第8話 『動き』
放課後。それは学生にとって自由を得る事ができる時間。
朝はなるべく遅刻ギリギリまで寝て、慌てて校門を潜り、学友と授業を受けて、放課後に遊ぶ。
世間一般でよく言われる青春の流れの中でも学校外での思い出を作る場として活用される時間に少年は前田——と孤乃葉――と共に帰路に就いていた。
今日は大変珍しく午前中からしっかりと授業を受けていた為、図書館に寄って前田から勉強を教わる事はしないのだ。
雑談に花を咲かせながらジャンクフード店に向かっている際に前田がフと何かに気付いたように話を変えた。
「そういえばさ、大宮くんって朝にトレーニングしているんだよね? 何時くらいからやってるの?」
「時間? あ~、・・・何もなければ四時くらいから走ってるけど」
「随分早いね。どこら辺走っているの?」
「家出て・・・繁華街通って
「へ~、そのルート通っているんだ」
「おう」
そんな会話をしている横で孤乃葉はジッと横目で少年を見ていた。
少年が何気なく言った「何もなければ」という単語の意味を理解しているが故に、何気ない様子でその言葉が出てくる姿に呆れているのだ。
毎日トレーニングしていて、情報屋との繋がり―――少年と接触するのに当たって身辺調査はしている―――もあって、近距離からの銃弾を避けられる。他にも『普通』ではない物を抱えている癖して自らを「普通の学生」としている惚けた姿に段々麻痺しつつある現状と、それを受け入れてしまっている自分にも呆れが浮かんできているのだが・・・。
二人+αが何時ものようにくだらない雑談をしていると突然少年が道路の方に視線を向けた。
そして、少年は二人に抱き着くように飛びつくとその勢いのまま地面に伏せた。
瞬間、先ほどまで少年らがいた場所を一台の軽自動車が通過してそのままコーヒーのチェーン店に突っ込んだ。
破壊音、帰宅中の学生らの悲鳴、それらが少年の耳の中を煩いほど反響し事態の深刻さを嫌というほど理解させた。
うつ伏せの状態から少年はすぐに立ち上がるとその惨状に目を向ける。
入口でもない場所が見事なまでの大穴を空け、椅子やテーブルは吹き飛ばされ散乱し、そこに座っていたであろう人は地面に伏せて唸っている。
事故、現場だけを見たらその一言で済ませられるだろう。だが、次の瞬間、少年は事故である可能性を完全に放棄して『事件』であると断定した。
ギュルルルルっと車のタイヤが回転し、バック走行を始めたのだ。それだけなら逃走をしているだけだと考える人が大半だろう。だが、この店は何でもない大通りの真ん中あたりにあり、店を中心に約八〇~九〇メートルは完全に直進であるにも関わらず、車は店に対して垂直に突っ込んでいる。
それだけならまだ事故だと判断しただろうが、車は少年の方に向かってバックしてきたのだ。しかも、バックに気が付き少年が瞬間に狙うかのように進路を変えて。
「っ!!!」
これが偶発的な事故ではなく少年を狙った『事件』であると認識した時には車が猛スピードで目の前まで迫っていた。
避けられないと判断した少年は軽くジャンプすると向かってくる車に足をつけ、突撃される勢いをそっくりそのまま利用して後方へと跳躍した。
空中で体制を変えてわずかに体を丸めると地面を転がることで衝撃を緩和し、大きな怪我なく立ち上がる。
「痛ッ。流石に、無傷って訳にはいかねぇなぁ・・・」
少年はそうボヤキながらガードレールのポールに車体をめり込ませて動かなくなった車を確認する。
車は完全に動きを止めており、運転手が飛び出してこない限りこれ以上の危険はないだろう。
少年は僅かに痛む右手を抑えながら車に近づく。
運転席側に回りそこに座っている人物を見た少年は咄嗟に体をのけぞらせた。
耳に響く破裂音と共に車の窓ガラスが割れる。野次馬たちは何が起こったのかを一切理解できなかったが、少年の叫び声に事態を理解する。
「拳、銃っ・・・!!」
