第4話 『事件発生』
少年はドリンクバーのボタンを押してコーラを注ぐ。ドリンクバーの設置されている場所は受付近くにあり、少し視線を動かせば店員と話している客の姿が目に入る。
今受付にいるのは数名のサラリーマンの様で、少し酔っているのかテンションが激しい。それを見ながら少年は後頭部をポリポリと掻き、そのまま個室に戻る。
「やっと戻ってきた」
「そこまで時間経過してないだろう。・・・それで、何だっけ?」
「”魔眼”についてよ」
「ああ、『ふう。この痛みと苦しみは、闇の力を持たぬ者には分からないだろう・・・。邪気眼を持つ者にしか理解出来ないものなんだよ。邪気眼を持つ者にしかな・・・』ってやつだろ?」
「どこからかコピペして来たようなそれは一体なんだ。って、邪気眼じゃなくて”魔眼”」
「同じようなもんだろ」
バッサリと切り捨てた。話は聞くが別段興味がある訳ではないのだから。
孤乃葉はジト目で少年を睨み、小さくため息を吐いてから説明を開始した。
「“魔眼”は圧縮された高濃度の霊力を持つ眼球の事ね。基本的に先天性の物で、それを持つだけでかなり優位になる、らしい。特に私の”魔眼”はその中でも珍しい”異能”持ちの種類なの」
「伊能忠敬?」
「それは歴史上の人物」
恐らくわざとボケているのだろうがそこまで面白くもない。少年自身もそれは自覚している様で、ツッコミに何も返すことなくコーラを喉に流し込む。
「私の”異能”は『精神干渉』。霊力を高めたこの瞳を見た者の精神に干渉して命令を聞かせる事ができるの」
「胡散臭ェ~」
「・・・・・・言っておくと、あの屋上でも使用しているんだからね。なんでか効かなかったけど」
「あ? ・・・・・・あ~、なるほど」
少年は納得したように頷く。
「どぉりであの時少し力抜けたと思ったらそういう事か」
「・・・・・・」
何の気なしに呟かれたその言葉に孤乃葉は何も返す事ができなかった。
通常、意識を奪い操り人形に出来る異能のハズなのだが、少し力が抜けた程度でしかなかったという事にどう返せばいいのか分からないのだ。
”魔眼”による『精神干渉』はプロの退魔師でも対策必須の初見殺しになっている。それを一切の対策無く効果を受け付けないなんてハッキリ言って異常としか言えない。
無知故に少年自身それに気が付いていない姿を滑稽と思う事は出来ない。ただ無知で掌で踊っているならそれは滑稽だが、少年は無知だというのに掌の上で踊らず逆に踊らされてしまう。
そんな事を理解してない少年は平然とした顔でコーラを飲んでいる。
「ところで、ずっと素人だ何だと言っているけど、それなら何で私と普通に戦闘で来ていたのよ」
「あ? 見たから」
「見た?」
「・・・まず、あのビルに入って二階にいた不審者を背後から襲って拘束した。次に三階にいたヤツも、だけど四階で奇襲に失敗して抵抗された。それでも何とか短時間でやったがその時に少しだけ動きを見た。その後は優歌の所で戦ったヤツだな。アイツとの戦いで大体の動きを理解できた。そっからは行動を予測して動くだけだったよ」
「何をサラッと・・・」
「動きに癖があった。同門の人間によく見られる師匠の癖ってヤツだ。二、三度見る事ができれば何となくは分かる」
「っ・・・・・・」
何の気なしに言われた言葉に孤乃葉は言葉を詰まらせた。
動きの癖を読まれるのはよくある話だろう。だが、それを短い戦闘時間で見つけただけでなく予測すらしたなんてこの少年の言葉でなければ信じられなかっただろう。
年齢に似合わない身体能力だけでなく高い観察眼と洞察力、そしてそれを全て引き出す対応力。それを見て孤乃葉の頭に浮かぶのは一人の男の存在。
裏社会に生きる者なら存在だけなら確実に聞く人物。一対一の戦闘において”最強”と称される者の事だった。恐らく少年が勝てる相手ではないのは確実だろう。でも、このまま成長し続ければどうなるか分かった物ではない。
それこそ最強と呼ばれる男と同等かそれ以上になるかもしれない。
どのように成長していくのか―――進化するのかが分からない『不穏分子』はその自覚がないのかぼへーっとした表情を浮かべていた。
孤乃葉がその顔を少し睨んでいると、突然少年の顔付きが変わる。
そして、いきなり孤乃葉に覆い被った。
「ふあっ!? ちょ、なになになにっ!!? セ〇クス! セッ〇スでもしようとしているの!!?」
突然の事に驚き、顔を赤くしながらあらあわとする孤乃葉に対して少年は低い声で言う。
「違う、出来るだけ態勢を低くしろ」
瞬間、室外から炸裂音が鳴り、壁に穴が開いた。その音を聞いてようやく孤乃葉の顔付きも変わる。
今までの『学生としての顔』ではなく『プロとしての顔』に。
「何事?」
「銃撃戦。恐らくさっきジュース取り入った時に見た連中がサラリーマン扮して一般客の様に紛れ込んだ馬鹿共ってとこだと思う」
「やれやれ、なぁんでそんな事が分かるんだか」
「・・・・・・脇の当たりを微妙にだが浮かしている連中だったからだよ。何かを隠している体勢―――凶器とは思ってたが銃は想定外。ったく、ここは日本だぞ・・・」
少年はそう言いながら孤乃葉の方をチラ見して深くため息を吐いた。
つい数週間前にこの少女に発砲された事を思い出し、最近の世の中が物騒になっている事に内心で嘆く。一番物騒なのはそれを簡単に受け入れて納得して対応しようとしている少年の方なのだがそこにツッコミを入れる者はどこにもいない。
「どうするの?」
「決まってるだろ、逃げる」
少年は断言する。それが当然だというように。
いや、当然なのだろう。
少年はあくまでも一般人で裏社会だの大人の陰謀だのに関わる理由も意味も意義もどこにも存在しない。
変な事に巻き込まれたのならさっさと尻尾を巻いて逃げるのが定石だ。
二人は姿勢をなるべく低くしながら個室を出る。
外はパニック状態になっており、走って逃げる客とそんな客の避難を優先して叫ぶ店員。
まさしく戦場と言った所だろうか。そこを下手に駆け抜けようと走るのは仕方のない事だろうが、僅かな事で綻びパニックは伝染していくだろう。
だからこそ二人は走らず騒がず冷静に出口の方へ足を向けて・・・・・・、
「助けて」
そんな声が、少年の耳に届いた。
人々が騒ぎ銃声が鳴り小さな声なんて搔き消されてしまう様なか細いそれに反応して少年はとっさに振り向く。
そこは戦場の間近であり、弾丸が飛び交う危険地帯。一般人は全員逃げただろう場所に一人の少女がいた。
この街にある高校指定の制服を着た少女は腰が抜けているのか壁に背を付けてへたり込んでおり逃げられる状況ではないことが窺えた。それを視覚した時にはもうどう行動するかは決まっていた。
少年は自身の襟首を掴むとそこからフードを引きずり出して深く被った。
「ちょ、突然どうしt
「行ってくる」
もう答える事はしなかった。
姿勢を低くしたままで少年は戦場に向かって駆けた。
孤乃葉はそれを見て狐の面で顔を隠すと急いでその後を追いかける。戦場と化した、少し広めの休憩スペース兼ドリンクサーバーが設置された空間へと。
少年が戦場に到着するとそこでは先ほどのサラリーマンに扮していた者たちと向かい合った男たち数名が銃を撃ちあっていた。
どちらがこの騒ぎを始めたのか少年は分からない。知ろうとも理解しようとも思わない。
とりあえず目に付けたのは人数。サラリーマンに扮していた者たちの方が数名多い事を確認すると目標を定めた。
この状況で狙うべきは人数の少ない方ではない。敢えて多い方を狙う事で場を支配する。
ハッキリ言って馬鹿な選択としか言えないが少年に考えがない訳ではない。
少ない方を殲滅させるのは簡単だろう。だが、その程度で終われるような状況ではない事を少年は理解している。だからこそ多い方を狙うのだ。
少年は懐から筒状の物を取り出すと戦場となっている中心へと投げ込んでフードをより深く被って視界を塞ぐ。
投げた物はありふれた閃光弾。戦場に転がった物に視線を向けてしまった残念な者たちの視界を塞ぐ目的の道具だ。
強力な閃光が戦場を照らした。
それと同時に少年はフードから最低限の視界を確保できるだけ目を出すと混乱している戦場に飛び込んだ。
まず一人、銃を持っていない方の手で目を抑えている長身の男へ低姿勢で潜り込むように接近すると一気に飛び上がり顎に一撃を当てる。
その場に留まる事無く駆けると近くにいた少し小太りの男の首を掴んでその隣にあったベンチを踏み台にして無理矢理投げ飛ばす。まだ成長段階の少年の体でも勢いを付けてしまえば簡単に男の足は地から離れ宙を舞った。
そこでようやく視界が戻ってきた男の一人が少年に銃口を向けると一切の躊躇なく引き金を引いた。だが、
「なあっ!!?」
弾丸を発射した男はあり得ない物を見たように声を出していた。その事に対して男を攻める者は何処にもいないだろう。
何故なら、至近距離で発射された弾丸を少年が避けたからだ。
弾丸は少年に掠る事なく背後にある観葉植物に当たるだけで傷一つ負わせる事が出来ない。
「はっ!!」
少年は男の腕を蹴り上げ拳銃を跳ね飛ばすとそのまま踵落としを食らわせ、地に伏せさせると顔を蹴飛ばして意識を刈り取った。
だが、この男の視界が戻ってきたという事は残った男たちも同様に視界が戻ってきた事を意味する。
視線を向ければ少年に二つの銃口が向けられていた。だが、引き金が引かれるよりも前に少年は男たちとの距離を詰めていた。
確かに、拳銃は殺傷性が高く特に長期訓練などをしなくても簡単に使える武器だ。それでも弱点がない訳ではない。
第一に上げるとするならば命中率。引き金を引いて弾丸を発射するのに訓練はいらないが思った所に命中させるにはやはり訓練が必要になる。
第二に至近距離だと対処法さえ知っていれば大きな脅威にならないという事だ。銃を構える・狙う・引き金を引くの三ステップを必要とする。それだけの時間があれば距離を詰めて対処するのは容易いだろう。※注・少年基準。
距離を詰めた少年は勢いそのままに体を捻ると片方の男の腕を右足で蹴飛ばし銃を手放させる。さらに右足が地に着くと同時に左足を振り上げ上段後ろ回し蹴りで男の顎を蹴り飛ばし意識を刈り取る。
残った一人は焦りからか狙いを定めず我武者羅に引き金を引くが、少年は発射された弾丸を全て避けて男に接近し鼻目掛けて掌底を食らわし怯ませると素早く背後に回り込みのけ反った男を背負い投げの応用で投げ飛ばした。
全滅までに二〇秒と掛からず、そこには男共が倒れ完全に静まっていた。
少年に狙われなかった男たちもその光景にただ唖然とすることしかできず、スッと少年に視線を向けられた際には硬直する事しかできなかった。
ただ、当の少年は男たちを無視して孤乃葉に肩を貸されながら出口へ向かう女性を確認し胸を撫で下ろしてからようやく男たちに視線を向けた。
「なぁ、アンタらは? おっと、俺に敵意はねぇよ。情報さえ渡してくれるなら、な」
つい数ヶ月前まで小学生だった少年の身長はそこまで高くなく通常なら脅威を感じさせない。だが、僅かな時間で男たちを殲滅させた姿を見た者とすればその牙が向けられる可能性を選択したくはない。
そこに『敵意』はなく『情報を渡せば襲わない』事を示した為、無意識的に安全策を選択する。
あえて大人数を狙ったのには『威圧』の意味があったのだ。
それこそまだ幼い少年が大の大人に対して交渉権のカードを持てるための明確な理由が。
少年の言葉に、男たちの中で比較的体格の大きい男が静かに口を開いた。
「分かった。そっちにもそう言った意図があってやった行動だと理解しているが、それでも命の恩人だ。我々に話せる内容ならいくらでも話そう」
これは男にとっても交渉の一つだった。
『お前の意図は理解しているぞ』と表し牽制しながらも求めている物を渡す。それによって深く踏み込まれる可能性を少しでも排除しようとするやり口だ。
無論、少年からすれば根掘り葉掘り裏の裏まで聞く気はないのでそれで十分なのだが。
「ありがとよ。それで、アンタらの隠れ家は? ここで話す内容じゃないだろ?」
「・・・・・・案内しよう」
だからこそ少年はあえて相手の有利な場所へ入る事を選択した。相手により安心材料を与える為に。
目で「ついて来い」と伝える男の後に少年は無言で従った。これが、少年にとって大きな起点になる事を知らずに。
「って、置いて行くなぁ!!!」
その後を一般人の女性を出口まで送っていた孤乃葉が慌てて追いかけた。
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