第5話 『最近筆が進まない』

 カラオケ店の非常口から外に出ると人気の無い裏道を歩く。

 前にはリーダー格であろう少し大柄の男、後ろにはその部下であろう数名の男たち。

 ただ歩いているだけだが、互いに敵対していないだけで信頼がある訳ではない以上、常に警戒をし続けている。――――のは男たちと孤乃葉だけであり少年からは警戒心と言う物が感じ取れない。

 少年は堅苦しい顔で前を歩いている男に話しかける。


「なぁなぁ、おっさん。名前なんて言うんだ?」

「・・・・・・」

「おっさんだけだと後ろの奴らもそうだからさぁ、何でもいいから教えてくれよ」

「甲羅。そう呼ばれている」

「亀?」

「これ以上言う義理はない」

「さいですか」


 大柄の男―――甲羅とそんな会話をした少年の背中を孤乃葉は少し強めに突く。

 ツンツンではなくドンドンと叩くような力で。


「痛っ。なんだよ、オイ」

「相手にズカズカと踏み込もうとしない。一定の領域内で交渉をしなさい」

「へいへい」


 その警告を少年は素直に受け止めると正面を向いて甲羅に問いかける。


「ところで、アンタの向かってる所まで後どれくらいかかる?」

「もう少しだ」


 その言葉を受けて少年は甲羅が足を向けている先へと視線を向ける。今歩いている道を進んだ先は『裏繁華街』の外れでしかない。

 近くにはファーストフードのチェーン店やらコンビニエンスストア等があり、一般人の立ち入りが多い場所である。

 少年のイメージでは裏社会の人間は『裏繁華街』のような、それこそ同業者しか立ち入らないような場所に居を構えていると思っている。


 実際、反社会的な人間であっても住宅街には住むし、ご近所付き合いだってする者もいる。逆説的に言えば影の住民は陰に隠れるのではなく光の中に混ざる事で身を隠す。

 木を隠すには森の中と言うが、影の場合は日の中こそ隠れるのに適している。

 そこに考えが及んでいない所はやはりまだ少年がシロウトであり、子供である証拠だろう。


 表通りに出ると甲羅は視線を横に向ける。

 そこは四階建ての質素な雑居ビルであり、二階がテナント募集をしているような寂れた雰囲気を持っていた。

 少年たちは甲羅の後に続いて寂れた雑居ビルの階段を上がる。二階、及び三階をスルーして四階へと向かう。

 四階の扉はこの雑居ビルに相応しい安っぽいアルミ製で簡単に突き破れそうだ、と少年は思う。実際の所見た目はそのままに中に鉄板が入っていたりする為やすやすと破る事は出来ないが、少年はその鉄板も込みで考えている。

 そんなどうでも良い事を考えている少年を余所に甲羅がドアノブに手をかけて扉を開く。


「入れ」

「へいへい」


 何ら警戒なくフラァと扉を潜る少年の姿に孤乃葉はため息を吐いてからその後に続いた。

 いくら何でも危機感が薄すぎる。

 今現在は敵対していないというだけで緊張状態なのには変わらず、何かあれば撃たれてもおかしくないというのにそれをまるっと気にしていない。

 楽観的と言うかお気楽と言うか、そんな姿に肩の力が抜けるのを感じる。

 腹の探り合いをする気のない姿勢はある種尊敬すら覚えてしまう。

 そんな孤乃葉を余所に少年は室内で資料ファイルをひっちゃかめっちゃかに引っ繰り返しながら書類を漁っている男を見ながら言う。


「休めよ、おっさん。怪我してんだろ?」

「あ? ・・・・・・さっきのガキじゃねェか。オイ、甲羅。なんでコイツがここに居る?」

「先ほど、集会中に襲撃を受けまして、その際に救われ見返りとして情報が欲しいとの事だったので」

「なるほど・・・。ガキの癖にちゃっかりしているな」


 少年に怪我の心配をされた男―――積田はファイルを閉じると肩を回して関節を鳴らす。


「ほれ、座れ。教えられる範囲でなら教えてやる」


 その言葉を聞き、少年は積田から机を挟んで正面にあるソファーに腰掛ける。


「随分と簡単に教えてくれるんだな」

「甲羅は下手な嘘を言うやつじゃないからな。世話になったならその礼ぐらいするさ」

「ほーん。それなら好都合だな。・・・・・・そんでさ、何が起きてんの?」

「具体的に言え」

「ここの人間が襲われるような事がどうして起きてるんだ? 何かトラブル?」


 少年の問いに積田は軽くため息を吐いてから答える。


「『柵詩さくし』っていう別組織の連中が喧嘩を売ってきたんだよ」

「・・・・・・『柵詩』って、あの? アイツらは表に出る事をあまり良しとしていないんじゃなったっけ?」


 積田の言葉にそう返したのは孤乃葉だった。

 少年と違い裏社会で生計を立てている側である孤乃葉の方が話は分かる。何なら知識量だけで言えば少年なんて足元にも居ない。

 それ故に真っ先に反応したのだ。


「そうだな。『柵詩』は計画代行をしている組織だ。金さえ払えばどんな犯罪計画だろうと完成させる。・・・・・・だからこそ今回みたいに表立ってくる事自体がおかしいんだ」

「う~ん、そうなると確かに大規模な『不将協会』も様子見でいたいって所ね。『柵詩』の人数はそこまでじゃないけど規模はかなり大きめだものね」

「そう。そのせいもあって『柵詩』に頼りきりだった小さな組織は瓦解寸前になって『柵詩』に吸収された。おかげでここ一週間の間にかなり巨大な組織になった。ただでさえこっちの業界はパワーバランスが不安定だっていうのに・・・」

「そっちも大変ね」

「お前もだ。その面・・・『妖狐』の人間だろ? 確か最近賃金未払いがあったとか」

「ブッ・・・! その情報、もう出回っているのね」


 冷静に返しているようだが、声は震えている。

 そもそも孤乃葉が付けている面は所属している『妖狐』の役職者に与えられる物である。二つの組織に繋がりがある訳ではないが、情報だけは互いに握っている。


 方や国外にも拠点を持つ巨大組織、方や雇われ屋。

 規模の違いは圧倒的だが、人員の練度が高く『不将協会』に所属する無役職の半チンピラが一〇〇人いたとしても『妖狐』の下位人員である”下人”が一〇人いれば簡単にあしらう事が可能だろう。

