第3話 魔法の才能
ガリウスが校庭に向かう途中で1人の少年が喜色満面で駆け寄ってくる。
「久しいな! 我がっ! 友よ!」
バッ、バッ、バッ。
水色の髪な中性的な顔立ちの男子学生がガリウスに声をかけ、素早く腕を動かし、右手で左目を覆い左手は右肘を掴むといった謎のポーズを決める。
「何してんだ、ジョージ」
「フフハハハ! 我らを別つ空間も今はない!」
「……いや、お前武術科だろ。早よいけや」
ジョージ・シャインはガリウスの同学年の武術科の生徒である。
悪い男ではない。
ただ、こうしてルールを守らない事が度々あるのだ。
「落ち着いて聞いてくれ、我が友」
「ガリウスと呼べ、ガリウスと。2度と口聞かんぞ」
「ガリウス……クラスで友達が1人も出来ないんだ」
ワナワナと震えているがガリウスにしてみれば何もおかしなことはない。まず突飛な発言を繰り返すジョージはクラス内でも当然のように浮くだろう。
不自然ではない。
「あっちに集まってんぞ、お前のクラス」
「ま、待ってくれ! あ! と、というかだな、ガリウス! 我々の約束を忘れたのか!」
約束、ね。
ガリウスは明後日の方向に目を向けた。
「共に武の道を極めようと契りを交わしたではないか!」
「……だって、武術科ってテストないけど実践形式で点数決めんだろ? 痛いじゃん」
「ぬぅうっ!! しかし、ガリウスの剣捌きは我もよく知っているぞ!」
「はいはい、木剣での話ね」
ガリウスは適当に話を流す。
武術は学問ではない。故に知識を問うなどと言うことはなく、実技を重んじる。怪我も魔法科以上に多い。
怪我をするのが嫌だと言うのもあるが、何よりもガリウスの心理的に未だに刃物を扱う覚悟が決まらないのだ。
「ジョージ」
クラスから離れたジョージが中々来なかったためか、1人の女子生徒が呼びにきた。
髪を一本束ねた銀髪の少女。
13歳、胸は慎ましやかだがスラリと伸びた足は魅力的に思える。
「げっ、カレン・ハンネス! な、何をしにきた!」
即座にジョージはガリウスの後ろに隠れた。
「ほら、迎えが来たぞ。とびきりの美少女だ。早く行け」
「…………ジョージ」
彼女は褒められる事に慣れていないのか顔をほんのりと赤らめているが、何とか平静を装いジョージの名前を呼ぶ。
「先生の拳骨が落ちても良いなら構わないけど」
「あ、行きます。……では、さらばだ! 我が友ガリウス! また会う日まで!」
ジョージが引きずられていく。
「ガリウス・ガスター!」
「はい!」
その光景を見送った直ぐ後に、ガリウスは教師に名前を呼ばれて駆け足で向かう。
「何をしているのですか!」
「すみません!」
自分のせいではないが、とにかく謝っておこう。
ガリウスは思うところもあったが口には出さないのが一番楽だと考えた。
「一応は授業中です。自分勝手な行動は慎んでください。……とにかく、あなたの番ですよ」
渡されたのは一枚の紙。
書かれている物は第2位階の水魔法、ウォーターボールの詠唱文。
「詠唱を」
「はい。──祈る、祈る。水の精霊よ。我は大いなる水の加護を願う。我が祈りに応え給え、与え給え。欲するは弾、『ウォーターボール』」
詠唱省略はない。
間違いなく効果を発揮する魔法詠唱。
かざした右掌の先に野球ボールほどの大きさの水の球が出来上がる。これだけでは飛びはしない。第二位階、ウォーターボールは水の球を作るのみ。
「…………マジか」
驚いたのはガリウスだ。
彼の魔法は確かに成功した。
しかし出来上がった水の球の大きさはあまりにも小さい。
「あれぇ〜……」
バシャン。
ウォーターボールは重力に従い地面に落ちて弾ける。
掌は関係ないと言うのにガリウスは自らの手を見つめていた。
「あの、先生」
「はい?」
「ウォーターボールって普通どれくらいの大きさなんですか?」
「……次の子のを見ててくださいね。マリーさん」
教師の言葉に従いマリーと呼ばれた少女の魔法を見る。
「──祈る、祈る。水の精霊よ。我は大いなる水の加護を願う。我が祈りに応え給え、与え給え。欲するは弾、『ウォーターボール』」
出来上がった水球はバスケットボール程の大きさ。
「ガリウス。あれが本来の大きさです。人によって大きさに差異はありますがね」
驚いた。
まるで違う。
確かに使えると言う意味では同じだが、出力が違いすぎる。
「大丈夫です。あなたもこれからです。伸び代はまだまだありますよ。それに魔法には適性もありますから。今回ははじめての魔法という事で安全性を考慮した水魔法にしましたが……」
励ましの声は右から左へと抜けていく。
現在時点で彼の魔法の才能はクラス内では
「俺って……」
才能ないな。
呟きが漏れ出そうになる。
またガリウスは掌を見つめていた。
*
「…………どうしよ」
授業が終わり昼休みになったというのにガリウスは先程の出来事を引きずっていた。
「こう言うのってフツーに魔法使えるもんだと思ってたんだけどな」
大したチート能力でなくとも一般人レベルの魔法はどうにかなると思っていた。
「我が友!」
突然の声に顔を上げる。
「なんだ、ジョージか」
「思い詰めたような顔をしていたので、話しかけた次第!」
許可を取ろうともせずにジョージはガリウスの目の前に座る。科が違うと言うのに同じ室内にいるのは全学生に開放されている学生食堂だからだ。
ジョージとガリウスの間にあるテーブルには肉と香辛料をふんだんに使ったスープと硬いパンが二つずつ乗っている。
「まさか、魔法がうまくいっていないのか?」
「まだ基礎学始まって一回だけだ。それだけで上手くいってないとか言わねぇよ」
人間、初めてのことは中々身につかない物だ。知識では分かってはいても身体が付いてこなかったりするのだ。
教習所時代を思い出す。教員に指導された通りに運転しているはずだと言うのに上手く出来ず、教員が怒りさらにフラストレーションが溜まると言う悪循環。
「安心するのだ! 我も先程カレン・ハンネスにボコボコにされた」
「あー、道理で」
顔がボコボコになっているわけだ。
「まだ6年ある。6年あれば今よりは確かに前に進める。そうだろう、我が友ガリウス」
「……ま、もう少し気楽にやるか。別に魔法極めようって訳でもないし」
「ははは! ならば武術科に移動して──」
「それは断る」
ガリウスの即答にジョージは残念そうに俯いた。
「な、何故だ……」
彼も言葉遣いは変わったと言うのに素直である所は変わらない。
「はあ……なあ、ジョージ」
「うむ?」
「それやるよ」
ガリウスはまだたんまりと残った肉と香辛料のスープをジョージに渡す。
「よ、良いのか?」
「お前は俺が武術科に入るの期待してたけど、それ裏切っちゃったしな」
別に約束を取り付けた訳でもなく、単なるジョージの思い込みだったのだが、ガリウスにも罪悪感はある。
「ありがとな。俺、もう行くわ」
ジョージは満面の笑みでガリウスを見送った。スープを貰えた事が嬉しかったのか。単純なやつだと笑みが溢れた。
「ガリウス・ガスター」
呼び止められた。
「……と言ったわね?」
確認だったか。
ガリウスは振り返り「そうだけど」と答える。彼女はガリウスの名前を知っているらしい。だからどうしたと言うのか。
「ジョージが言ってたわ。『ガリウスは我よりも強い、うわぁあん!!』と」
「え、泣きまね
ジョージの泣き顔など想像に容易い。
大方、大口を叩いて彼女にボロ負けしたのだろう。
「ジョージも弱くない。そんなジョージが自分より強いと言うのなら、試してみたいの」
「ええ……?」
「ジョージの言葉を嘘にしたくないなら、私と勝負して」
「ちょ! それは卑怯だろ!」
ジョージはガリウスにとっては弟のような存在だ。
「ジョージは素直なんだよ!」
「ええ、分かってる」
「泣き虫なんだよ!」
「うん」
「絶対止めろよ。やめてやれよ」
ガリウスとしても精神衛生的によろしくない。弟分、友達。この世界で初めての友達だ。そんな彼が嘘つきだとされるのは。
「ええ当然。あなたが勝負を受けるなら」
武術科トップの優秀生徒、カレン・ハンネスは不敵に笑った。
「──なら、勝負は木剣。魔法の使用は禁止。攻撃は寸止め」
ガリウスがルールを決める。
カレンも特に文句はない。
「時間制限は?」
カレンが訊ねればガリウスは「じゃあ10分で」と適当な時間を決める。
「放課後な、放課後。今日の。で、別に勝負するだけで良いんだよな?」
「手を抜かなければ、ね」
何となく含みのあるような。
「手ェ抜くとか出来るほど俺は器用じゃないからな、こう言うのだと」
良くテストだとかで手を抜いただとかの言葉を聞くがガリウスはこの感覚がよく分からない。彼にはやるかやらないか程度の差でしか分からず、やってしまえばどんな物でも手抜きにはならないだろうと思ってしまうのだ。
他者からしてどんな物であったとしても。
「あと、期待外れでも何でも……ジョージは悪くないからな」
何よりも、背伸びしてジョージの前で兄貴分のように振る舞った自身に責任があるのだ。
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