黒々とした拳銃の銃口からは白い煙が出ており、銃弾が放たれた事は火を見るよりも明らかだった。
少年はのけぞった態勢を戻すことなく背中から地面を転がり立ち上がる。
そこへ向けて銃口が向けられるが、少年は車の後方からグルリと助手席側へ向かうと怯えている前田と臨戦態勢に入っている弧乃葉の元へと走り、近くに転がっていた自身のバッグを掴む。
「お、大宮くん? 大丈夫なの!?」
「前田、逃げるぞ」
地面にへたり込んでいる前田の手を掴むと、少年は路地に向かって走る。
突然のことに前田は驚いていたものの、少年の言葉に素直に従って立ち上がるとともに走り出す。運転手に向かって攻撃する体制でいた弧乃葉は逃げを選択した少年らに一瞬遅れて逃走を開始した。
少年と弧乃葉は何度も背後を振り向き運転手が追ってきていないことを確認しながら路地を抜けると、少年は前田に向き直る。
「前田はこのまま家に向かって走れ、いいな?」
「!? 待って、大宮くんは?」
「俺は・・・ちょっと近くの交番まで走ってくる。今、スマホ持ってないからよ」
「・・・本当?」
「ここで噓をつく理由があるとでも思うか? 大丈夫だよ。それに、さっき車に当てられただろ? 病院に行かないといけないからな」
「・・・・・・うん、わかった。お巡りさんに事情説明したらすぐに救急車呼んでもらうんだよ」
「あったりめぇよ。・・・また、学校でな」
「うん、また明日・・・は、怪我の度合いによっては無理か。・・・お大事にね!」
足早に帰路へ向かう前田を見送った少年は交番とは見当違いな方向へと走り出す。
そんな少年の後を弧乃葉は追いかけた。
「あの優等生ちゃんに言ったみたいに交番に向かうんじゃないの~?」
「嫌味みたいに言うなよ。警察にはとっくに通報が行っているだろうよ」
「なんでそう言い切れるのかしらね」
「勘だ。…まぁ、あれだけ目撃者がいたんだ。少なくとも一人は通報をしているはずだ」
「はずって・・・。火事になったときに『誰かが通報するだろう』と思って誰も通報してなかったみたいな話をよく聞くのだけど?」
「あ~・・・その時はその時だ!」
「・・・・・・はぁ」
弧乃葉は堂々と言い切った少年の姿に呆れるしかなかった。
せめて最低限の裏取りや保証があるなら兎も角、そういった事なく胸を張っていられるその神経を理解できないのだ。
プロは何度も裏取りをし、下調べをし、確証を得た上で行動をする。時には不確定でも動くことはあれど、あくまでもそれは仕事中に発生した不測の事態に対しての行動であり、初手不確定はあり得ないとしか言えない。
呆れる弧乃葉を余所に少年はそれ以上何も言わず路地に入る。
「それで? どうするの?」
「・・・どうしよう?」
「無計画かい! なんでさっきまで自信満々にいたのよ!」
「あの場で自信なしで居たら前田に不安を与えるだけだろ? 『心配ない』っと思わせられないとな」
「ったく、偽善者気取り?」
「善人気取りですらねぇのかよ。まぁ、自覚はしてるさ」
「そう」
少年は入り組んだ路地に入っては別の通りに出て、また路地に入り先へ先へと進んでいく。
当初、どこに向かっているのか分からなかった弧乃葉もすぐに少年の目的地がわかり付いて行くのではなく並行して走り始める。
「『不将協会』の支部に行くのね」
「今すぐにでも情報を得るのならあそこが一番だろ? それともなんだ? ナナシとでも繋がりがあるのか? なら今後のためにもそっちと接触したいんだが」
「残念だけど、私たち『妖狐』とナナシは同業他社。睨み合う事はあっても手を結ぶことはないわよ」
「ちっ。・・・まあ、仕方ねぇか」
それからは互いに言葉を交わすことなく『不将協会』の支部のある雑居ビルに到着した。
「うっげ、嗅いだことのある臭いだ」
「そうね。血のいい匂いね」
「・・・・・・そうか」
何も言う気が起きなかった。というよりも何も言うつもりはないと言うのが正しいのか。