 そういった『個々の戦力差』から積田は警戒対象として見ている。

 それもあって情報をいくらか掴んでいるのだが、自らを小規模かつ弱小の組織だと卑下に考える傾向のある『妖狐』の人間からすればあまりいいニュースではない。


「少し聞きたいんだが、『妖狐』はどっちに付く? 俺たちか、今後の可能性に賭けて『柵詩』の方か」

「もしも、『柵詩』と答えたら?」

「今は殺しはしねぇよ。一応客人なんだ。こっちが不利になるだけだ」

「そう。・・・答えておくと私個人はこのマヌケ面で話を聞いてる馬鹿と敵対しないような所に立つわ」

「ふぇ?」


 ボケーっと話を聞いていた所に唐突に話題の中心へと放り込まれた少年はそんな間抜けな声を出す。

 裏社会の事情を長々とされても眠くなるためなので要点だけを聞いていただけなのだが流石に突然話を振られるとビックリする。

 何なら半分ぐらい他人事だったせいでどうすればいいのか思考に数舜だけ時間を有した。


「俺は、基本的に中立だ。こっちに危害がない以上はどちらとも敵対する気はない。ただ、そっちが攻撃して来たなら俺は俺の平穏と安全の為に全力を尽くすぞ」

「だ、そうよ。私も何もなければ手を出さない事を誓うわ」

「そうか。なら、その言葉を信じさせてもらう。ただ、末端が何しでかすかまではこっちとしても見切れないから何かあれば言ってくれ。こっちで処罰する」

「ほ~ん、おっさん大分話が分かるタイプだねぇ」

「これでも日本部首都圏域代表の一人だ。恩や礼儀ぐらいは通すさ」

「そっか。そんならそれでいいや。俺はもう帰る」


 少年はそう言って立ち上がると積田の言葉も聞かずに事務所からさっさと退出した。突然の事に唖然とした孤乃葉も立ち上がると慌てて少年の後を追いかけて行った。

 それを見送った積田は軽く息を吐いてずっと口を噤んでいた甲羅に声を掛ける。


「アイツを見てどう思う?」

「どう、と言いますと?」

「あの目を見てて思い出さないか、『救いの英雄』の事を」

「・・・・・・確かに、彼の様な光のある瞳は昔を思い出させますね。今では潰えた光を」


 積田はゆっくり腰を上げると窓の外に視線を向ける。

 闇が深くなる街は獲物を狙う猛獣の様にその口を開いており、それが今後の不穏を表しているように。


「・・・ところで、頬に付けているア〇パン〇ンの絆創膏はどうしたんですか?」

「これしかなかった。誰だ、子供用を買った奴は」







 夜の街を少年はスタスタと歩く。その後を孤乃葉が追いかけて来ているがそれを気にした様子はない。

 少年は顎を抑えて思考を巡らせる。


(『不将協会』やら『柵詩』やら訳わっかんねぇ事になってんなぁ・・・。ってか、ぶつかるならあんな堂々と銃撃戦を行うなっての)


 巻き込まれた側である少年からすれば迷惑を掛けずに勝手にやっていて欲しいのが本音だ。

 勝手に荒野で向かい合って戦っていればいい。

 街中でドンパチするなと呆れる他ない。


「ねえ、本当に何もしないの?」

「合たり前だろ? 俺は一般人で、お前みたいなプロって訳じゃないんだ」

「プロじゃない癖に何かあれば現場に飛び込むような人間が一般人を名乗っているなんておかしいと思うんだけどねぇ」

「そうか?」

「そうよ」


 孤乃葉の言葉に少年はそれ以上返すことなくゆっくり正面を見据える。

 瞬間、路地から飛び出してきた誰かとぶつかりズッコケる。不意の事であり殺気を感じなかった為に回避をする事も受け止める事も叶わず、少年の体が地に付く。

 それだけでは終わらずその誰かの持っていたカバンから幾つかの書類がばら撒かれた。


「はふっ!」


 飛び出してきた誰か―――白髪の少女はその書類を慌ててかき集める。

 少年も咄嗟に書類集めを手伝う。


「す、すみませんっ! ありがとうございますっ!!」


 集めた書類を手渡すと少女はそう頭を下げてから慌てた様子で駆け出す。

 ショートカットの髪に見えていたが、背部の中央部分だけを伸ばした独特な髪形の少女は闇夜に消えて行った。

 僅か一〇数秒ながらどこか濃い出来事に先ほどまでの調子を崩された少年は、後頭部を掻きながら崩されたペースを戻す。


「慌てているようだが、何が遭ったんだか・・・」

「う~ん、多分だけど過重負債者じゃないかしらね?」

「?」

「知らないようね・・・。簡単に言えば普通の金融系からはお金を借りる事ができずどこかの組織から借りた結果、返済ができずにタダ同然で働かされてる人間の事よ。見た感じだと運び屋って感じかしら?」

「世知辛い世の中だなァ」


 少年は先ほどの少女が駆けて行った方向を見ながらそう言うと、スッと視線を外した。


「それじゃ、明日も学校だから俺は帰る。お前は?」

「私も今日は帰るわ。色々と情報を精査したいし」


 孤乃葉は裏路地に足を向けるとそのまま闇に溶けるように去った。

 少年の方はそれを最後まで見送ることなく、のんびりとした足取りで帰路を進むのだった。

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