介の学生風情が、それも新入生風情がキミの剣を避けられた?』

 

 学生では騎士の剣は対処できない。

 彼はコルネリアに確認をする。彼自身がこう思ったのではない。

 

「そ、れはっ! 彼の実力で……」

『魔法だ。彼にあってキミになかったのは魔法の力だ。でなければあんなことはあり得ない』

 

 便利な言葉だ。

 知識の無いものを騙すには自らが知っている知識で嘘を吐くだけ。

 

「魔法……?」

『ああ』

 

 悪魔は騙る。

 魔法に詳しくない者を騙すのは容易い。目を良くする魔法などありはしない。6属性の魔法の中に目をよくするなど。

 

『彼は自らの能力を強化したんだ』

 

 けれど彼女はわからない。

 武術科卒の彼女には魔法の細かな話など理解できない。

 

「いや、しかし……」

『キミは魔法の知識に疎い』

 

 だから。

 

『だから、分からなかった』

 

 騙しやすい。

 

「────ッ!」

 

 疑いがブクブクと芽吹く。

 猜疑心は一度でも現れれば止められない。

 愚かだ、愚かな存在だ。

 自らに都合が良い言葉が囁かれれば縋らずにはいられない。

 

『しかし、今は違う。ワタシはキミに力を授けよう』

 

 提案を1つ。

 契約を持ちかけよう。

 何とも悪魔らしいことだ。

 

「力……」

『魔法だよ』

 

 闇に潜み、心に潜み、囁く悪意。

 善を語り、仲間を騙り、導くモノ。

 

『それで初めてキミと彼は同じ土俵に立つんだ』

 

 知恵あるモノの弱さを見つけては付け込み騙し、取り入る。彼は最弱の悪魔。人がなくては存在しても意味のない純然たる言葉の悪意。

 

 彼の悪魔はウィスパーと呼ばれる。

 

 ウィスパーは闇の中に少女の手を取り魔法を齎す。

 支配を与える。

 共に戦おう。

 闇は蔓延る。

 夜に巣食う。

 

『さあ、コルネリア。リベンジマッチをしないか?』

 

 コルネリアの思考に靄がかかった。

 キミの力はワタシの為に、ウィスパーはひっそりと笑って見せた。

 正常にはいられない。

 

『あの少年と』

 

 コルネリアはウィスパーに囁かれて導かれる。悪意の向く方向に。


『今度は平等な条件で』

「そう……です、ね」


 コルネリアの精神が陥落した。

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