第14話 『介入④』
踏羽は極めて冷静に少年を観察していた。
そして、あえて攻撃を食らって隙を見せて追撃をしてきた所に自分のできる最高の一撃を叩き込んだのだ。
只人であればその一撃で沈み、立ち上がる事は出来なかっただろう。だが、少年はゆっくりとではあるが立ち上がった。
それだけでなく、構えを取り戦闘を続行したのだ。
「はぁ!!」
踏羽が拳を振るう。
少年はワックスをかけてワックスを拭き取る動きでその攻撃をいなす。
先ほどまでのような攻撃しては距離を取り、攻撃されては場所を移動して戦況を変えるといった動きではなく超至近距離での攻防。なのだが、踏羽が連続攻撃をしているのに対して、少年の方は防戦一方になってしまっている。
何故少年が反撃をしないかと言えば、踏羽とはかなりの身長差がある事が原因だろう。
踏羽の身長が一八〇㎝前半なのに対して、少年の身長は約一五〇㎝半ばである。
少年の方が一つ頭以上小さいのだ。それ故に少年に放たれる攻撃とは上から振り下ろすような攻撃という事になる。
上からガンガンと振るわれる攻撃を受け流すだけで精一杯。反撃に転じるにはまだ一つ足りないのだ。
少年は打ち付けられる攻撃を受け流しながらゆっくりと後退する。傍から見れば押され始めているように見えるだろうが、拳を振るっている踏羽からしたら自身が押しているとは思えなかった。
僅かにだが、少年の動きにキレが出てきているのだ。
踏羽がその事に疑問を覚えると同時に、少年の動きが変わる。今まではただ後ずさりながら攻撃を受け流すだけだったが、一歩、たった一歩だが踏み込んだのだ。
打撃攻撃というのはただ腕や足を振るえばいいと言う訳ではない。その技に応じた適切な距離が無ければ威力が半減するだけではなく、技を使用している者の四肢が壊れる事すらある。
無論、超至近距離での攻撃だって存在する。しかし、攻撃をした瞬間の僅かな隙に超至近距離へ接近された場合、虚を突かれたが為に超至近距離攻撃へ行動をシフトさせるのに数舜だが時間が必要になる。
そんな瞬き程の時間を得た少年が狙ったのは踏羽の顔・・・正確に言うならば顎であった。
「ふっ!!」
「がぁっ!!!」
打ち込まれるエルボー。それだけに止まらずに肘を振り切った勢いを殺す事なく体を回転させると、踏羽の胴体に後ろ回し蹴りを食らわせる。
数歩、後退した踏羽へ少年は追撃をする為に再度距離を詰める。
振るうのは右の拳。腕の力だけでなく腰の回転を入れた一撃、野球選手がバットを振るう際の動きに似たそれは拳の威力を大幅に上げる。
「くっ・・・!!」
しかし、踏羽もやられっぱなしではない。自身に直撃するギリギリの所で拳を受け止める。
受け止めてグイッと拳を引く事で少年の体勢を崩し、その鳩尾に膝を叩き込んだ。だが、その攻撃を掴まれていない方の手で受け止めた。
無論、踏羽同様に受け止めて終わりではない。少年が頭を振り上げる、それに合わせるように踏羽も頭を振り上げる。そして、
ガッッッッ!!! と二人の額がぶつかる。
ギリギリと超至近距離どころか接触した状態で睨み合う。
数舜の後、二人は相手を掴んでいた手を放して互いに距離を取る。
少年からすれば自身の両手が塞がっている状況で踏羽は片手が開いているために追撃を警戒して離れた。
踏羽からすれば片手が開いていると言っても片足が上がったままで非常にバランスが悪く攻撃をした所で威力が乗らないどころか、バランスを崩して隙を晒す可能性が高い為に離れた。
勿論、離れてハイおしまい。なんてなる訳はなく、二人はバンッと地を蹴って再度距離を詰める。
少年は腕に力を込めてグッと振りかぶる。
踏羽は腕の力を抜いてグッと腰に構える。
そうして、互いに射程内へ入ると同時に拳を振るう。
少年の拳が踏羽の顔を捉える。踏羽の拳が少年の胸部を捉える。
ドムッと鈍い音と共に互いへ直撃した攻撃だったが、それを受けてよろめいたのは少年だけであった。
「が、がはっ・・・」
「・・・良い拳だ。まだ子供なのにかなりの威力がある。けど、『力を込めたただ強いだけの拳』ってのは本当に強い攻撃にはならないぞ」
「づぁ・・・、そう、かよ・・・。随分と分かりやすいヒントをくれるんだな」
少年は膝を付き胸部を抑えながらそう返す。
身体の内側に響くような痛み、内臓その物を揺すられるような感覚、痛みよりも吐き気が先に脳へと伝わり、さらには胸部への強い衝撃故か呼吸が大きく乱れる。
(不味い・・・。これじゃ『
少年は肺にある空気を全て吐き出すと新鮮な空気を一気に取り込む。
深い深呼吸。それは少年が
『呼吸法』、スポーツ選手が使用する『体力の消費を抑える又は体力の回復を促進する物』、ヨガ等で行われる『心身をリラックスさせて精神を落ち着ける物』、太陽と同じ波長のエネルギーを生み出す波m―――おっとこれ以上はいけない。
簡単に説明するならば少年は独自の呼吸法で体力消費を抑えつつ回復を促し、さらに心を落ち着ける事で痛みを無理やり無視するという荒業を使っているのだ。なお、痛みを意識しないようにしているだけなので痛みは普通にあるし、和らぐ事もない。
少年の言う『
しかしながら呼吸が乱れれば満足に効果を発揮することはできない。今可能なのは体力減少を抑える事と痛みの無視くらいだろう。
少年は大きく深呼吸を繰り返して酸素を取り込み、身体のダメージから意識を逸らして立ち上がる。
「また立ち上がるのか・・・。二回も『激震衝打』を食らったっていうのに・・・」
「何度でも立ち上がってやるさ」
吐き捨てるようにそう答えると同時に少年は拳を振るう。
身体が悲鳴を上げているが、他者にはそれを感じさせないほど俊敏な動きで放たれたその攻撃を踏羽は弾いて少年のバランスを崩させる。グラッとのけ反る少年のがら空きになった頭部に蹴りが放たれた。
その攻撃を前に少年はバランスを取るのではなく崩れたバランスをそのままに後ろへ倒れ、地面を数度転がる事で攻撃を避けながら距離を取る。
しかし、素早く体勢を立て直して顔を上げた時にはすでに踏羽が距離を詰めていた。
「っ!」
「甘いっ!!」
「が・・・!」
咄嗟に腕で防ごうとするが、踏羽は振り上げるような蹴りで腕を弾くと大きな隙のできた少年の胴体に向けて拳を放つ。
両手を弾かれてバランスを崩した少年にその攻撃を防ぐ術がなく、また、先ほどのように後ろに転がって逃げようにも、今回は踏羽が踏み込んでくる方が早かった。
ズムッ!! と少年の胴体を踏羽の拳が捉える。
少年の体を衝撃が貫いた。その衝撃は内臓を揺らし、その体に深いダメーを与えてもう立ち上がる事はできなくなる――――ハズだった。
踏羽の技、『激震衝打』は打撃攻撃ではあるが、その本質は掌底に近い。足、腰、胴体、腕を回転させた『力』を拳に集中させて、“回転のエネルギー”を衝撃として相手に打ち込む、それがこの技の本質である。
身体を貫く衝撃は例え鎧などの防壁があろうと、それを貫通して人体にダメージを与える事ができる。
一度でも食らえば人体の内側へダメージを与え動く事すらままならなくできる。それを二回も食らっただけでなく、三度目もぶち込まれたのだ。
本来ならこれで終わる、終わらなければいよいよ少年が人間なのか疑わなければいけなくなる。
だからこそ踏羽は勝ちを確信した。―――確信してしまった。
ガシッ! と少年に打ち込んだ拳が掴まれる。力強く、がっしりと。
「なっ!!?」
「仕組みさえ分かれば、対策は幾つかあるんだよっ」
少し苦しそうに顔を歪めながらも少年はそう宣言すると、掴んでいる腕をそのままに踏羽との距離をゼロにまで縮め、右の肘を顎へと叩き込んだ。
「か、ぁっ・・・」
踏羽の視界がブレる。
顎が揺れたことで起こった軽い脳震盪によるものであり、この戦いにおいて、この距離においてその隙は重い一撃を叩き込むのにあまりにも適していた。
少年がベルトに付けられているボタンを押して、左足を軸に体を回転させる。繰り出すは右の回し蹴り。
しかも普通の蹴りではない。正確に言えば蹴りではなく少年の履いている靴が普通ではない。
新調したばかりの真新しい靴。それは弧乃葉との戦いにおいて自身の武器の少なさを危惧し、トンデモ発明をする自称・博士に依頼をして制作された安全靴。西洋の鎧をモデルに足の関節の動きを阻害しないようにしつつ大きな隙間の無いように丈夫な特殊合金を使用した安全靴―――に、新しい機能を加えた新兵器。
その機能は少年の血流の流れ―――正確に言えば心臓の鼓動の振動―――を発電力に履いている限り微量な電気を作り蓄え、その電気を特殊合金に流すことで靴を一種のスタンガンに変える機能。それだけだと少年自身も感電してしまうが、靴の内側にある絶電体が少年の足を守る事で感電の心配はない。
そして、ベルトに付けられたボタンを押すことで溜め込んだ電気が靴に纏われる。そんなトンデモ機能の付いた靴を履いて繰り出す回し蹴りが踏羽の脇腹に叩き込まれた。
「ぐぎゃぁああああっっ!!!」
踏羽の身体に駆け巡る電撃。無論、死亡する程強力な物ではないが、それでも決してダメージが少ない訳ではない。
無防備な所に回し蹴りのダメージと電撃のダメージが叩き込まれ、踏羽は数歩後ずさる。
「な、に・・・が・・・。ぐっ、筋肉が痙攣してっ・・・」
少年の靴が魔改造品である事を知らない踏羽からすれば、今の少年の攻撃はまさに未知の物であり、無視できる物でもない。
痺れと筋肉の痙攣、それはあまりにも大きな隙を生み出した。
少年が地を踏み込む、少年が足を回転させる、少年が腰を回転させる、少年が胴を回転させる、少年が腕を回転させる、少年は拳を繰り出す。
ズムッ!! と少年の拳が踏羽の胴体を捉え、とてつもない衝撃が踏羽の体をいとも容易く貫いた。
Not HERO ~英雄になれない者達より~ ゆっくりシン @YukkuriSin
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