第9話 盗人より財布を取り戻せ
浅い息が連続して響く。
服が擦れる音と風を切る音。
「はっ、はっ……」
僥倖。
ラッキー。
男は走っていた。黄ばんだシャツを纏った貧しそうな姿。
「し、死ぬかと思ったが……ははっ」
盗人の小柄な男は手に入れた財布を弄り喜びを隠し切る事はできずにいた。
少しでもここから離れる。
まさか魔法使いだとは。
だが、エーレ総合学院の学生が入ったおかげで幸運にも逃げられた。
「飯だ……飯」
男に家族はいない。
職はない。
騎士隊に何度か捕まってしまったこともある。故にこの町で真っ当に生きようなどとは思ってもいない。
男が走る速度よりも数段早い突風が真横を抜けた。
「逃さねェぞ、クソ野郎」
恐る恐ると振り返る。声の主は魔法使いのリース。
「──祈る、祈る。風の精霊よ。我は大いなる風の精霊の加護を願う。我が祈りに応え給え、与え給え。欲するは突風」
ヒュウヒュウと可視化された風がリースの指先に集う。
「ウィンド」
突風が吹く。
真っ直ぐに盗人の男に向かって。
「ぐぁああああっ!!!」
吹き飛ばされて尻餅をついてしまう。
ウィンドという魔法に殺傷能力はほとんどない。軽く吹き飛ばすだけの効果しかない。
「よっと……さっきは事情も知らなかったけど、ちゃんと話は聞いたぜ?」
ガリウスが屋根上から飛び降りて盗人の前に現れた。
「盗ったもんちゃんと返せよ」
ガリウスが蹲み込み男に視線を合わせながら言っても、聞こえているのかどうか。ただ怯えているだけだ。
「……チッ」
呆然としてる男からリースは舌打ち混じりで自らの財布を取り上げて、スタスタとそのまま去っていこうとする。
「リース!」
「……礼は言わねえぞ」
「そうかよ。……まあ、なんだ」
ガリウス自身、リースから礼を言われる事を期待していたわけではない。彼の反応もガリウスにとっては予想通りだった。
「また財布盗られねぇように気をつけろよー!」
何となく、気を遣わなくても良いような気がしてガリウスは態とらしく去り際の背中に言ってやる。
「チッ」
また舌を打つ音が聞こえた。
「ジョージ!」
名前を呼べば軽やかにジョージが屋根の上から降りてくる。
「フッ……呼んだか、我が友!」
「おう、終わったぞ」
「ぬぬっ、我が活躍してないではないか!」
ジョージも盗人の男を探すのを手伝ったのだが見つけることができなかった。
「まあ、過ぎた話は仕方がなかろう!」
「……そうだろ? よし、帰るぞ」
ガリウスはリースの先程の行動を思い出す。リースは得意な火属性の魔法ではなく殺傷能力の低い低級の風魔法を使った。
『やり過ぎるなよ?』
ガリウスが注意した時は何も言わなかった癖に、しっかりと低級風魔法に切り替えた。
「素直じゃねぇー……」
ガリウスにも思うところはある。
初めからファイアランスも当てるつもりはなかったのだろう。ガリウスと相対していた時はリースが興奮していたため、例外と言って良いだろう。
「リース・ファーバーか」
才能の塊。
だと言うのに卑屈な精神性。
素直に人の賞賛も受け入れられない。何かしらの要因があるのだろうかとガリウスは考えてしまう。
「グレムリンさんと全然似てねぇし」
性格の面では特に。
あちらは自らの実力に絶対の自信がある人間だ。自らの実力への意識が兄弟で正反対だと言うのは珍しい話でもない。
「ガリウスー!」
「おう」
考えながら歩いていたせいかガリウスとジョージの距離は開いてしまっている。
少しだけ歩く足を早めた。
「……あれ。つーか、何であいつ制服着てなかったんだ?」
一つの疑問がガリウスの脳内を過ぎった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます