第12話 『介入②』

 そこは『廃北地』の一つ。

 警察組織や裏社会からは《№03》と呼ばれる地域である。

 主に七~八階建てのビルが密集している場所であり、どの『廃北地』にも言える事だが人通りは少ない。

 人の気配の市内場所を少年は息を殺しながら慎重に進む。その隣には狐の面で顔を隠した弧乃葉が並行していた。


「んで、風見」

「今は琴之刃と呼びなさい」

「チッ、面倒くさいな。呼び名くらい統一しろよ」

「統一する訳がないでしょう? 別名や通り名っていうのはこの界隈で生きるには必要な物なのよ。・・・アンタも何か名乗ったら?」

「下らねぇ。んなもん名乗るのは厨二病患者だけでいいだろうがよ」

「厨二言うな」

「はいはい」


 少年は気だるそうに言いながらも周囲への警戒を怠らない。

 今までは色々と不運が重なって巻き込まれたという立場であった(と少年は思っている)が今は自分の意志で事の中心へと向かおうとしているのだ。感じる緊張感は今まで以上である。


「・・・なあ、少し質問していいか?」

「するだけなら。答えるかどうかは別だけどね」

「『コウケツ』って名前に聞き覚えはあるか? もしくはそう名乗る人物と接触した事はあるか?」


 少年からの質問に琴之刃は少しだけ黙って自身の記憶を探る。そして、


「ないわ。少なくとも私は関わったことがない人間の名前ね」

「それなら良かった。・・・・・・一応忠告しとくがもしも『コウケツ』と名乗るヤツに話しかけられたら絶対に耳を傾けるなよ」

「何かヤバいやつなの?」

「あー、それはな・・・っ!?」


 少年が説明をしようとした所で前方にある建物から乾いた炸裂音が聞こえてきた。それも一つだけではなく複数。

 拳銃の音であると判断した二人は姿勢を低くしながら音のした建物の方へと向かう。

 音を立てないように建物に侵入すると何処で戦闘が行われているのかを探る為に耳を澄ませる。足音、悲鳴、発砲音、それらは全て上階―――三階付近から聞こえてきていた。

 無論、音の反響もあり正確な位置を判断できたわけではないが、それでも大まかな位置を特定すると音を立てないように階段を駆け上がる。

 そして、すぐに戦場を発見した。

 柱を盾に拳銃を撃ち合う集団、耳に痛い炸裂音が辺りに響き、その度に柱の一部が砕けて穴が開く。

 少年と琴之刃はばんばんと撃ち合っている集団に気付かれないように少し離れた所にある柱に身を隠す。


「・・・それで、どうするつもり?」

「う~ん、どっちの集団が『柵詩』だと思う?」

「スーツ姿の集団が『不将協会』であっちの統一性のない服装の連中が『柵詩』ね」

「オーケー、だいたいわかった」

「・・・それで、どうするつもり?」

「お前の厨二パワーでなんとかならないのか?」

「“魔眼”よ! 厨二なんかじゃないってちゃんと説明したでしょ!?」

「・・・あれ? されたっけ?」

「えぇ・・・・・・」


 キョトンとした表情を浮かべる少年の姿に琴之刃は困惑する。

 説明した、ちゃんとしたのだ。だというのに少年は「そんな事あったっけなぁ?」と腕を組んで首を傾げているのだ。

 なお、少年が覚えていないのはただ単に興味がなかったから記憶しようとすらしていなかったという単純かつ明解な理由である。


「う~ん、まあどうでもいっか」

「思い出しなさい!」

「うう゛ぇっ! おい待て! 肩持ってがくがくと揺するなっ!」

「だったら、今すぐに、思い出しなさい!!」

「やだこいつ自分勝手すぎる!」

「身勝手の塊みたいなアンタが言うなぁぁぁああああああ!!!!」


 この二人、ここが戦場の近くだというにも関わらず平然と叫んでいる。幸運なことに『不将協会』と『柵詩』は互いの銃撃音のせいでその声に気付いていないのだが、もし気付かれていたらハチの巣にされていてもおかしくない。

 そう言った事に頭が回らない所や下手に緊張感が希薄な所は、まだ二人が子供だという事を現しているのかもしれない。それはそれとして馬鹿な行為である事には変わらないが。


「・・・なあ、テンプレ。聞きたい事あるんだけどいいか?」

「それは私の呼び名かしら? 喧嘩売っているならちゃんと買ってあげるけど?」

「煙幕出せる物持ってない?」

「無視!? 自分から喧嘩売っておいて無視するのっ!?」

「持ってるか持っていないかを聞いてるんだけど。質問に質問で返すな」

「こ、こいつ・・・! はぁ・・・、一応持ってるけど? これで一体どうするつもりなの? 今これを使ったら確実に大混乱が発生して事態が悪化すると思うんだけど」

「タイミングはちゃんと見るさ。使う事がなければそれで良し。使う事があれば使う。単純な事だろ?」

「そう・・・」

「あと、今『不将協会』側で指示を出しているあの金髪に染めたはいいけど忙しくて手入れできていないせいで生え際が地毛になり結果的にプリンみたいな髪色になってしまっている残念な男を捕まえておく事はできるか?」

「人質のつもり? それって『不将協会』を敵に回すだけだと思うんだけど」

「違うっての。証人として使いてぇの。たぶんできるだろ? お前の厨二パワーで」

「だから、厨二じゃ、ないって、言ってるでしょ!! いい加減思い出しないさい!!!」

「・・・う~ん」


 少年が覚えていない記憶の中を探りながらも銃撃戦をしている両陣営の動きを見ていると、突然、『柵詩』側の動きに変化が起こる。

 今まで銃撃戦を行わず仲間に指示を出していたウェットスーツの上に白い道着を着た男が突然クラウチングスタートの姿勢を取り、柱の陰から飛び出した。

 正面にではなく射線から外れるように斜め横にある柱に向かってである。しかも、そのままその柱の陰に隠れるのではなく柱を蹴飛ばして無理やり方向転換をし、『不将協会』の面々が盾にしている柱に突撃した。

 突然の事に一瞬反応が遅れた『不将協会』の人間はそれでも道着の男に向けて銃口を突きつけるが、道着の男は相手が引き金を引くよりも早くその拳銃を蹴り上げる。さらに、蹴り上げた足をただ戻すのではなく振り回すように戻す事で拳銃を失った『不将協会』の人間の顔面を蹴り潰した。

 勿論、それだけでは終わらない。

 拳銃にはどうやっても確実にタイムラグが存在する。『引き金を引いて鉛玉を撃てば終わり』ではなく『拳銃を構え、銃口を相手に向け、狙いを定め、反動などによるブレを踏まえて、引き金を引いて鉛玉を撃つ』という過程が必要になる。

 引き金を引く、これを行うだけならでも脳が指令を出して肉体が動くまでに約〇.三~〇.四秒ほどの時間を有する。たった一動作だけでもこれだけかかるというのに、それ以外にも必要な動作が複数存在するのだ。

 威嚇射撃ではない。相手を撃退するための射撃を行う為にはそのタイムラグは必須であり、それと同時に致命傷となってしまう。

 拳銃とは一定以上の距離を取って安全圏から相手に致命傷を与える道具だ。それ故に至近距離では『殺傷力』以外の強みがかき消されてしまう。そこに発生するタイムラグ。

 例外はあるが、近距離においては拳銃よりも格闘術の方が優位を取れるのである。


 拳が振るわれる。足が振り回される。肘が鼻を潰す。膝が横っ腹にめり込む。


 始まったのは蹂躙だった。たった一人の男に『不将協会』の人間は為す術なく打ち倒されていく。

 そんな状況になってようやく『不将協会』の指揮を行っていたプリンのような髪色の男が叫んだ。


「撤退だ! 全員、撤退し散れ!!」


 その言葉にまだ無事だった者や道着の男から暴力を受けても何とか意識を保っていた者が一斉に逃げ始める。

 その背中に向けて発砲がされるが、防弾チョッキを着ているのか胴体ならば弾に当たっても少しのけ反るだけで血が出ている様子はない。

 そんな負け犬たちに更なる混乱が与えられる。

 ボフンッと何の前触れもなく室内を真っ白い煙幕が包み込んだ。

『柵詩』側からしたら逃走者が見えなくなり拳銃を無暗に打てない状況になったが、それと同時に『不将協会』側も何が起こったか分からず混乱が起こる。

 その状況にプリン頭の男―――“木佐木きざきあさ”は何が起こったのかを判断しようと思考に意識を向けて、そして、煙の中から飛び出してきた狐面が木佐木の頭を真っ白にしてしまった。

 瞬間、怪しく紫色に光る瞳が木佐木の瞳を捉える。


「動くな。抵抗をするな」

「あ・・・え・・・?」

「よ~し、ちゃんとかかった」


 突然体が動かなくなったことに思考がまとまらなくなる木佐木を余所に琴之刃は「あー、あー」と声帯を整えると、


「全員! 撤退を続けろ! パニックにならず一人でも多く逃げ切れ!!」


 と、木佐木の声で叫ぶ。

 これぞ『琴之刃得意技一〇八』の一つ、声真似である。なお、今回の事で少年に声真似をパクられた挙句に「使い物にならねぇ特技」と切り捨てられるのはまた先の話である。

 そんな未来の事を知らない琴之刃は動かない木佐木に命令を出して物陰に隠れさせながら煙幕の煙が晴れてできた僅かな隙間から辺りの状況を確認する。

 そこから見えたのは倒れて動かない『柵詩』の面々とその近くで息を整える少年の姿だった。


 少年の立てた作戦はいたって単純、煙幕で生じた混乱に乗って木佐木を確保して『柵詩』の面々を無力画する。それだけである。

 ものすごいシンプル。単純すぎて逆に引くレベルである。小学生でも思いつくんじゃないかと錯覚してしまうくらいには簡単な作戦であり、もはや作戦と呼ぶことすら烏滸おこがましいまである。

 考える事が嫌いな少年が普段使っていないスッカスカの脳みそを使って立てた作戦は何の偶然か奇跡か悪魔の悪戯かご都合主義か、全て上手く想定通りに行った。訳ではない。

 煙が完全に晴れる前に残った煙に身を隠して少年は道着の男に攻撃を仕掛ける。だが、突然の事にも動じず周囲への警戒を怠らずに構えていた道着の男はその奇襲をあっさり防いだ。


「チッ!」

「っ! 子供っ!?」


 少年の姿を確認した道着の男は反撃で蹴り飛ばすのではなく足を使って押し出すように少年の体を飛ばした。

 飛ばされた少年は空中で体を捻りバランスを取ると見事着地を、


「あべしっ!!」


 転がっていた薬莢やっきょうに足を滑らせて盛大に転んだ。恰好が付かない。

 微妙な空気が辺りを支配する。

 飛ばした側である道着の男も何と言えばいいのか分からずにいる。


「・・・ッテェ。よくもやってくれたな」


 結果、少年は身体に付いた埃を掃いながら立ち上がり、何事もなかったかのように道着の男を睨む。

 道着の男は一瞬困惑するも、少年から向けられる敵意に反応して構えを取った。


「君は、どこかの組織の人間だね」

「残念。生憎とただ首を突っ込んだだけの中学生だよ」


 少年はそう答えながら腰を落として突撃の構えを見せる。


「ただの中学生なら、なんでここに・・・っ!!?」


 疑問を口にする道着の男の言葉を無視して少年は駆け出す。

 本来、この場合は何も言わず撃退か撤退を取るべきであり、質問をするのは不必要な事である。

 それにこの業界で子供だの大人だのと言った基準はあまり意味を持たないという事は道着の男もしっかりと理解している。

 理解していてなお質問をした理由は単純。


 ―――少年には裏社会特有の『ニオイ』がないのだ。


 今までの経験から外れている状況を何とか理解しようとしてしまったが為に道着の男の判断が僅かに遅れる。

 少年は高く飛び上がると道着の男の顔面目掛けて回し蹴りを振るう。だが、道着の男はそれを素早く受け止めて拳で返す。

 宙にいる少年にそれを避ける術はなく、胴体に拳がめり込む―――寸前で両手を男の拳と腹の間に入れる事で腹部への打撃を軽減し、殴られた勢いで飛ぶことによって一定の距離を取る。

 一瞬。たった一瞬の攻防であったが、それだけで道着の男は少年を危険視する。

 裏社会特有の『ニオイ』はなく、『敵意』は感じる物の『殺意』を感じさせない少年にペースを崩されるような思いをしながらも、道着の男は撤退ではなく撃退の選択を取る。

 道着の男は別に『柵詩』に忠誠を誓っている訳でもない。ただ金で雇われただけの人間である。

 だが、忠誠はなくても『目的』はあるのだ。そして、その『目的』の為には何でもすると決めている。

 だからこそ危険分子らしき少年を撃退する。

 下手に状況をかき乱す恐れのある存在を盤面から除外する。


 再度、少年が腰を落として突撃の構えを見せた。


 来る、そう判断すると同時に少年の足が動く。

 それに合わせて道着の男も足を前へと踏み出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る