第4話 本気で


 勇者部隊。

 サイモンの頭には忌々しい名前が浮かび上がる。気に入らない。

 勇者部隊の所属が名誉あることだと、国民は信じている。栄誉職だ。職業としての華やかさを過去に縋って演出するだけ。

 実際は勇者の栄光には程遠い、戦争最前線で死に物狂いで戦い続けろと言うだけの突撃部隊、1番槍。

 

「カレンちゃんが魔法科の生徒と勝負ですって」

「マリエル先生、近いです。離れてください」

 

 マリエルは背後から大きな乳房をサイモンの方に乗せて話しかける。

 男として生まれたからには興味がない訳ではないが、あまりにも大胆な物で反応に困っている。

 

「残念、振られちゃいました」

 

 パッと方に乗っていた重さが消える。

 毎日あんなものを抱えていては肩が凝ってしまうだろう、などとサイモンは下らない事を考える。

 くるりとサイモンは向き直る。

 おっとりとした垂れ目の胸の大きな女性。栗色の髪はボブカットに。魅力的で白色の服は大きな乳房に張り付くように。

 

「それで、カレン・ハンネスが誰と勝負ですか?」

「それが魔法科の……え〜と」

「リース・ファーバーですか?」

「それならちゃんと覚えてますよ。え〜と……」

 

 興味がない。

 生徒の名前も目立つ者しか覚えられない。優秀な生徒を覚えていれば良い。

 

「ガリウス・ガスターです」

「そうです! そうそう! ガリガリくん!」

「ガリウスです。私のクラスの生徒ですね」

 

 職員室に入ってきた女教師は溜息を吐きながら自らの席に座る。

 

「と言うかアルバさん、勝負のこと知ってるんですか?」

 

 マリエルがコテンと小首を傾げながら訪ねると、目も合わせずにアルバは答える。

 

「噂になっておりますので」

 

 武術科成績トップと落ちこぼれ魔法使い。どう見ても勝負にはならないだろう。

 

「なにで勝負するつもりかは知りませんが、見るまでもないでしょう」

 

 こんな物、賭けにもならずにカレンが圧勝する。魔法を使用しても良いとしても知識をこれから身につける段階の魔法と、ある程度は扱えてしまう武器とでは勝負になどなる筈もない。

 それがトップと現状最下位となれば尚更に。

 

「…………」

 

 ガタリとサイモンが立ち上がる。

 

「どうしました?」

 

 マリエルは突然のサイモンの行動を不審に思ったのか質問する。

 

「万が一、怪我をしたら危険です。私はその勝負を観に行きます」

 

 仕方がない。

 仕事だから。

 

「あ、サイモン先生! 私も行きます〜」

 

 タタタ、とサイモンの後を追いかける。

 

「少しくらいは慎みを持ってほしいですね」

 

 マリエルから視線を外して机に向き直る。

 

 

 

「え〜、何このギャラリー……」

 

 多くは武術科の生徒たち。

 野次を飛ばす者が居るがガリウスを応援する者は居ない。殆どどころではなく声は一切拾えない。

 期待されていないのだ。

 

「ガリウス……ごめんなさい」

「いや、謝んなよジョージ。仕方ないって」

 

 仕方ない。

 勝負は受けた。やるしかないのだ。完全なるアウェイ空間。勝負の土俵は向こう側。

 こんな事態になったのは自らの言葉のせいだとジョージは思ってしまう。

 だからか、素に戻った言葉で話してしまう。

 

「ごめんなさい、ガリウス……話が大きくなってしまったみたいで」

 

 周囲の様子を見てカレンは謝罪する。

 流石にここまでになるとは思ってもいなかったのだ。

 

「ホントだよ。そこまで期待されてないのは嬉しいけどな」

 

 期待されても困る話だ。

 ガリウスは自らの実力を過信している訳ではない。

 

「で、俺木剣って言ったけど持ってないんだよ」

「これを使いなさい」

 

 ヒョイとカレンから投げ渡された木剣を受け取る。長さは1メートル弱。

 ガリウスは直ぐに受け取った木剣を軽く振り回してみる。

 

「……あー」

「慣れない木剣じゃ本領は出ないかしら?」

「武術科生徒に負けても仕方ないし、言い訳も必要ないからな。そんな事言わねーよ」

 

 勝てるとは言わない。

 勝てないと分かっているからと手を抜くわけにもいかない。まともな勝負になった中で手を抜くなど高等技術だ。

 ガリウスにはできない。

 

「ジョージ」

「え?」

「開始の合図、お願いするわ」

 

 突然に振られてジョージも困惑していたが開始の合図くらいならと一度咳払いをして右腕を挙げた。

 

「じゃ、じゃあ、勝負……開始!」

 

 バッとジョージの腕が振り下ろされると同時にカレンが疾走する。

 突風が吹くような軽やかさ。

 

「早っ……!」

 

 ガァン!

 

 木剣が衝突した。

 カレンの剣は胸の前。


「くそ、油断した……なっ!」


 ガリウスは力任せに弾き返して距離を作る。


「はあ……集中!」


 両頬を叩いてカレンの動きに注目する。

 空気が変わった。

 寝惚けたような何処か緩みのあった空気から張り詰めた空気へ。

 感じ取るのは相対するカレンと、長い付き合いのジョージのみ。

 中腰、剣を握る右手は左手と同様ダラリと垂れている。

 形容するのなら沼。

 

「制限時間は10分」

 

 ガリウスはルールを口にした。

 

「どうする?」

 

 攻めないのかと暗に告げる。

 ジリジリと時間が失われていく。時間切れになった場合は引き分けとするのが妥当。だが、カレンの心は納得しない。

 

「ふっ!」

 

 鋭い踏み込み。

 選んだのは手数。

 高速の打突がガリウスに向かって叩き込まれる、──筈だった。

 

 2撃目が続かない。

 

 木剣がぶつかり合い鈍い音がした。

 

「生憎、目はちょっと良いんだよ」

 

 振り上げた剣を野生に従ってガリウスが振り下ろす。しかし、流石の武術科成績トップか。力の流れに逆らわず後ろに跳躍する。

 

「ふぅーっ……」

 

 カレンの顔に汗が垂れる。

 試合時間、4分経過。

 決定打にはならない。

 

「今の寸止めするつもりあった?」

 

 カレンが聞けばガリウスは平然と、

 

「避けると思ったからな」

 

 と、答えた。

 

「随分と期待してくれるのね」

「新入生の成績首位なんだろ?」

 

 一応エーレ総合学院の入試には実技試験もある。とは言え真面な点数にならないことが殆どだ。

 

「なあ、カレン。お前の弱点は剣の軽さだろ。速いけど、一撃目を止められると自慢の連撃は出来ない」

 

 身体が出来上がっていない。

 女性の筋肉の付き難さ。

 

「競り合えば俺が勝つ。お前は攻め続ける事で相手の選択肢を潰す。……攻撃は最大の防御って奴だな」

 

 今のカレンがどれほどの動きをしても基本的にガリウスの目から逃れるほどの速度は出せない。

 

「……剣の軽さ、ね。耳に痛いわ」

 

 でも。

 

「力が足りないならより速く、疾く動けばいい」

 

 速度は力に繋がる。

 

「脳筋だなぁ……」

 

 ガリウスがぼやく。

 力のなさを補うために速さを上げるとは単純。故に強力。

 物事は単純であればあるほどいい。

 

「変化球はないだろ……真っ直ぐ。速度を重視するなら突きだろうけど、威力とか当てるって考えなら袈裟斬りだよな……」

 

 ザリ、とカレンが地面を踏み締める。

 木剣を両手で握り肩の高さ程に、左足を前に出して構える。

 次の瞬間、カクンとカレンの体が沈む。

 

「あ、クソ……! 速すぎんだろっ」

 

 ガリウスの目には残像が映る。

 木剣を掲げるには間に合わない。

 紙一重を木剣の先が通る。

 

「おっわ……」

 

 地面にぶつかり土埃が上がる。

 カレンの握っていた木剣は半ばから折れてしまっている。

 

「参った。勝てねー」

 

 ガリウスの集中も切れたのかトスンと地面に尻をついた。

 カレンは先程の姿勢のまま動かない。

 心配になってガリウスは声をかける。

 

「大丈夫か?」

 

 小刻みに震えながらカレンは涙目の顔をガリウスに向ける。

 

「う、腕が……痛い」

 

 地面に勢いよく木剣を叩きつけたからだろう。彼女の凄まじさを味わうと同時に、ガリウスは可憐さをも味わう事となった。


「わ、我が友が……負けた?」

 

 ジョージはこの結果に驚いたようだ。

 

「うぅ……」

「ジョージ、泣くなよ」

「だってぇ……」

「ほら、俺って魔法科だし。武術科じゃないし。負けても仕方ないところあるだろ。ほら、仕方ないって」

 

 ガリウスが色々並べ立てるがジョージにとっては話が違う。強さの憧れだったのだ。

 

「ま、それで満足したかカレンさん」

 

 腕が痺れたままのカレンにガリウスは容赦なく話しかける。

 

「ま、満足した。ありがとう」

「そりゃ良かったです。よし、ジョージ帰ろうぜ」

 

 2人の勝負はカレンの勝利で幕を閉じた。

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