第7話 『不穏』
裏路地を出た所で少女は突然ペタリと地面に尻を付ける。
少年は眉を顰めながら近づいてソッと手を伸ばす。
「大丈夫か? ・・・えっと、名前何だっけ?」
「・・・
「ほ~ん、そりゃまぁ独特な名前で。そんで? どこか怪我でもしていたか?」
その問いに歌墨はゆっくり首を振るう。
「安心したら、気が抜けちゃって・・・」
「おいおい、さっきまであれだけ堂々としていたのに突然どうしたんだよ」
「・・・積田さんが教えてくれたの、『もしも絡まれたら堂々としていれば意外と何とかなる』って」
「あながち間違いじゃないがそれを過信するのは間違いだぞ・・・。ほれ、立てるか?」
少年の言葉に静かに頷いてその手を掴むとゆっくりと立ち上がる。ただ、少し震えておりそれを見て少年は静かにため息を吐いてしまう。
少し後頭部を掻いてどうしたものかと思案してから少年は静かに提案する。
「歩けるか?」
「ううん、ちょっと難しそうかな」
「ったく、ほらよ、おぶってやるから」
「えっと、大丈夫? 私、その・・・重いよ?」
「あ? そんだけすっきりした体型ならそこまで重くねぇだ・・・ぐへっ!」
思いの外強烈な一撃が少年の顔面を襲う。
左手は歌墨の手を掴んでおり右手は怪我をしていた事もあってガードが間に合わずに直撃してしまった。
鼻を抑えて呻る少年に対して歌墨は腕を組んでそっぽを向いている。
「君はもう少し女性に対する配慮を知っていた方が良いよ」
「うぐぇ・・・っ痛~~。配慮、ねぇ。頭の中にはいれておくよ」
少年はゆっくりと立ち上がると鼻を少し撫でてから言う。
「それじゃ、行くか」
「・・・・・・うん」
二人は横に並び会話しながら夜の街を歩く。
会話と言っても何気ない世間話であり、歌墨が振ってきた話題に少年が面倒くさそうに返答しているだけなのだが・・・。
そんな会話の中で少年はフと頭に浮かんだことを口に出す。
「確か、過重負債者なんだっけか? 見た感じ若そうだけど、どうしてそんなに借金したのさ」
「君の方がずっと若く見えるんだけど・・・」
歌墨は自身とほとんど身長の変わらない少年にジト目を向ける。
「・・・お父さんが賭博好きでさ、あっちこっちでお金使っては負けて・・・それが積もり重なっちゃったの」
「あー、パチンコとか競馬かぁ」
そう言う少年の頭に浮かぶのは顔なじみである金髪の男の姿だ。パチンコ好きで、定職に就かず朝早くから球を打っているだけの駄人間。
近しい人物に似たような人間がいる事もあってか少年は歌墨の気持ちを何となくではあるが察する。
そんな少年の言葉に歌墨は少し自嘲気味に返す。
「そっちじゃなくてチンチロ」
「賭博ってそっちかよ!」
まさかの超絶古風アナログギャンブルの名前に少年は反射的にツッコミを入れた。
「チンチロなんぞカ〇ジでしか見た事ねぇぞ」
「色々と古い人だったからねぇ」
「このご時世にそんな事をしている人間がいるという事に俺は驚きだけどな」
そんな風に駄弁っているとすぐに『不将協会』の支部のある雑居ビルに到着していた。
少年は辺りをグルリと見回して危険がない事を確認すると静かに言う。
「大丈夫、そうだな。・・・ほれ、さっさと行った行った」
「う、うん。ありがとうね」
「別に特別な事はしてねぇよ。お前もこれからは気を付けるんだな」
それだけを言うとまるで興味を無くしたかのように視線を外して帰路へと足を向ける。
そんな背中に歌墨は嬉しそうに呼びかけた。
「本当にありがとう。感謝してるよ、さとしくん!」
「・・・・・・あ?」
少年は反射的に振り向いたが、そこにはもう歌墨の姿は無かった。
数秒、無言のまま眉を顰めていたが頭を軽く振ると何事もなかったように帰路へと付いた。
▼
県立図書館。少年はいつも通り前田から勉強を教わる。
その隣には不機嫌そうに二人を見つめる孤乃葉の姿がある。これもまたこの図書館では日常となりつつある光景だ。
時折三人を睨むお一人様がいるが、睨むだけで何かする訳じゃない。
ボッチの非リアがリア充(っぽい人間)に話しかけるなんて無理であるし、そもそも過去に突っかかった男が一人いたが、目にも止まらぬ速さで意識を刈り取られた。一種の恐怖映像を生で見せつけられた者たちは恐怖で支配されているのだ。
そうして、いつものように勉強を終わらせた二人とただ睨んでいただけのもう一人は図書館を後にする。
軽い雑談の後に解散し、いつものように少年は帰路に就く。無論、その後ろからは孤乃葉が近づいて来ているが。
「・・・お前も毎日飽きないな。いい加減ストーカー行為は止めろよ」
「ストーカー言うな。・・・アンタ、『柵詩』の末端のチンピラに手を出したらしいじゃない。関わらないんじゃなかったの?」
「向こうがなんかやってたから止めただけだよ」
「なんか?」
「女の子を裏路地に連れ込んで脅迫してた」
「何? ナンパ?」
「いや、とりあえずぶちのめしただけだから詳細は知らん」
「えぇ・・・」
面倒くさそうに答える少年に孤乃葉は困惑するしかできなかった。
あの場で関わらないと堂々と言っておきながらあっさりとそれを引っ繰り返してそれを気にした様子のないその姿に呆れる他ないのだ。
ルール無用・汚い事は当たり前・嘘や騙しは当然、そんな世界でも暗黙の了解という物は存在し、あのような場で中立発現をしていたのにも関わらずあっさりと行動に出るその『常識知らずの馬鹿』っぷりは一周回って呆れる事しかできない。
「ってか、何でその事知ってるんだよ」
「私たち『妖狐』の仕事は多種多様。暗殺から謀殺、警備から誘拐、情報収集から情報操作まで何でもこなすわ」
「その割には奇襲であっさりと瓦解したけどな」
「ア・ン・タ・が、規格外なだけよ。手裏剣どころか剣の刃すら通さないその靴だけでもおかしいのに、それを履いていて私並みの動きができる事がね」
「靴? これは新調したばかりであの時のヤツとは違うぞ」
「は?」
「つい一週間ぐらい前に、な。ようやく足が慣れてきた所だよ」
孤乃葉は視線を下に向けて靴を観察する。
あの日は闇夜だったせいで何となくのデザインしか覚えていなかったが、言われて見れば確かに少年の履いている靴は真新しい。
「何で新しくしたの?」
「お前のせいだ、お前の」
「はぁ? なんでアンタが靴を新調する理由が私のせいなのよ」
「・・・・・・お前との戦いで俺自身、武器持ちの相手に対抗策らしいモンがねぇって事が分かったからな。それで色々と、だと」
「靴の先端から刃物が出るとか?」
「アホか。俺はお前らと違って基本的にただの一般的な中学生だよ。そんな危険物は常備しねぇさ」
「・・・・・・左わき腹辺りに警棒。右わき腹にはスタンガン」
「ウゲェ。なんで分かったんだよ」
「腕の位置や服の膨らみ、歩いた時に出る僅かな音とかでね」
「なんだ、お前もソレできるのかよ」
「『お前も』、ねぇ・・・。アンタもできるんだ」
「ガキの頃に教わった」
「今でも十分ガキでしょ。いったい何時の話よ」
「あれ? 何時だっけ・・・?」
「えぇ・・・」
腕を組んで首を傾げる少年に孤乃葉は困惑の声を漏らす事しかできなかった。
対する少年もできうる限り思い出そうとしてはいるが、それこそ色々な事に巻き込まれている身である為か誰に教わったかは覚えていてもいつ教わったかが一切思い出せずにいる。
(え~っと、パツキンの野郎に・・・そう、出会ってしばらくした辺りに教わって・・・あれぇ? マジで何時だっけ・・・)
ウヌヌヌと唸りながらどうにかして思い出そうとしてはいるが一切思い出せない。
そもそもの話なのだが、少年は細かい所を気にしないタチであり良く言えばおおらか、悪く言えば雑な生き方をしている。そのせいで過ぎた事は基本的にすぐに忘れてしまうのだ。っと、言っても学んだ技術や重要な事は忘れずにいすのだが・・・。
事実、孤乃葉と再会した時も思い出すまでに多少時間が掛かったし、「テンプレ」発言に怒っている姿を見てようやく思い出したまであるのだ。
それ故に忘却した事について多少悩む事はあれど深く気にする事も無い。
「まあ、忘れたって事はどうでも良い事ってワケだろ。気にしない気にしない」
「ちょっとは気にするって事を覚えなさい」
「忘れちまった事に時間をかけてる暇があるなら別の事に時間使うっての」
「楽観的なのか馬鹿なのか・・・」
「・・・馬鹿だよ。俺は、単なる馬鹿者さ」
少年はそう答えながらスッと眼を細める。
その瞳に映っている景色が何なのか、その言葉が一体どんな意味を込めて発せられているのか、孤乃葉はまだ知らない。
▼