少年は他人の趣味趣向に色々口を出すほど気を向けることはあまりない。自分に被害がなく個人で完結しているなら何でもやっていろと思っている。
それ故に特に言葉を返すことなく階段を上がる。
事務所の扉の前に立つと、中からより血の臭いが強くなり、発生源がここであるという事は明白であった。
少年は軽く息を整えると一切遠慮なく扉を開いて室内に入って、
「わーお・・・」
ガチャリッ、と自らに向けられた複数の銃口を前に両手を挙げて無抵抗アピールをするのであった。
▼
路地裏を一人の男が走る。
腕からはボタボタと血が流れ地面に赤い染みを作っている。
「く、そが・・・」
出血のし過ぎだろう。男の体からは次第に力が抜け、ついには歩くことすらできずに壁に背を預けて座ってしまう。
男は『刃漸霧』と呼ばれる組織に所属していた。正確に言えば組織以下のグループであり、その実態はチンピラ上がりのなんちゃって集団でしかなかった。
稼ぎと言えば他組織から少額で雇われて行う破壊工作や密売等が主であり、警察からもマークされているがそれでも優先度で言えば下の方に属する。
そんなちっぽけな組織が『柵詩』からの大金によって吸収されたのはここ数日の話になる。
別にその事自体、男は気にしていない。最終決定は全員で話し合って決めた事だから。
だが、破壊工作をしていた最中で突然の命令が下された。
『この写真に写っている少年を始末してほしい』
渡された写真には眠そうな顔で学校の校門に入っていく少年の姿だった。
疑問を覚えたがつい先日、仲間がカラオケで起こした抗争の際に工作活動を行った数名を全員昏倒させ、『不将協会』に肩入れした少年だという。
それを聞いて男は命令に納得した。
チンピラ時代に嫌というほど理解させられたことだが、裏社会において『見た目は子供』というのはあまり当てにならない。
肉体改造で子供の姿のままの者、どこかの組織による実験で成長が止まってしまった者、親が共に裏社会の人間であり物心つく前から教育訓練された者、それぞれが事情を抱え幼い姿又は本当に幼い事なんてザラにあるせいで説明されれば納得せざるを得ないという面もあるのだが。
そうして命令通り、派手に殺す事で相手側にプレッシャーを与える予定だったのに結果は失敗。
大きな騒ぎにはなったモノのターゲットには逃げられて自らは警察から逃げる身に。
いや、警察から逃げるだけならまだいい。問題はそこじゃない。
カツン、とアスファルトに硬い物が当たる音がする。
カツンカツン、と一定のリズムを刻むそれが足音であるという事は明らかだった。
男が音のする方に視線を向けると、そこにはスラリとした体形にサングラスを掛けた一人のエージェントがいた。
「アンタ、か・・・。わざわざご苦労なことで」
エージェントを一瞥しただけで男は何処か諦めたように、それでも最大限嫌味を込めて言葉を発する。
サングラスの下からその姿を覗かせる隠しきれない傷跡、それだけでエージェントが誰かなんて一目瞭然であった。
男は深く息を吐き、自らの頭部に指を指す。
この時点で男は自らの生存を諦めていた。いや、正確には諦める道しかなかった。
『銃撃戦最強の男』、そう呼ばれる存在が態々出てきているというだけで組織が男をどれだけ始末しておきたいかが簡単に窺える。
拳銃を持たせれば勝てる者はいないと言われる存在。裏社会において明確に『最強』とされる連中の一人。
そんな存在が出張って来ている以上、生存できるなんて楽観的な考えが可能なほど男は温くないのだ。
「ちゃんと狙え、ここだぜ」
「・・・」
「背後から俺の腕を撃ったのもお前だろ? ったくよぉ、なんで俺なんかの始末にお前が来るんだか理解できないな。・・・・・・ほら、やるならさっさとしてくれよ」
エージェント―――『銃撃戦最強の男』は答えない、ただ無言で男の頭部に銃口を向ける。
そして、乾いた音がした。命の散る音がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます