第9話 『・・・まだチュートリアル段階ってマ?(by.作者)』
銃口を向けられて速攻で両手を挙げて無抵抗アピールをして数秒。
事務所の奥から積田がひょいっと顔を出す。
「あ? ・・・なんだ、あのガキじゃねぇか。お前ら、それしまえ。中立のヤツだ」
「ヒェ~、怖かったぁ・・・。あんな量の銃で撃たれたらハチの巣にされて普通に死ぬしかないだろうよぉ」
「普通に死ぬって・・・。ハチの巣にされて死なないことでもあると思っているのか・・・」
胸に手を当ててほっとしている少年の言葉に弧乃葉は呆れたように返す。
中立宣言をしたとはいえそれを知っているのは積田含む数名、積田から話が行って周知されていたとしても少年の事が認知されている訳では無いのだ。
だというのに何の警戒もなく扉を開く事が自殺行為であるという自覚があるのか怪しくさえ思える。
「ほら、ガキ共。いつまでそこにいるんだ。こっち来て座れ」
「お、あんがと」
「なんでアンタはそう警戒なしにズカズカと行けるのかしら・・・」
警戒心皆無でソファーに座る少年とその隣に座る弧乃葉。対面するように座る積田の表情には疲れの色が出ており、事態が深刻化した事が伺える。
「んで、何かあったのか?」
「よく分からないんだけど、車に撥ねられた挙句に拳銃を乱射されて逃げてきた」
「・・・・・・は?」
「だから、車に撥ねられた挙句に拳銃を乱射されて逃げてきたんだよ」
「おい、『妖狐』の嬢ちゃん。こいつは何の冗談を言っているんだ?」
「残念な事に嘘偽りのない事実なのよねぇ・・・」
積田は顔を抑えて深いため息を吐く。
想像以上、ではない。想像すらしていなかった事が起こっていたのだ。
少年は確かに今回の件に関わっている存在ではあるが、結局のところは巻き込まれた一般人でしかない。
基本的に一般人には手を出さない、それが裏社会のセオリーだ。無論、口封じ等の例外も存在しているが車で撥ねるといった派手な事はしない。せいぜい自殺に見せかけて始末するか誘拐後に殺して失踪した事にするかだ。
もしかしたら始末されるかもしれない、とは思っていたが、まさかそんな派手な事をするとは想定できる訳が無い。
「・・・車に撥ねられた割には特に怪我はなさそうだな」
「撥ねられたときに受け身取ったからね」
「そうか・・・」
もう理解する気も起きなかった。
一般人の中学生が車に撥ねられました、でも受け身を取ったので無傷です、銃口向けられて何度も鉛玉を撃たれました、でも一掠りもせず大丈夫でした。を理解して納得できるほど積田は常識知らずではない。
むしろ(直接見たという所もあるだろうが)あっさり納得して受け入れている弧乃葉の方が異常なのだ。
「それで、ガキ・・・あー、名前を聞いてなかったな。教えてくれ」
「『大宮さとし』だ」
「ふむ。・・・まぁ、しばらくは忘れないでおくさ」
積田はそう言いながら立ち上がると重そうな金属製の戸棚の方へと向かい、中から何かを取り出すと再度、少年らの対面に座り机の上に取り出した物を置いた。
「ナニコレ?」
「見て分からないか? ハンドガンだよ。オートマチックの。後、鉛玉」
「銃刀法違反」
「そうだが、生き残るためには相手をぶっ殺せる道具が必要だぞ」
「・・・・・・」
少年は目の前に置かれた拳銃に視線を向ける。
武器。それは例の誘拐事件に関わってから手に入れたいと思っていた物。
簡単に手に入れることができる非殺傷武器とは違う、明確に『相手を殺す』為の、『戦場で生き残る』為の武器。
「正直な話。俺はお前みたいなガキにはさっさとどこかに行って欲しい。これは俺たち大人の問題で、俺たち日陰者のぶつかり合いだ。・・・お前は俺たちと違うだろ?」
「・・・・・・」
少年は答えない。
ただ、目の前にある拳銃に視線を向け続けている。
「この業界に長く居ると『におい』で分かるんだよ。そいつがこっち側かどうかってのは。・・・そこにいる『妖狐』の嬢ちゃんは完全に俺たちと同じ世界に生きている人間だ。でもよ、お前からはそんな『におい』は一切しない」
「・・・・・・」
「お前は少しこっちの事を知っている程度のガキだ。身体能力が高くてちょっと度胸がある程度のガキだ。・・・なら、何も知らなかった事にして今すぐにでも家に帰れ」
だが、と積田は言葉を続ける。
「もしもこの件にこれ以上関わる気があるのならこれを掴め。自分の命を守るためにこれを使え。お前は二度と日の当たる世界を謳歌できなくなるだろう。だが、今の中途半端な場所でウロチョロされたらこっちの方が迷惑なんだ。・・・選べ。これを掴まず日常生活を贈るか、これを掴んで血みどろな世界を生きるのか」
少年はジッと拳銃を見続ける。そして、
▼
とある雑居ビルの一階層。
窓には『テナント募集』とされている場所に男らが集まっていた。
「う~ん、結局この中学生は何者なのかな? 写真を見た感じだとどこにでも居そうなモブっぽい雰囲気だけど、写真の端に写っているこの少女は、恐らく『妖狐』の人間だよね? そうなると『妖狐』に関わりのある人物かと思ったけど、そもそも『妖狐』はどことも手を結んでいない単一組織だし、あそこのボスは一人娘しかいないらしいからこの少年は別組織の子供―――と思いたいけど・・・う~ん」
体格よりも少し大きめの薄手の上着に古ぼけて色が大分落ちているジーンズを穿いた男は一枚の写真を見ながら頭を悩ませる。
そして、近くにいた小柄で手ぬぐい頭巾を被っている少女に問いかける。
「ってか、調べは付いたの?」
「はい。・・・『大宮さとし』。二〇〇〇年九月生まれのA型。家族構成は、父・母・長男・次男で、『大宮さとし』が長男になります。両親は共に『三沢財閥』の運営する子会社の一つに勤めるエリートで年収は二人合わせて一二〇〇万超。親もその親族も反社会勢力との繋がりはなくかなり珍しい潔白な一族でした」
「つまり、どこかの『組織』の人間じゃないという事?」
「はい。両親ともに借金もなければキャバクラ・ホストクラブへ行くこともなし。酒もタバコもしない人間でした」
「じゃあさ、こう言いたい訳? 『中学生が自ら裏社会に飛び込んで拳銃を持った数人をあっさりと昏倒させた』、と。流石に馬鹿な事言いすぎじゃないかな?」
「しかし、現状集める事のできた情報からするとそうとしか思えない状態でして・・・」
「・・・どんなことにおいてもイレギュラーは発生するものだけどさ、流石に荒唐無稽というか無茶苦茶すぎると思わないかな?」
男はそう言いながら写真を無造作に自身のポケットへねじ込む。
適当にねじ込んだせいで写真はぐしゃぐしゃになってしまったが特にそれを気にするような様子はない。
「君はもう少し詳細な情報を収集してくれ。それこそ黒子の数やその位置が分かるくらいには」
「はい」
手ぬぐい頭巾の少女はそう答えると部屋を後にする。
それを横目に見送りながら男は二人の会話に混ざる事なく淡々と拳銃の手入れをしていた『銃撃戦最強の男』に語り掛ける。
「時期尚早だった、と言いたげな様子だね」
「・・・」
「まあ、それについては否定できないね。もしも別の組織の人間でこっちの現場を荒そうとしている存在なら相手側への警告になるし、『不将協会』の人間だったとしても向こうにプレッシャーを与えられると思ったのさ」
「子供一人に警戒のし過ぎだと思うけどな」
「おいおい、そう言うなよ。僕はこれでも君以上にこっちの世界で生きてきたんだぜ」
「・・・・・・たった五年だろう」
「たった五年、されど五年だ。君が『銃撃戦最強』なんて言われてるのはその才能や技術もあるけど、それ以上に『救いの英雄』が居ないからだ。・・・僕と『救いの英雄』は同年代でね。僕が色々な計画を学習ノートに書いてははした金で色々な所に売りつけて資金を集めている時も彼は恐れられていた」
男は窓の外に視線を移しながら言葉を続ける。
「君の前に『銃撃戦最強』と呼ばれていた人間はハッキリ言って君よりも高い技術を持っていた本当の意味で『最強』と呼ばれるのに相応しいような存在だったよ。でも、そんな人物も『救いの英雄』には負けた。・・・・・・『救いの英雄』が表舞台から消えて久しいけど、君が『銃撃戦最強』の名を受け継いだように『救いの英雄』を受け継ぐ存在が誕生してもおかしくはないんだ。だったら警戒をするに越した事はないだろう?」
「・・・『救いの英雄』になるような存在がどこかの組織の関係者とでも?」
「おや、知らないようだね」
しょうがないな、と男はクスクスと笑う。
そして、大切な秘密を教える子供のような楽し気な口調で語る。
「僕たちが恐れた『救いの英雄』は今抗争中の『不将協会』に所属していた雑用だった。事故死した父親の残した借金と病気の母、そして父親が死んだすぐ後に生まれた幼い妹を支える為に汚い事に手を染めていた少年だった。・・・きっかけは知らないがそんな社会的弱者が『不将協会』を裏切って単独で行動を始め、ついには『救いの英雄』と呼ばれて裏社会から恐れられるようになったんだ。相手が子供でも警戒するさ」
「そうですか」
「そうそう。まあ、ただの子供ならそれでいいんだけどね。・・・でも、次戦場に現れるような事があれば君に始末をお願いするよ」
男はそう言葉を終わらせるとスマートフォンを取り出して部下に次の作戦の連絡を入れる。
それを横目に『銃撃戦最強の男』は自身の相棒の手入れを再開するのだった。
▼
朝日が街を照らし始める中、少年はいつものようにランニングをする。
その後ろをジャージ姿の弧乃葉が同じようなペースで追いかけるように走る。
「ねえ、昨日あんな事があったのに何で当然のようにランニングしているの?」
「日課だから」
「命が狙われているっていう危機感はないの?」
「危機感はあるけどこっちに非はないのにコソコソ隠れたりする理由はない」
「そう・・・」
少年は弧乃葉に視線を向ける事無く走り続ける。
自分が大きな事件に巻き込まれている―――と言うよりもそれに飛び込んでいった身であるという自覚がまるで感じられないその姿に弧乃葉はいつものようにため息を吐いた。
弧乃葉はこの少年と関わってからは毎日のようにため息を吐いている。
酷い時には授業中を除いて三〇分に一回のペースで口からため息を漏らしていたりする。
少年のランニングと同じようにため息がある種日課になっている可能性まであるのだ。もはや罰ゲームと言ってもいいだろう。
「・・・ねえ、昨日も聞いたことだけど」
「昨日も答えた」
「納得できないのよ。アンタは現実を見れないほど馬鹿って訳じゃないでしょう?」
「俺は馬鹿だよ。馬鹿だからこそ自分の選択を信じるんだよ」
さらっとそう言う少年の顔には迷いの色は存在せず、どこか自信すら感じさせる。
逆に言えば変な自信を持っているだけとも言えるのだが・・・。
「・・・そう言えば、今日の国語の授業は自習らしいわね」
「らしいなぁ~」
「興味なさそうね。いつも不真面目に授業を流しているんだから自習くらいは真面目にやったらどう? 前田さんに頼りっきりなのだって何時までも続けるわけにはいかないでしょう?」
「そうだなぁ~」
弧乃葉の言葉を軽く受け流しながら少年は段々と走る速度を上げていく。
自分を振り切ろうとしていると理解した弧乃葉もそれに合わせて速度を上げる。少年にとって残念な所を上げるとするならば、持続力と走る速度は弧乃葉の方が上と言う所だろう。
少年は瞬発力こそ目を見張る所はあるが、それ以外の点においては平均値に近い。
むしろ総合的な能力を比べたら弧乃葉よりも低い。戦闘中の判断力や度胸は少年が素人である事を忘れさせる程だ。
それでも、一つ足りない。だが、その一つが埋まれば少年は飛躍的な成長を果たすだろう。
それを思いながら弧乃葉は少年がある程度速度を出した瞬間に一八〇度急旋回して逃走を図ったのに合わせて自身も急旋回し、そして急旋回した瞬間に再度急旋回した少年の動きに意識の虚を突かれて見事逃走を許してしまうのだった。
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