コポコポとお湯が沸く。
黒いドレスを着た少女はコップにインスタントココアの粉を入れるとそこに追加で砂糖を大量に投入した上でお湯を注ぎ溶かす。
その光景を見ながら積田は軽くため息を吐く。
「甘くないですか?」
「? 甘いわよ。何当然な事を言ってるの」
「病気になりますよ。早死にしたいんですか? なら俺は止めませんが」
「まあ、長生きだからねぇ。早死に出来るならしたいわぁ」
「ハァ・・・」
目の前の少女―――不将協会の大元にして創立者の態度に一切の不満も疑心も隠さないため息を吐く。
少女はそれに気づきつつも別段気に留めるような様子はなく長く伸ばした白い髪を自然に揺らしながら歩きテーブルに腰掛ける。
「行儀悪いですよ」
「いいのよ。行儀ってのは相手を不快にさせない為に気を使ってやる事。今この場にいるのは私とキミだけ、なら気を使う必要はないでしょ?」
「ハァ、母親のそんな姿を見せられるこっちの身にもなってくれよ」
「あら? 久しぶりに『母さん』って呼んでくれるのかしら?」
「あえて返答するなら『NO』だ。育ててくれた事は感謝しているがもう昔の話だし、養育費分とプラスした利子はとっくに返却済みだ」
「つれないわね。・・・ま、いいわ。それで、状況は?」
少女からの問いに積田は「理解しているだろうに」と呟いてから答える。
「『柵詩』は勢力拡大を続けていて被害は拡大中、そろそろ正面からぶつかる必要が出てくるでしょうね」
「・・・そう。厄介ね」
少女はそう呟くとテーブルにコップを置く。
厄介。その一言で片づけているが、それがどれほど重大な事柄なのかを理解していない訳ではない。
『柵詩』は「計画」を立ててそれを他の組織に売り込む、又は他の組織から依頼を受けて「計画」を立てて渡すという商売で稼いでいた組織であり規模もそこまで大きくなかった。計画を立てるメンバーが居ても実行するメンバーが居ない。さらには金が目的であり権力や地位にも興味のないどこにでもあるありふれた組織でしかなかったのだ。
だが、突然一つの小さな組織を乗っ取ると一気に勢力を拡大させた。
実動部隊がいる、それだけでこれほどの事ができるというのは組織の面々が優秀であることを表しているが、それと同時に疑問が浮かぶ。
勢力拡大の為の抗争は時折起こる事だが、こんな露骨に、『不将協会』という大勢力の一つに攻撃を仕掛けるメリットがハッキリ言って存在しない。いや、正確言えばあるのだが、それを打ち消してしまう程のデメリットが有る為に実行するなんて自殺行為でしかないというのは火を見るより明らかである。
「・・・つい数時間前にも伝えましたが『燕』とは連絡が取れず、『ナナシ』はこれを稼ぎ時と見たのか積極的に行動を始めましたよ。『氷結』が今こっちに向かっていますが到着は明日の昼辺りになるでしょうね」
「・・・・・・”彼”は?」
「相も変わらずですよ」
「そう。・・・・・・もしも”彼”が居たのならば事態は変わっていたのでしょうね」
「過去の残物ですよ。関わる意味も期待を寄せる理由もない。それくらい理解してください」
「それでも、『救いの英雄』を求めちゃうのよねぇ。だって、何度も、何度も―――それこそ両手の指じゃ数えられない程救われてきたのだから」
「それは長生き故の言葉ですか?」
「あたり前じゃない。どの時代にも『救いの英雄』は存在していたわ。特に”彼”は歴代でも指折りの実力者だった。それ故に惜しいわね」
ソッと窓の外に視線を向けて静かに微笑む少女見ながら積田は軽くため息を吐く。
見た目と実年齢が大きく離れたボスの年不相応の態度は何度も見てきているが、毎度毎度『救いの英雄』の話にもなれば嫌気が差してくるものだ。
普段ならスルーしていたが、今日の積田は連日の疲れと苛々でその言葉を口にしていた。
「惜しいって? 『救いの英雄』は俺たちみたいな人間に関わるとは思えませんが」
「だって、”彼”今でも童貞でしょ? なら、何十人と経験している私が相手してあげても良かったなって」
「ご自身の年齢を考えろババア」
「せめて合法ロリと言いなさい」
胸を張ってそう宣言するボスに積田は深くため息を吐く事しかできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます