第12話 魔法の基礎理論

 魔法基礎学の授業が終わりガリウスはアルバの元に向かう。

 

「あー、先生」

 

 質問をしたい事があったからだ。

 

「はい」

「ちょっと聞きたい事があるんですけど」

 

 教壇の上でアルバはガリウスに向き合う。

 

「何ですか?」

 

 他の生徒はそれぞれに友人などと話していたり、トイレに向かったりと授業の合間時間を過ごしている。

 

「あの、詠唱の省略の授業って前にやったじゃないですか」

「やりましたね」

「あれって文構造的に意味が通らないとダメなんですよね?」

 

 ガリウスの解釈ではだが。

 

「そうですね。文が成り立たなければ魔法も成立しません」

「……それだと無詠唱ってどういう理屈で発動してるんですか?」

 

 文法も何もありはしないというのに。

 「そうですね……」とアルバは考えるようにして見せたから説明を始める。

 

「魔法が発動する理論はわかりますか? 授業ではまだ進めていませんが」

「……分かんないです」

「では、そこから。魔法は大気中に存在する小さな精霊たちに呼びかける事で発動できます。この時、精霊たちに自身の魔力を与えることを条件として協力してもらえるかが決まります」

 

 簡単な話、精霊たちは魔力を好むと言う事だ。より強い効果を発揮したいのであれば大量の魔力を持つ方が良い。

 

「そんな精霊たちは省略なしの詠唱で全ての意味を理解して協力します。しかし、もし少しでも詠唱を省略した場合、協力するつもりだった精霊が意味を理解できずに魔法構築に参加不可能となります」

 

 だから魔法の威力は詠唱省略の際に下がるのだと言う事らしい。

 

「また、それぞれに得意な属性があります。私は水魔法が得意ですが、これも人それぞれです。これは妖精と波長が合うかどうかという話ですね。これはこの前も言ったと思いますが」

「そう言えば……言われたような気がします」

「しっかりと聞いておいてください。……それで無詠唱に関する話ですね」

 

 前提となる説明を終えて、ようやく本題の詠唱完全省略の説明に入る。

 

「無詠唱においては詠唱がないため協力してくれる精霊はめっきり減ります。術名だけで協力を願う訳ですからね」

「……あー」

「私たちが突然に単語だけ告げられても意味が理解できないことも多いというのと同じですね」

「でも、理解できる人もいる……と?」

「そういう事です」

 

 リースの魔法が成り立ったのはこういう訳だったのか。

 

「ガリウス。どうして詠唱完全省略について質問したのですか?」

「あー……友達が使ってまして」

 

 リースは友達という事でいいだろう。

 グレムリンから仲良くしてほしいとも言われているのだし。

 

「随分と優秀な友達ですね」

「そうなんですよ。俺なんかとは違って滅茶苦茶優秀なんですよ」

 

 ヘラヘラと自らを卑下しながらリースの事を持ち上げる。実際、優秀なのだから悪い事ではないはずだ。

 

「ガリウス。あなたもこれからの努力で成長できます」

「あ、いや、すみません。お気遣いを……」

 

 何を言ったところで成長には限界がある。

 才能ある者の成長の差と才能なき者の成長の差。まるでゲームのように頭打ちになる程度レベルは決まっている。

 

「あの、その友達がリース……って奴なんですけど」

「リース。……リース・ファーバーですか?」

「はい。あの、リースって学校に通ってるんですか?」

 

 昨日は制服を着ていなかった。

 時間帯で考えても制服を着ずに学校の外にいるのはおかしかった。

 

「在籍自体はしてます。私のクラスではありませんね。担任はイェルク先生です」

「学校には来ていないんですかね?」

「……詳しいことはイェルク先生に聞いてください」

 

 アルバはクラス外の個人のことを詳しくは知らない。担任であるイェルクが詳しいのは当然。

 

「ありがとうございます」

 

 頭を下げてアルバの前からガリウスは離れていく。

 真面目なのか不真面目なのか、アルバにはまだ判断しかねた。



 アルバの話を聞き、昼休みにでもとガリウスはリースの話を聞くために職員室に向かった。きっとイェルクが居ると思ったからだ。

 

「失礼しまーす。ガリウス・ガスターですがイェルク先生っていますか?」

 

 入学式の日に自己紹介は聞いたが顔と名前が一致していない。ガリウスが覚えているのはサイモンとアルバ、後は学長のブレローであったり授業に来る教師くらいだ。

 他クラスの担任であるイェルクとの関わりは無いに等しく、ガリウスの記憶にないのは仕方がない。

 

「ガリ……あー、ガリガリくんだ!」

 

 彼女は思い出した、と言った様子だがガリウスは困惑してしまう。しっかりと会うのは初めての筈だと言うのにニックネームをつけられるとは、どう言うことか。

 

「ヤッホー、ガリガリくん!」

「ガリウスです」

 

 トテトテとマリエルが微笑みながら近づいてくる。何というか、精神的な距離感が近い。

 

「サイモン先生から聞いたよ〜、カレンちゃんと結構良い勝負したって……」

 

 マリエルもあの場に向かったのは良かったがサイモンがいつの間にかいなくなってしまったのだ。

 マリエルは更にガリウスに近づく。


「サイモン先生がそう言うんだから、本当に良い勝負だったんだね。びっくりしちゃったよ」

 

 自然とマリエルの右腕がガリウスに向けて伸びる。

 ガリウスの左肩を掴もうとしていると感じても不自然はない。彼女は距離感が近いのだし、これくらいのことはしそうだ。

 

 だが、ガリウスは反射的にマリエルの右手首を掴み上げていた。

 

「あはは、どうしたの?」

「なんか怖かったんで」

「……君、面白いね。勘がいいんだ」

 

 彼女は嗜虐的に笑った。

 ガリウスはマリエルに似た存在を知っている。聖慶悟の姉だ。標的は専ら慶悟のみであったが、慶悟に悪戯を繰り返して反応を見て笑っていた。

 

「気に入ったよ、ガリガリくん」

「……俺的には先生とは関わりたくないんですけど」

「冷たいこと言わないでよ〜ガリガリくん。私マリエルね、よろしく」

「……そんなことよりですね」

「そんな事?」

 

 キョトンとした顔をしたマリエルに、ガリウスはまずいことを言ったかと思わずたじろぐ。

 

「ああー、イェルク先生だっけ? イェルク先生はね〜、多分魔法実験室にいると思うよ。あの人、職員室が好きじゃないらしいし」

 

 マリエルはニコニコと笑っている。

 先程よりも楽しそうに。

 

「ありがとうございます。あの、失礼しますね?」

「うんうん。また遊びに来てね」

「はは……失礼しました」

 

 ガリウスは二度とマリエルが居る時は職員室に入りたくないと思いながら、職員室の扉を怪しまれない程度に素早く閉めた。

 

「魔法実験室……か」

 

 ガリウスには想像がつかない。

 魔法実験室に関しては多くの学生がガリウスと似たような認識だ。自らの魔法の適性を調べられる機材があるだとか、学生の多くが大凡でしか物を知らないのだ。

 学校内にある地図を確認しながら目的の魔法実験室に向かう。

 

「失礼します。イェルク先生いま────」

「チェイン……!」

 

 入った瞬間に魔法が発動した。鎖がガリウスの身体を捕らえる。

 

「うぉっ、ちょっ……!」

 

 突然のことに反応できなかった。

 

「何者だ」

「魔法科1年、ガリウス・ガスターです」

「君は……僕のクラスではないな」

 

 ガリウスの顔を見て白衣を着た緑色の髪の小柄な男性教師は記憶を確認する。

 

「僕に聞きたいことでもあるのか」

「まあ、そうですね」

「出来れば簡潔にお願いしたい。僕は人と会話をするのが苦手だ。何より人と接するのが苦手なんだ」

「あー、はい」

「とは言え、勉強の事じゃないだろうし……何だろうか?」

 

 考え込むような素振りを見せるイェルクはどうにも教師には思えない。親の白衣を着て背伸びをした子供の様に見えて仕方がない。

 

「えーと、リースの事なんですが」

「ああ、リース・ファーバーのことか……君に関係があるのか?」

「一応、友達なんで」

 

 ガリウスが友達といえば「なるほど。それで?」とイェルクは続きを促す。

 

「や、友達として心配なことが1つあって……アイツって学校来てますか?」

 

 ガリウスはズバリと聞けば、

 

「来てないよ」

 

 と、イェルクは落ち着いた声で答えた。

 

「僕の授業のレベルの低さに呆れてるんだろうね。彼、火属性は第4位界の短縮詠唱までできるみたいだし」

 

 魔法基礎学もとっくに理解しているだろうとイェルクも否定はしない。

 

「僕は土魔法の教師だし。1、2年だと基本的に魔法基礎学しかやらないし」

 

 退屈なんだと思うよ。

 イェルクは残念そうに語った。

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